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第十七話

ご無沙汰しております。

何回か書き直してこんな感じ。

「カーヴェル様 ・・」


うわ言の様にグレアムの名を呼んだアデレイドは深い青色の目を閉じた。

グレアムの腕の中でぐったりと力の抜けた体。

焦ったグレアムはアデレイドに声をかけるが、返答はない。

首の脈をみて、口元に耳を近づけ呼吸を確かめる。

特に乱れはなくひと安心だが、アデレイドの口元あたりに微かな刺激臭がするのが気になった。


アデレイドから目を離し、図書室内を見る。

先ほどから図書室内にも神経を配っているが、人が動く気配はない。

だが耳を凝らせば微かに呼吸音がする。

グレアムは魔法で灯りを作り、図書室内に放った。

灯りに照らされた下、見れば長机や椅子の向こうに人が倒れているのが見える。

うつ伏せに倒れているのが一人。

本棚に上半身を隠し、横向きに倒れているのが一人。

二人とも顔は見えないが男のようだ。


一体なにがあったのか。先ほどの凄まじい光はなんなのか。

アデレイドや男達はなぜここにいるのか。


グレアムがここに来たのは、アデレイドを探していたからだ。

就寝後、談話室に忘れ物をした事に気付き談話室へ行けば、アデレイドが談話室から出て行く所だった。

女子寮への扉ではなく、赤の寮区から外への扉だ。

消灯後に出歩くことは禁止されている。

グレアムはアデレイドを止めようと談話室を出て、すぐに見失ってしまった。

そのまま帰れずに探していれば、廊下を貫く凄まじい光。

収縮していく光を追って、グレアムは図書室へと辿り着いた。


アデレイドを見下ろせば、穏やかに息をしている。

その寝顔とグレアムに体を預ける無防備な姿。

グレアムは心臓がキュッと締まった様な感覚に襲われた。


グレアムは自分がまた魅了された自覚があった。

アデレイドを抱き起こした時にしっかりと目を合わせてしまった。

掠れた声で名を呼ばれどきりと心臓が跳ねたが、その時はそれを無視した。

状況の分からない中で女に溺れるほどグレアムは愚かではない。

しかし周りを確認し、すぐにどうこういう危険が迫っていないと分かれば、心はアデレイドヘと向いていく。


不揃いな短い金髪、白く滑らかな肌、柔らかそうな唇。

自分の顔がアデレイドの顔へと近づいていくのを感じて、グレアムは首を振って顔を上げた。


自分はアデレイドに恋愛感情を抱いていない、筈だ。

うっかり魅了されてしまえば、アデレイドを手に入れようとするし、ブレント・オールディスに自分の妻になる人だと牽制したりもしたが、落ち着いたグレアムがアデレイドに抱いた感情は、健気に頑張るこの子を守りたいという物だ。キャロラインに向けるのと同様に妹を見ているのと同じ気分だと思っている。

しかしまた魅了されてしまえば昏い欲望が首をもたげる。


アデレイドを自分のものにしたい。


ーー今なら簡単に手に入る。

ーーいやいや、意識のない女に手を出すなど絶対に駄目だ。

ーーこんないい機会を見逃すのか。

ーー相手の同意も取らずに出来るわけがない。

ーー少しぐらいいいのではないか。少しだけ、ちょっとくらい。

ーー少しだけ?

ーー頬に触れて、


グレアムは自由になる右手でアデレイドの頬を撫でた。

柔らかく温かい。


ーー唇も柔らかいだろう。


唇を親指でなぞる。その柔らかさに自分の欲望が抑えられなくなる。


ーー口付けたらどんなに柔らかいのか、どんなに気持ち良く、甘い味がするのか・・。


グレアムの顔がアデレイドの顔に近付く。

唇と唇が触れ合う寸前ーーグレアムは動きを止めた。

アデレイドの笑顔を思い出したからだ。


ここ何日か、アデレイドはグレアムに会えば、挨拶を返してくれる様になっていた。

アデレイドに引っ付いているブレントは、赤の寮区には入れない。

昨日は談話室で軽く立ち話もした。

アデレイドにグレアムに対する嫌悪はみられない。

しかしここでグレアムが暴走したらーー


(こんな事をしてはいけない。アデレイドに合わせる顔がなくなる)


