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第二話

アデレイドは学園の嫌われ者だ。


栗色の長い髪に長い前髪、大きな眼鏡をかけた陰気な少女。

彼女は妖精の血を引き、至近距離で目を合わせた者を魅了する能力を持つ。


朝、寮を出て、校舎に向かう長い道のりは嫌われ者としての花道。

彼女を見かけた者はさっと視線を逸らし、視界に入らないように脇に逸れる。


避けられることはいつものことだが、三週間ぶりに登校した今日は、皆の慌てぶりがすごい。

特に男子の。


アデレイドを視界に入れた途端にぎょっと目を剥き、慌てて逃げる。

木の陰に隠れてこちらを伺うものが時間とともに増える。

校舎の方からも人がやってくるようで、珍獣になった気分だ。


アデレイドから皆が離れるのは、先日の決闘が原因か。

あの決闘の時に、なぜか離れた場所にいた二人を魅了したことで、アデレイドの『危険人物』レベルが上がったのだろう。


だが、あの後学長と話し合った結果、キャロラインの魔法により、膨大な魔力が満ちた闘技場であったことで、なんらかの影響がアデレイドにあったのではないかということになった。

他には、魅了されたのが13歳と16歳の若い少年で、精神が未発達で影響を受けやすいということが挙げられる。

ちなみに学長は60代の、口髭が自慢の渋い男性。

アデレイドと目を合わせていても魅了はされない。


アデレイドと目を合わせていないのに魅了されたようになり、俺も俺もと決闘に参加しようとした挙句客席で喧嘩を始め、乱闘騒ぎを起こした多数の男子生徒達については、学長は一言で済ませた。

