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第十五話

アデレイド、ちょっと危機。

アデレイドは夜中、赤の寮区を抜け出して、城のようなハーツホーンの寮の廊下を進んでいた。

目的地は寮にある図書室。その奥にいつもブレントと落ち合う場所がある。


少し前、アデレイドの部屋の窓にブレントからの合図の魔法の鳥が来た。

魔法で作られたその青い鳥は、いつもと形が違うし動きがぎこちなかった。

アデレイドは違和感を感じたが、特に気に留めず、寝間着から着替えて部屋を出る。

昼間にケイシーとチェスターにいろいろ言われた事について、ぐるぐる出口なく考えていたので、ブレントと少し話をしたかった。

昼間はジャスティンがいて、話せなかったから。


図書室に着いていつもの場所に行くが、ブレントはまだ来ていなかった。

アデレイドは窓辺に行って、カーテンを少し開ける。

月明かりが長く差し込み、アデレイドのいる場所が明るくなる。

アデレイドは月を見上げ、昼間の事を考えた。


ケイシーに、ここでブレントを選ばなければ未来がないと言われ、アデレイドはドキッとした。

いつものケイシーの軽口であるし、放っておけばいいのだが、少し揺れている。

ブレントがいなくなるのは嫌だと思っている。

アデレイドにはそんな資格はないのに。


かつん、と靴音が響く。

ブレントが来たのかとそちらを向けば、そこにいたのは、茶色の長髪の少年ーーデクスター・ディラックだった。


「え?」


予想外の人物にアデレイドが驚いている間にもデクスターは歩み寄る。

四週間前に闘技場で魅了してしまった少年。

物陰から見ているだけだった彼が目の前に現れたのは意外だった。

デクスターは四週間前より痩せて、頬がこけてみえる。

アデレイドを見つめる仄暗い瞳、笑みを浮かべる口元。

アデレイドはその少年に嫌なものを感じた。

咄嗟に自分がいる場所と本棚の位置を考え、逃走経路を決める。

ブレントもそのうち来るから大丈夫だろう。


アデレイドは時間を稼ごうと口を開いた。


「ディラック様、こんな夜中にどうしたんですか?」


デクスターは目を見開き、次いで笑み崩れた。


「僕の名を知っていたんだね

僕ばかりがあなたを見ているのかと思った。

なら、なんで声をかけてくれないのかな?」


拗ねたように言うデクスターだが、アデレイドの魅了した男への対処法はなるべく近寄らないなので、デクスターに声をかけるつもりはない。

アデレイドが答えないでいると、デクスターの顔から表情が消えた。


「あなたの周りにはいつも他の男がいる。

声をかけようにもかけられない。

いろいろな男と親しそうにしているね。

そんなに男が好き? 噂通り、男を手玉に取って遊んでいるの?

僕もその一人?」


アデレイドはデクスターの言葉に口元を引きつらせた。


(この子、駄目な子だ。自分の中でいろいろ考えちゃって、暴走するタイプだ)


前に一度、こんな感じの男がいた。

勝手に想像を膨らませ、アデレイドが同級生の男子と授業の事で話しているのを勘違いし、ついには殴りかかってきた。

その時は同級生の男の子が止めてくれたが、口汚く罵られ、それからアデレイド悪女説が広まった。

話に尾ヒレ腹ビレ、背ビレまでついて広がり、収拾がつかなくなった。


あの時はオロオロするばかりだったが、アデレイドも対処法を学んだし、なにかあっても一人で撃退できると思う。

でもブレントが来てくれたら心強い。

アデレイドはちらっと図書館の入り口の方をみた。


「オールディスなら来ないよ」

「え?」

「魔法の青い鳥が合図なんだろ?

あれは僕の友人が外から放ったものさ」


アデレイドは目を見開いた。

青い鳥に感じた違和感。それはブレントの手によるものではなかったからだ。

違和感を無視したことは迂闊だった。

しかし、なぜそれをデクスターが知っているのだろう。


「なんで知っているかって思ってる?