アデレイドの吐息を感じて強くなる欲望をねじ伏せ、グレアムは顔を上げた。

ふぅーと大きく息をつくと、後ろから年配の男の声。


「お、我慢したようだな。えらいえらい」

「うわぁ」


グレアムは思わず声を上げた。

気配もなくいきなり声をかけられたのと、アデレイドにしようとしたことを見られていたので動揺した。

グレアムはそろりと振り返る。

そこにいたのは声から予想した通り、学園長ーーイアン・ダウエルだった。

長い灰色の髪と同色の口髭、穏やかそうな顔立ちをしているのに目だけは強く鋭い。

六十代後半ながら衰えを見せない大柄な体躯。

藍色のローブには銀糸で細やかな模様があしらわれている。普段ではあまり見ない格好なのでどこかに出かけていたのかもしれない。


「学園長先生。いつからそこに?」

「ついさっきだ。クローズに呼ばれて来てみたら、君がなにやら葛藤していたのでな。

どうするのか見ていたのだよ。

いや、よかった。思い留まってくれて。

そうでなければ優秀な生徒を一人失うところだったわ。

クローズの曾祖父さんはなにするか分からんからな」


わははは、と笑うイアン。グレアムは口元を引きつらせていた。

自分の欲望に負けなくて本当によかったと思う。

アデレイドの曾祖父の話は嘘か本当か分からないが、眠っている相手に口付けているところを誰かに見られたら、もう表を歩けないところだ。

それが曲者と名高い学園長となれば、なおさら。


「学園長先生。

アデレイドに呼ばれたということは、なにが起こったのか知っているのですか?」


グレアムは話を逸らす為にも気になったことを口にする。

答えは素っ気なかった。


「いや、知らん」

「知らない、とは?」

「クローズから受け取ったのは緊急信号でな。

なにが起きたかまでは知らん」


イアンは言いながら、アデレイドの横に屈み込む。

グレアムはイアンの指示に従って、アデレイドを横たえた。


「見たところ怪我は無い様だが・・、ん?」


イアンは一瞬眉を潜めた。

イアンもアデレイドの口元から匂う刺激臭が気になったようだ。


「クロウロウか」

「クロウロウ?」


聞きなれない言葉だ。聞き返すが、イアンは教えてくれなかった。

イアンはアデレイドから離れて、倒れている男達へと向かう。

二人を軽く見てから、イアンは振り返った。


「とりあえず、クローズとこの二人を医務室に連れていくか」

「しかし、ここでなにが起きたのか。

事件なら、他に関わっている人間がいるのでは?」


暗にアデレイドと倒れている男二人に暴行を働いた者がいるのではと指摘したが、イアンは口髭を撫でながら、


「さあ、どうだろうなぁ」


と、暢気に言った。


「まあ念の為に後でここに人をやっとくから、君はアデレイドを連れていってくれ。

私がこの二人を連れていく」


イアンは言うなり、魔法で二人を浮かび上がらせた。

ふわふわと図書室の出口へと向かう二人の男は見知った二人だ。

デクスターとその友人のギデオン。二人とも赤の寮所属の四年生だ。

グレアムはアデレイドを抱き上げ、イアンの後に続く。

アデレイドの柔らかさと香りに、また危なく理性が飛びそうになるが、ぐっと堪える。

イアンは面白そうな顔でグレアムを見ていた。




✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎




誰もいなくなった図書室。

扉が静かに開く。

ブレントは覚束ない足取りで図書室を進み、ある机の側で止まる。

机の下を覗き込めば、白と黒のぶち猫ーーマーロウが倒れていた。


ブレントは机の下に潜り込み、マーロウに手を伸ばした。

その体は温かいがくったりと力ない。


「ごめんな、マーロウ」


抱き上げ、マーロウの頭や身体を優しく撫でる。

声をかけても撫でてもピクリとも動かない。

深く眠っている。


アデレイドが放ったあの光。

