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~Episode of Autumn III~

 それから数日後━━土曜日の夜。

「ん……電話か」

 固定電話代わりにしている070のケータイを手に取ると、志智は古くさいモノクロ液晶へ表示されたナンバーを凝視した。

 見覚えのない番号だった。おそらく都内だろうとは思われるが、市内でもなければ、フリーダイヤルでもない。

 何らかのセールスという可能性もあるが……。

 飾り気のないプルプルという呼び出し音が2コール、3コールと続く。

(まあ、どっちにしても千歳にとらせるよりはいいか)

 070のケータイを握ったまま、志智は風呂上がりの髪の毛を一むしり。

「あれ~? おにいちゃん、電話~?」

「ああ、そうらしい。今出るよ」

 ユニットバスのドアが開く音と共に、千歳の声が聞こえた。暖かい空気と鼻をくすぐるシャンプーの匂いもすこし遅れて届く。

「━━はい、もしもし」

『あっ、あの……えーっと、その。ち、千歳ちゃんのお宅ですか?』

「違います」

 ピッ、とお年寄りにもわかりやすい操作音。仏頂面で070のケータイを充電台へ戻すと、数秒後にふたたび呼び出し音が鳴る。

『あの~……み、三鳥栖さんの━━』

「ああ、そうだ。

 確かにこいつはウチの電話だが……おいティック、どこから聞いた? 職員室に侵入して担任のパソコンでもあさったか?」

『そ、そんなことするわけないじゃないですか!

 普通に教えてもらったんですよー』

「嘘をつけ。俺と違って、千歳のやつにはケータイを持たせているんだぞ。

 ほとんど使っていないみたいだけどな。あり得ないほど低い確率だが、もし教えるとしたらそっちの番号だろう?」

『うっ……す、するどい』

「本当のことを言え。さもなくば、お前の番号を着信拒否にしてやる」

『や、やめてくださいよぉ!!』

 椅子から転げ落ちでもしたのか、ガタンという物音がスピーカーの向こうから聞こえてくる。

 志智は思わず笑い出したい衝動をこらえていた。そもそも、このシンプルすぎる070のケータイに、着信拒否機能などあっただろうか?

『ええっと……あ、あの……ですね。

 ち、千歳ちゃんのケータイの番号が、本当は知りたかったんですけど……千マイルの道も一歩からということで、まずは自宅の番号を教えてもらったんです』

「どうも嘘くさいな……じゃ、切るか」

『うううっ!! す、すいません!

 あの、いきなり千歳ちゃんの番号はハードル高いと思って!!

 お兄さんの番号を教えてくださいって言ったら、ケータイは持ってないからって』

「それでこの番号ってわけか。なるほど。そういうことなら理解できるな」

『あはは……』

 いつ電話を切られるかと思っているのだろう。ティックの声は多分に怯えを含んでいたが、志智にとってはなかなか心地よいものだった。

「で? 千歳になにか用か? まあ、どうせ電話には出さないが」

『ひどいですよ、お兄さん……あの、でも今回は違ってて。

 本当にお兄さんの方に用があるんです』

「そうか。まあ、期待しないで聞いてやるけどさ」

『心底めんどうそうですね……』

 かなりダメージを受けている声でティックは言うと、気を取り直したように息を吸い込む。

 正確には、その呼吸音が三鳥栖志智の耳には届いていた。

『あの、あした周遊を僕と走ってくれませんか?』

「それは勝負するっていうことじゃ……ないよな?」

『もちろんです。僕はあんまり峠を速く走ることには興味ないんですけど、テクニックは磨いておきたくて。

 お兄さんに前を走ってもらって、参考にしたいんです』

「別にいいけど、俺なんかが参考になるのかな?

 お前だって相当うまいじゃないか」

『いやあの……自覚ないかもしれませんけど、お兄さんの走りって物凄いですよ。ちょっと普通の神経じゃ追いつけないレベルですから』

「そうなのかな……」

 手持ちぶさたな左手の指で、膝をたたいてリズムを刻む。

(祇園田おじさんの店に置いてあったバイクの漫画だと……こんなときクルクルしたコードに指を引っかけていたよな……)

