第十一話
三週間後に控えた創立祭。
その為に授業が終わった後、それぞれ活動する生徒も多い。
剣術大会に出る生徒は鍛錬を、魔法の演舞を披露する者はその練習を、自分の研究ーー謎の文明の謎の遺跡に対する考察などーーを披露する者はその成果をまとめるため、時間を惜しんで過ごす。
アデレイドは学習発表など特に参加せず、剣術大会も魔法の演舞も関係ないので、いつも通り寮に帰って本でも読もうと思っていたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
アデレイドは社交界に出るつもりがない。
なので、礼儀作法はともかく、ダンスなどは自分には必要ないと思っている。
授業としてダンスは習うが、アデレイドはその授業に出ないか、隅でぼーっとしていた。
アデレイドのダンスの相手をすれば、魅了の被害に合うかもしれないということで、誰も相手はしない。
参加しなくても許されていた。
そのツケがこんなところに回ってくるとは思わなかった。
アデレイドは現在、ローランドに片手を取られ、腰に手を回され、今にもダンスを踊る態勢だった。
アデレイドはブレント達と別れ、午後の授業を受けた後、補習に向かった。
ダンスの授業で落第点を取っている五、六年生対象の補習だ。
アデレイドの他に女子はいない。
ダンスの補習を受けた女子というのは、社交界でずっと笑い者になるそうだから皆必死で修得する。
男子は十数人補習を受けるようだ。
皆、やる気がなく、どことなく野暮ったい。
出来る男はダンスで落第点など取らないらしい。
アデレイドは夜会にも出る気はないし、今回も隅でぼーっとしていようと思っていた。
ところが、そこに現れたのがきらきらと眩い貴公子ローランド。
ローランドはアデレイドが所属する寮の寮長である。
四つの塔を持つ城のような寮は、赤、青、緑、黄と呼ばれる四つの所属に分かれている。
アデレイドはローランドが寮長を務める赤の寮に所属している。
ちなみに、ブレントは青、ケイシーは黄、チェスターは緑だ。
ジャスティン、キャロライン、グレアムは赤である。
今まで寮の事に不満を持ったことはーー少ししかない。
キャロラインが同じ所属で何かとうるさいくらいだ。
しかし今日、自分が赤だということを恨めしく思った。
寮長ローランドは、アデレイドがダンス落第点の唯一の女子と聞いたらしい。
『自分の寮の女子が補習を受けるなど嘆かわしい。寮長の責任として、クローズは私が引き受ける』
と、言ったのだ。
昼間、アデレイドの事を『アディ』と呼び、魅了が解けていない事をアデレイドに示していた彼が、アデレイドを『クローズ』と家名で呼び、さも仕方なさそうにアデレイドを引き受けると言ったのはどんな意図があるのか。
ともあれ、女子一人、違う動きを教えるのを面倒に思っていたらしい教師により、アデレイドはぽいっとローランドに渡された。
「エイデン様、基本の動きは教えていただきましたし、確認するまでもないと思うのですけど」
一通り教えてもらい、男子の方も一息ついたので、一曲通しで踊ってみようということになった。
教師の始まりの合図を待っているのだが、ずらりと並んだ男子は相手なしで、気まずそうにしていたり意味もなくわきわきと手を動かしていたりする。
ローランドはアデレイドの腰に添えていた手にぐっと力を入れた。
「自信があるのは結構だね」
自信はない。多分ローランドの足を踏む。
だから踊りたくないのだ。
「これが踊れたら、もう二、三曲覚えた方がいい。
これは始めの一曲だ。これだけでは夜会は楽しめない」
「いえ、楽しむつもりはありませんから」
教師の合図。
パンパンパン。
手拍子に合わせて体を動かす。
この曲は単純な動きだ。
足を引くのか出すのか間違えなければいいはずが、アデレイドはすでに必死で、少しずつリズムとずれてきている。
ローランドは呆れたようだ。
「まだまだ練習だね」
「うう」
一曲分が終わり、ローランドから離れる。
しかし、ローランドは手を握ったままだ。
「アディ、夜会のパートナーは決まっているのか?」
アデレイドは来た! と思った。
ここでローランドと会ったらその話が出るのではないかと思ったのだ。
「はい、決まっています」
「誰だい?」
「ジャスティン君です」
「ジャスティン?」
ローランドは訝し気に眉を顰める。
「しかし彼はまだ二年生だろう」
「パートナーは他学年でもいい事になっています」
「それは確かに婚約者や恋人であればそうだが、彼は年下であるしあまり適当ではないと思うよ」
アデレイドは密かに構えていた。
魅了されているであろうローランドは、いつ自分のパートナーにと言ってくるか分からない。
しかし言ってきたら、キャロラインの存在を突きつけてやるのだ。
婚約している二人がパートナーを組むのは当然で、それでもと言ってきたらキャロラインに報告する。
キャロラインがなんとかしてくれるだろう。
しかし、それは杞憂だった。
ローランドは納得しないながらも、それ以上言うことはなかった。
(あれ?)