マーロウや自分の様子から、あれは相手の意識を奪ったり動きを封じるものだろう。

アデレイドがあんな魔法を使えるとは聞いたことがない。

何か魔道具の類か。


アデレイドがグレアムに抱えられて図書室から出ていくのをブレントは廊下で見ていた。

その前に学園長が入っていったのを見たのと、足がいよいよ動かなくなったのとで廊下に座り込んでいたのだ。

グレアムはブレントに気付かなかった様で、図書室を出て向こうの通路へと消えた。


グレアムが、いや、他の男がアデレイドを抱えているのを見るのは気分が悪い。

自由にならない自分の身体が歯痒く、ブレントは唇を噛み締めた。


アデレイドの側にいるのは自分の筈だった。

アデレイドに魅了された男が入れ替わり立ち代わっても、一番側にいるのは自分の筈だった。


しかし今のアデレイドとの距離は、本当のアデレイドとブレントの距離を暗示している様だ。

心の距離、そして立場の距離。


ブレントが行動を間違えたら、実の父である公爵の不興を買ったら、ブレントは学園にいられなくなるだろう。

そうなったら表向きの父親である子爵は、喜んでブレントを家から追い出す。

もしそうなっても、ブレントは生きていく自信はあった。

むしろ煩わしい奴らに会わなくなって清々するぐらいだ。


しかし、そうなったらアデレイドを置いていく事になる。

アデレイドの能力、立場は多くの人を惹きつける。

これから厄介な奴らは増えるだろう。


アデレイドを守れるよう、側にいられるよう、ブレントは慎重に行動する。

それがアデレイドの心を守れない事も、逆に傷付ける事も知っている。


ーーもしアデレイドが全てを捨ててブレントと逃げてくれるのなら。


ブレントはそんな事を考えるのだ。

今日の様に自分が無力である事を痛感する時には。


ブレントはマーロウを撫でながら図書室内を見回す。

本棚の側に白いハンカチが落ちているのを見つけた。

図書室を管理している人物は細かい性格で、図書室を閉める時、綺麗に整理清掃していく。

ハンカチが気になり、それを拾うと、鼻につく刺激臭。


これはクロウロウの匂いだ。

クロウロウはクロウという木の樹液を発酵させて作られるもので、麻酔薬だ。

副作用があり容量を間違うと死に至る危険な物の為、正規の医師であれば、高価であるが安全な魔法薬を使う。

これを使うのはモグリの医師か裏町の犯罪者かだ。


ブレントはたまに学園を抜け出して、王都の裏町に出入りしている。

そこで情報の売り買いや頼まれ事をしていて、クロウロウの事を知っていた。


ブレントは自分の目が据わっていくのを感じた。

デクスターはアデレイドにこんな危険な物を使ったのか。

学園長がついているから大事ないと思うが、アデレイドは明日、頭痛と吐き気に苦しむだろう。

こんな物を使ってアデレイドを眠らせて、アデレイドを攫うつもりか、それともーー


(考えただけで、虫唾が走る!)


つい力が入ってしまい、マーロウを強く抱きそうになって、慌てて緩める。

マーロウはくったりしたままだ。

柔らかな身体を撫でながら、冷静に考えを進めていく。


デクスターがクロウロウを知っていたとは思えない。

貴族の坊ちゃんだ。友人も似た様な物だろう。

と、なればクロウロウをデクスターに与えたのは手紙の主か。

デクスターを唆してアデレイドを襲わせたか。


アデレイドを悪役に仕立てている奴が動きをみせた。

人々を唆し、自分の都合のいい様に誘導する。

魔法ではない力。

妖精の誘惑。


アデレイド以外にも妖精の力を持つ者がいる。












お読みいただきありがとうございます。

更新遅くてすみません。

あまり遅くなると読んでいて意味が分からなくなりますよね、すみません。

なんとか早く上げたいですが・・・うーん、頑張ります。

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