「若いんだからしょうがないさ」と。


あともう一つ、注意するように言われたのは、アデレイドの年齢が上がるとともに魅了の力も上がっているのではないか、ということだった。

恐ろしい。

アデレイドは聞かなかったことにした。


ともわれ現在、校舎へと歩いているのだが、なぜか左腕に赤毛のひっつき虫がついている。


「ねえ、アディ。無視しないでよー」


ひっつき虫の名はジャスティン・ボラン。

ひょろっとした体躯の赤毛に青い目の少年で、拗ねたような顔は可愛くつい撫ででしまいたくなるが、エロ少年である。

隙をみてはアデレイドの腰に手を回し、叩き落とされている。

キャロラインの取り巻きであるジャスティンを闘技場で魅了してから三週間たつが、彼の魅了はまだ解けていないらしい。

朝、食堂に行った瞬間抱きつかれた。

でもまあ、あと少しすれば正気に戻るだろう。

それまで節度を持って接してほしい。あとでジャスティン自身が居た堪れなくなるから。


「ボラン、それ以上アデルにまとわりつくな」


アデレイドの右側に立ち、ジャスティンの手を叩き落とすのを手伝ってくれているのは、いつもと変わらないブレントだ。


闘技場での事が、夢だったのではないかと思うぐらい、いつも通りだ。

『三年間、魅了されっぱなしだ』という問題発言をしたブレント。

もしそれが本当なら大変だ。

今までそのうち解けるさと高を括っていたが、もっと真剣に対処しなければならない。

なにをどうするかなんて思いつかないが。


ブレントにもあの時のことを問いただしたいが、今朝、いつもと変わらない笑みを浮かべ、『おはよう』と言われた時に、闘技場での事は夢だと脳が勝手に処理した。

そのすぐ後でひっつき虫に抱きつかれたことで、現実だと思い直したが聞きそびれている。

いつものように、まあいっか、ですますには事が重大な気がする。


「ねえ、アディったら」

「うわっ」


腕を強く引っ張られてたたらを踏む。


「ジャスティン君、危ない。急に引っ張らないでよ」

「もー、僕のことはジャスって呼んで!」


ジャスティンは甘えたような声で頬を膨らます。

アデレイドは思わず、ブレントを見上げた。顎のあたりを見ながら問いかける。


「ねえ、この子って、私が部屋にこもってた三週間の間もこんな感じだったの?」

「こんな感じって?」

「甘えん坊?」


ブレンドは顎に手を当てて嫌そうな顔をする。


「いや、子供っぽい言動に騙されるな。こいつタチが悪い。

この三週間、他の奴らをそそのかしてアデルの部屋を守る警備員達をかき乱させて、三日前にはアデルの部屋に入り込んだからな」

「は? 三日前? 嘘⁉︎ いつ? 気付かなかったわよ⁉︎」

「アディの寝顔、可愛かったなー」


ジャスティンはうっとりとした声を上げた。その声にアデレイドの背筋が粟立つ。


「寝てる時に部屋に入ったの? どこから⁉︎」

「窓から」

「窓⁉︎ 鍵は? 鍵かかってた筈だし、寮は外からの侵入を防ぐ防護魔法がかかってるでしょう?」

「そんなの僕には意味ないね。

ちょっとしたコツで防護魔法はすり抜けられるし、鍵はピンで開けられるから」


アデレイドは絶句した。

ちょっとしたコツで抜けられるなんて、この学園の警備は大丈夫なのだろうか。

結構身分の高い人もいる筈だが。

ブレントを見ると、ブレントは首を振った。


「普通は侵入などできない。防護魔法に穴を開けようとすれば警備が気が付くようになってるから、侵入される前に警備員が取り押さえる」

「穴を開けたんじゃないよ。すり抜けたんだよ」


ジャスティンはいとも簡単そうに言うが、ブレントの顔から察するにあり得ないことなのだろう。


「で、アディの部屋に入ってアディの寝顔を眺めてたんだけどさ。

警備員のお姉さんが部屋に入ってきて、邪魔されちゃったんだ。

こいつが通報したみたい」


こいつ、とジャスティンが指差すのはブレントだ。年上に対する敬いなどは全くない。


「僕がどこにもいなかったからアディの部屋に入ったんだと思ったんだって。

そんな不確かな情報で警備員を差し向けるなんてどうかと思うよね」


不満そうな声のジャスティン。


(どうかしているのは君の頭だ)


突っ込みそうになったが、アデレイドはなんとかそれを飲み込んだ。

魅了してしまった人にはなるべく穏便に接した方がいい。そして、出来ればなるべく関わらない方がいい。


「ありがとう、ブレント」


アデレイドはブレントの方に向き直り、お礼を言った。ブレントは「いや」と、素っ気なく返す。


(そしてありがとう、警備のお姉さん。部屋をちょっと出るだけでついてくるのがウザいと思ってごめんなさい)


昨日からその任を解かれ、もうなかなか会えないだろう警備の女性に心の中で礼を言う。

しかし、自分はどんなに鈍感なのだろう。

二人も部屋に入ってきたのに気付かずに寝こけるなんて。


「私、変な顔してなかったよね?」

「可愛かったよ。触っても起きないからチューしようと・・」


ごすっ。

ブレントがジャスティンの頭に拳骨を落とす。

アデレイドは顔を引きつらせていた。


「お前、寝ている女性に触ったのか?」

「うん。あまりに無防備に寝てるからちょっとだけーっと思って」


ブレントのドスの効いた低い声にも動じず、邪気のない様子でにへらっと笑うジャスティン。


(この子、危ない! 気を許したらいけない気がする)