それはね、親切な人が教えてくれたんだ。

青い鳥を使えば君を呼び出せるよって。

他にも教えてもらった事があるよ。知りたい?」


また笑みを浮かべるデクスター。


「知りたいわ」


アデレイドは口ではそう答えた。

誰にそれを聞いたのか、他になにを聞いたのか、問い詰めたいが今は逃げるかやっつけるかが先だ。

アデレイドはデクスターに向かって、魔法の無効化の力を放った。

これでデクスターは魔法を使えないただの少年だ。

アデレイドは窓から離れ、すぐに駆け出せるよう、通路を背に動く。


とーー

突然背後から出てきた人物に羽交い締めにされ、口と鼻を覆うように何かを押し付けられた。


「むぐっ」


ツーンとした刺激臭が鼻につく。

アデレイドは反射的に後ろの人間に向かって肘打ちを放った。


「くっ」


男の呻き声がして、腕が緩んだ。

その隙に相手の右腕を捻りつつ、囲いから抜け出す。

男はカツラを掴んだようで、ずるりとカツラが脱げた。

夜だからと油断して、眼鏡をかけていない。

アデレイドの淡い金髪と顔が露わになって、男達が息を飲んだ。


アデレイドは二人を警戒して動く。


(さっきの変な臭いは魔法薬? 睡眠薬とか痺れ薬? どっちにしても私には効かない。ぶっ飛ばして逃げる!)


アデレイドは決意し、魔法弾を放とうとした所で、視界がぐらりと揺れた。


(あれ? うそ。なんで?)


周りが歪み、足から力が抜ける。

歪む視界の先に、笑うデクスターがいた。


「ふふ、驚いてる?

君は魔法薬が効かないんだってね。

それは魔法薬じゃない。平民が使うようなただの薬だよ。

安心して。ただ眠ってもらうだけだ」


(そんな・・、なんでこいつがそれを知ってるの? 誰かから聞いたの? 誰から?)


アデレイドは一歩、二歩と下がる。

しかし足に力が入らなくなり、その場にぺたんと座り込んだ。

見上げれば、デクスターと目が合った。

デクスターは笑みを深める。


「アデレイド、君は僕の物だよ。

他の奴らに渡さない。僕だけを見て」


アデレイドの背中に悪寒が走った。デクスターの目には狂気が揺れていた。

魅了が彼の精神におかしな影響を与えたようだ。


(なんとかしないと・・)


アデレイドは閉じそうになる目を必死に開け、重い腕を持ち上げて胸元に手をやる。

そこには片時も離さないネックレスがあった。

青い石のネックレス。

アデレイドはそれを掴むと引っ張った。

細い鎖がぷちりと音を立て切れる。


男達はそのネックレスになんらかの魔法がかけられているのを察したようで、慌てた顔をした。

でももう遅い。


かざしたネックレスにアデレイドが魔力を込めると、青い石は眩いばかりの光を発した。

目を閉じていても貫かれるような強い光。


「うわぁ」

「うくっ」


光に晒され、男達は呻き声をあげる。

光が収まった後に目を開けると、男二人は倒れていた。

アデレイドは安堵の息をつく。


このネックレスは学長にもらった物で、強い光を発し、近くにいるアデレイド以外の生き物の意識を奪うように作られている。

自分では手に負えない事が起きたら使いなさいと言われていた。

忠告通り肌身離さず持っていて助かった。

ただ、初めて使ったので、いつ二人の意識が戻るのか分からない。

一日寝ているかもしれないし、すぐ目覚めるかもしれない。


アデレイドは重い体を動かし、出口に向かって這い進んだ。


歩けばすぐのはずなのに、果てしなく遠い。

今にも二人が起きるのではないかと思うと気が気ではなかった。

アデレイドにはもう対抗できる手段も力もない。

二人に捕まったらどうなる?

嫌な想像を振り払い、アデレイドは必死に重い体を動かし、睡魔と戦った。


ずりずりと移動していると、図書室の扉が唐突に開いた。

デクスターの仲間が来たのかと身構える。


「アデレイド! いるか!」


焦った声の主は、グレアムだった。

グレアムは魔法の光で図書室を照らすと、床にいるアデレイドに気付いたようで走り寄ってきた。


(なぜ、カーヴェル様がここに?)


疑問が浮かぶが、頭に霞がかかったようでまともに考える事が出来ない。

抱き起こされ、背中や腕に人の温もりを感じる。

アデレイドはそれにとても安心できた。


デクスター達の事を伝えねばと思ったが、もう無理だ。


「カーヴェル様・・・」


アデレイドは目を閉じる。

「おい!」とか「どうした!」とかいろいろ聞こえるが、答えられない。

アデレイドの意識は引きずられるように、闇に落ちた。







お読みいただきありがとうございます。

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