アデレイドは首を傾げる。
まさか話が済んでしまった。
なんだ、気を張って損した。
アデレイドはダンスの練習に集中する。
とにかく一曲踊れればこの場から解放されるのだ。
ローランドのファン達に見つかる前に終わらせて離れた方がいい。
二回目。
教師の合図で一斉に踊り出す。
パンパンパン、パンパンパン。
今度はリズムに乗って踊れている。
ステップも間違えない。下を向いているのはお愛嬌だ。
「アディ、上手だ」
頭の上から褒め言葉が降ってくる。
なんだか楽しくなってきた。
「ありがとうございます」
まだ頭で考えながら踊っているので話しかけられると辛い。必死に次のステップを考えながら踊る。
「アディは筋がいい。他のダンスもすぐに覚えるだろう。
明日から毎日、ここで練習しよう」
「え? いえ、いいです。一曲踊れれば充分です」
「なぜ? 夜会では他の曲も流れる。
知らなければ踊れないだろう?」
「いえ、私、夜会に出る気はな・・いえいえ、なんでもないです」
アデレイドは慌てて訂正した。
ステップに夢中になって、うっかり喋ってしまうところだった。
しかし、誤魔化せたと思ったがそれは無理だったようだ。
「夜会に出る気はない?」
「そんなことは言ってません」
動揺してステップが乱れた。慌てて直す。
「夜会は五、六年生全員参加だ」
「ええ、分かってます」
「その夜会に出る気はない?」
「いいえ、違います。ちゃんと出ます」
「怪しいものだな。君は行事はほとんど欠席していると聞いている。
今までの寮長はそれを黙認してきたようだが、これからはそうはいかない」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
嫌な予感を抱きながら、黙ってローランドの言葉を聞く。
「今回の夜会、君のパートナーは私が務めよう。君が逃げないよう見張っておく」
「えぇっ!」
アデレイドはびっくりして足を止めた。ローランドも止まる。
「エイデン様はキャロライン様の婚約者で、キャロライン様をエスコートする義務が・・」
「確かにそうだが、寮長として寮生への責任がある。
寮生が決まりを破ろうとしているのは見過ごせない」
アデレイドは絶句した。
寮長といっても、今までのローランドは名ばかりだった。
それなのにこんなところで寮長の責任を持ち出すとは。
「私、ちゃんと夜会に出ます」
嘘だが。
そんなアデレイドを見透かすように、ローランドは目を細めた。
「君の今までの生活態度を聞くに、信用できないね。
クローズ、寮長命令だ。
夜会は私と行く事。いいね」
アデレイドは目を見開いた。
まさかの寮長命令。明らかに職権乱用ではないか。
アデレイドの生活態度が悪いのはその通りだが、納得できない。
ローランドと出るくらいなら、ジャスティンと出る。
「私はジャスティンと行きます。
エイデン様はキャロライン様とお行きください。
そもそも私が相手だなんて、キャロライン様が許しませんよ」
あれだけローランドに近づくなと言い、アデレイドに嫌味を飛ばし、ついには決闘までするぐらいだ。
この事を知ったらキャロラインが火を吹く。
般若のような顔で許さないと言い募るだろう。
「それなら、キャロラインがよいと言ったら私と行くね?」
「いいなんて言うはずがないです」
「言ったら?」
「キャロライン様がいいと言うならいいですよ。
聞いてみてください。
ダメと言ったら寮長命令は撤回してくださいね!」
次の日、アデレイドは唖然とローランドを見上げることとなる。
キャロラインはローランドの話に了承したのだ。
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