腕を外し、そっと後ずさろうと思ったが、まず腕が離れなかった。


「あ、アディ、なんで離そうとするのー?」

「え? えーと、だってここは学校の敷地内よ。腕を組むなんてよくないわ」

「そう? みんなやってない?」

「やってないわよ、ほら、周りを見て」


言いながらアデレイドも周りを見た。

気づいていたが、人だかりがすごくなっていた。

アデレイド達からかなり離れたところでの人だかり。

集まり過ぎていて、登校の邪魔だ。

どうしようかと思っていると、校舎から教員が来たようだ。

アデレイド達も、動き出す生徒達に紛れてーー紛れられていないがーー校舎へと向かった。


校舎に入り、ブレントとの別れ際、アデレイドはブレントに向かって手を差し出した。


「握ってくれる?」


アデレイドはたまにこうして、ブレントに手を握ってもらう。

落ち込んでいる時や気合いが必要な時、握ってもらうとほっとする。

いつかこんなこともできなくなることは分かっているが、今はまだブレントは側にいてくれる。

それはアデレイドの心の支えだった。

ブレントがいなくなることーーそれは一人になること。


アデレイドはそのことが怖かった。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




ブレントはアデレイドの一つ年上の18歳。

ジャスティンはアデレイドの四つ年下の13歳。


学年の違う二人は、校舎に入ってしまえば、一緒にはいない。

授業と授業の合間、一人で歩いていると、今日はやけにちょっとした嫌がらせにあう。

すれ違いざま、髪を引っ張られるのだ。

髪といってもカツラなので痛くはない。

ただ、ズレる。


昼休み。

いつも昼をとっている場所に行く途中で、また髪を引っ張られた。

イラっとしたので今度こそ注意してやろうと口を開いたところ、


「なにをしている」


後ろから静かな叱責の声が聞こえた。

グレアムの声だ。

アデレイドは「げっ」と小さく呻いた。


登校しているということは、グレアムの魅了は解けたのだろう。

しっかりばっちり魅了されていたが、さすがの精神力。

普段から真面目で硬い男は、精神も硬かったらしい。

しかし、ということはアデレイドに文句を言いに来たのか。


大嫌いな女に魅了され、醜態を晒したのだから、激高していてもおかしくはない。

真面目であるし、正義感の強い男だと聞いているので、暴力には訴えないだろうが念の為だ。

出来れば、人の多いところで話し合いたい。


恐る恐る振り返ると、仁王立ちのグレアムがいた。

顔を見ていないから分からないが、先ほどの低い声、怒っているのだろう。

アデレイドはグレアムの組んだ腕を見つめた。


「そんな事をして恥ずかしくないのか」


(そんな事をして? 今現在なにかしたみたいだけど。

ああ、この男の子達に手を出しているとでも思われたのかな?)


さすが安定の嫌われ感。泣いていいかな。


「女性の髪を引っ張って喜ぶなど、子供のすることだ。彼女に謝れ」


(え?)


顔を上げると、グレアムはアデレイドを見ていなかった。

アデレイドの髪を引っ張った少年三人を睨んでいる。

少年達は震え上がり、小さな声で「すみませんでした」と言って、転がるように逃げていった。


「ありがとうございます」


アデレイドはグレアムに頭を下げた。まさか庇ってもらえるとは思っていなかった。


「いや、ああいう子供じみた真似は許せん」

「私の髪がカツラだってわかったから、ちょっかいかけたくなっちゃうんでしょうね。

明日から鎧の頭の部分のを被ってきますよ。部屋にありますから」


アデレイドが笑って言うが、グレアムは言葉を返さなかった。

重い沈黙が落ちる。


「あの・・」

「話があるのだが、少しいいか?」


(きた!)


アデレイドは体を強張らせた。


「では、カフェにでも」

「いや、あまり人がいない方がいい。この間の騒ぎで私達は注目されているし。

なにより人に聞かせたい話ではない」

「そ、そうですか。ではどこへ?」


アデレイドは引きつった笑みを浮かべる。


「白薔薇のサロンに行こう。あそこなら小部屋もあるし、ゆっくり話せる」


白薔薇のサロンとは、キャロラインやグレアムのいる勢力の持つ部屋だ。

上位貴族の子弟達は、幾つかある部屋を使っていて、頻繁に茶会を開くのだとか。


(まさかの敵陣地へのお誘いを受けた! これは行ったらいけない、無事に帰れない)


「いえ、私のような者がお邪魔してはご迷惑になりますから、ぜひその辺で!

その辺の柱の陰あたりでお願いします」

「いや、そこでは話しにくい・・・、ああ、そうか。

キャロラインや他の者に会うのは気まずいか」


グレアムは思案するように顎を撫でた。

アデレイドは心の中で、いま一番会いたくなかったのはあなただ! と叫んだが、顔には出なかったようで、グレアムは気にせず続ける。


「だがしかし、私が知っている落ち着いて話ができる場というのは他には・・」

「どこでもいいです! 階段の踊り場でも、校舎の隅でも」

「いや、大事な話だ。そんなところでは話せない」

「えぇ〜」


アデレイドは抗議の呻き声をあげた。

絶対やだ。行きたくない。


「君が私の話など聞きたくないということは分かる。だが、頼むから聞いてくれ」

「・・・・」


真剣な様子のグレアムに、アデレイドはあれ?っと思った。

文句を言いたいのかと、怒っているのかと思っていたが、声は真剣で落ち着いている。

別の話ーー例えば、アデレイドを学園から追い出す約束ーーがあるのかもしれない。


「あの、私の身の安全を保証してくれるなら行きますけど」

「・・・身の安全?」


グレアムは低い声で呻く。

疲れたように盛大に息を吐き出した。


「安心してくれ。もう君に変な真似はしない。謝りたいんだ」

「ええ?」


アデレイドはびっくりしてグレアムを見そうになった。慌てて止める。


(謝りたいって空耳?)


真意を探りたいけれど顔を上げられず、アデレイドが焦っていると、グレアムがふっと笑った。


「とにかく話はサロンについてからだ」



✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎



紅色の壁紙に白い薔薇が無数に描かれたサロン。調度品も由緒あるものなのだろうが、アデレイドには重っ苦しく見えて落ち着ける気がしない部屋だ。

部屋にはキャロライン達はいなかったが、寛いでいた男子生徒がアデレイドを見た途端に紅茶を吹き出すのが見えた。


グレアムはその男子生徒に「奥を使う」と言って、歩き出した。

盛大に咽せているが、放っておいていいのだろうか?

逡巡していると、グレアムが向かっている部屋ではない方から従僕らしき人が出てきたので、ほっとしてグレアムの後に続いた。


グレアムと入った部屋は日当たりのいい部屋で、家具も白と小花柄で統一されていて先ほどの部屋より断然居心地がいい。

アデレイドは入れてもらった紅茶のいい香りと居心地のいい空間に、ずっとここにいたい気持ちになった。

ここが白薔薇のサロンではなく、目の前の硬い表情で紅茶にも手をつけない男もいなければだが。


グレアムは膝の上で手を握り締め仏頂面をしていると思ったら、おもむろに立ち上がり、アデレイドに向かってがばりと頭を下げた。


「すまなかった!」


いきなり頭を下げられ、アデレイドは紅茶のカップを持ちながら、呆然とグレアムの頭を見つめる。


「え?」

「女性を手篭めにするなどあってはならないことだ。本当にすまなかった!」

「て、手篭め・・」


アデレイドは思いっきり顔を引きつらせた。

すっごく嫌な表現だ。それに未遂である。


「そんな事をされた覚えはありませんが」

「なにを言う⁉︎ 」


グレアムは下げた時同様、がばりと頭をあげた。


「三週間前、決闘の最中に私は無理やり・・」

「っだー! それ以上言わないで! 忘れたいんだから思い出させないでよ!」


アデレイドはカップを受け皿に叩きつけるように置き、グレアムの不埒な言葉を遮る。

敬語がすっ飛んでしまったが、そんな事は気にするもんか。


「すまない」

「いいから座ってください。話はそれからです」


アデレイドが着席を促すと、グレアムは素直に座った。

アデレイドは気分を落ち着かせるため、紅茶を一口飲む。

ほんっとーに嫌な言葉を聞いた。一発ぐらい殴っても許されるんじゃないだろうか。

グレアムを睨みつけたい気分だが、目が合ったらまた魅了してしまうので、そこはぐっと堪えた。


「カーヴェル様は、私の事を怒っていないのですか?」

「怒る? ああ、魅了したことか? それなりに思うことはあるが、それより私が無理強い・・」

「言わないでって言ってるでしょ!」

「すまない」


本当に反省しているのかこの男!

アデレイドは今度グレアムがそのことに触れたら問答無用で殴ろうと、拳を固めた。


「その事は気にしていませんので・・」

「気にしていないのか?」

「・・・」


グレアムに遮られ、アデレイドは自分の目が据わっていくのを感じる。よし、殴ろう。


「本当に気にしていないのなら、そう何度もその事を言いかけた私を止めないだろう。

君には私を責める権利がある。私には責任をとる義務がある。

ーー結婚しよう」

「・・・・は?」


アデレイドは殴ろうとした手を止めて呆然と呟く。


「まだ魅了が解けていないのですか?」

「いいや、解けている。君に結婚を申し込むのは責任を取るためだけだ。魅了の影響はない」

「・・・」


それもどうなんだ、とアデレイドは胸中で呻く。

魅了の所為で結婚を申し込まれるのも嫌だが、義務で申し込まれるのも嫌だ。


「お断りします。責任を取っていただく必要はありません」

「しかし」

「未遂ですから忘れてください。私は忘れました」

「いいや、そういう訳にはいかない。公衆の面前で女性に恥をかかせてそのままにはできない」

「ーっ!」


アデレイドは立ち上がった。


(言わないでって言ってるのに! もうこいつと話をしていたくない!)


扉に向かおうとすると、腕を掴まれた。グレアムだ。


「待て」

「どうせ私は悪役です。今回の件だってあなたを魅了した私が悪いんです。

皆もそう思っています。

それに、あなたが私に恥をかかせたなんて、皆思ってないから大丈夫です。

私はそういう女ですから」


腕を振り払おうと力を込めたが、逆に強く握られた。


「君は自分のことをそんな風に思っているのか?」

「あなただってそう思ってるでしょ?」

「・・・確かに、前はそう思っていた。

君に魅了された者達が君を悪く言うのを聞いて。噂話で君が男を手玉にとっているのだと聞いて。

だが、今は違う」

「・・・」

「君は嫌がっていただろう? 私と結婚しろと言った時も、私が・・・しようとした時も」


気を遣ったようだが、惜しい。気を遣いきれていない。殴りたい。


「君は心底嫌がっていただろう。無理強いしようとした私が悪いんだ。

君は悪くない」

「!」


アデレイドの手から力が抜ける。頬を涙が伝った。


俯き、黙り込んだアデレイドを怪訝に思ったのだろう。

グレアムは手を離し、アデレイドの前に回り込んだ。


「なっ! 泣いているのか! いきなりどうした! 私が悪いのか?

泣き止め! とにかく泣くな! 私が悪かった! 悪かったから」


わたわたと手を動かし、グレアムは焦ったように言葉を紡ぐが、一度決壊した感情は簡単には止まらない。

ぽろぽろぽろぽろ、涙は流れ続け、アデレイドはついにひゃっくりをあげて泣き出した。


「うっ、うっ、」

「泣くな、泣くな! 私が悪かった!」

「ちが、違うんです」

「違う? なにが違うんだ? 言ってみなさい」


グレアムは優しい声で宥めるように言った。それに更に涙腺が緩む。


「私、誰かに、私は悪くないって、言ってもらいたかった」

「・・・・」


グレアムはしばらくの無言ののち、子供にするようにアデレイドの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

そんなことをされれば、余計に涙は止まらない。

アデレイドは我慢することをやめた。


「うぇ〜〜ん」

「わあ、待て! そんなに泣くな! タオルタオル」


困ったようなグレアムの声が聞こえる。

それでも涙は止まらなかった。止めたくなかった。




お読みいただきありがとうございます。

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