 手元にペンの一本でもあれば、回してしまいたいところだった。

「まあ、一緒に走るのは構わないぜ。明日か━━何時ごろがいい?」

『そうですね。姉さんにも聞いたんですけど、紅葉見物でけっこう混むみたいですから、朝一で行きませんか?』

「それも悪くないな。分かったよ。じゃあ、七時半に道の駅な」

『あ、それと、ええとあの。

 もし良かったらでいいんですけど、千歳ちゃんと少しお話したいなあ、なんて━━』

「じゃあなー」

 無慈悲に切話ボタンを押すと、志智の鼻孔にふたたびシャンプーの香りが届いた。

「おにいちゃん、電話だれから? 亞璃須さん?」

「なんでこんな時間にあいつと話すんだよ……ティックの奴さ。

 明日、いっしょに走ることになった」

「へえ~、いいなあ。

 また大多磨に行くんだよね。きっと紅葉が綺麗だよねえ~」

「そうだな……」

 弾けるような肉体にバスタオル一枚を巻いたまま、千歳は志智の前でニコニコと笑っている。

 軽くかがんだ拍子に、100万ドル札が挟まれていそうな谷間がのぞいたが、兄は特に何も感じなかった。

「む~……おにいちゃんの鈍感……」

「ん? 何か言ったか?」

「なんでもありませーんっ」

 心なしか足音荒く千歳が自室へ入っていく。するするという衣擦れの音をかき消すように、遠くからウォンウォンとやかましいマフラーのサウンドが響いてくる。

(暴走族ってわけじゃないんだろうけど……どうもああいう手合いは、な)

 明日の出発は早い。さっさと寝ておくにこしたことはなかった。


~~~~~~Motorcycle Diary~~~~~~


 翌日。

 秋晴れの空の下、道の駅・八王子滝山で時間通りに待ち合わせると、志智とティックは一路、檜原街道経由で大多磨周遊道路を目指す。

(小さなバイクっていうのは、こういうものなんだろうけど……異様にクイックだよな)

 厳しいRのコーナーをいともたやすくクリアしていく、ティックのグロムを見ていると、これは反則ではないかという思いがしてくる。

 ひんやりと冷たい空気は、3シーズンタイプのジャケットが耐えうるギリギリの温度と言えた。

 早起きした甲斐あって車の数は少ないものの、同じもくろみのライダーには事欠かないようで、しばしばマスツーリングの行列に追いついてしまう。

「……こりゃダメかな」

 ロングストレート。一気に追い越してしまいたいと思っていたハーレー艦隊が、視界の限りに続く大集団であることを確認すると、志智はティックの前へ出て左手を軽くあげた。

 そのまま左ウインカー。自販機の前へ止まって、エンジンを停止させる。

「お兄さん、どうしたんですか?」

「あれは無理だ。とても抜けないから、少し間をあけよう」

「でも……まだ結構ありますよ。どこかでいけるんじゃないですか」

「この先、道がタイトになるともっと詰まるからな。

 だらだら後ろを走らされても、面白くないだろ」

 銀のコインを二枚。茶色のコインをその二倍放り込み、カフェオレのボタンを二度押すと、志智はそのうち一缶をティックへ放り投げた。

「やるよ」

「うわっ! ど、どどど、どうしたんですか?

 姉さんからお金のやりとりには厳しいって聞いてたのに……えっと、ひょっとしてこれから僕、処刑されるんですか!? 千歳ちゃんに近づいたからですか!?」

「……まあ、そうだな。

 その罪状で処刑してもいいんだが、実は間違ってふたつ出てきたんだ」

「へえー。日本の自動販売機は正確だって聞いてたんですけど、そんなアバウトなこともあるんですね!」

「ん……まあ、そうだな」

 邪気のない驚き顔で、ティックは目を丸くする。

 志智はその言葉を聞きながら、きっと自分もこんなふうに嘘をつかれていたのだろうと思った。


 たっぷり五分程度は間をあけたはずだったが、先行する集団には都民の森前で追いついてしまった。

 もっとも、それでも比較的ハイペースで檜原街道を走れたのだから、土日のツーリングとしては上等だったかもしれない。

(バイクだけならまだいいけど、車とかバスがあふれ出すと、この道はほんと詰まっちゃうからな……)

 スパーダのセパレート・ハンドルに巻き付けてある100円ショップの腕時計を見る。午前九時まであと少し。トイレ休憩を含めれば、ジャストタイミングといったところだった。

「ふう。いい時間についたな」

「へえ~。朝はこんなふうにゲートが閉まってるんですね~」

「ああ……そういえば、ティックは見るの初めてか」

 大多磨周遊道路は24時間いつでも走れるわけではない。

 その通行可能時間には大幅な制限があり、春から夏にかけては、朝八時から夜の七時まで。

 そして、秋から冬にかけては、それぞれ一時間縮まり、午前九時から午後六時までとなる。

「あ、ゲートの前にもう並んでますよ。凄いですね」

「空いた一発目はフリーで走れるからな。

 真夏なんか凄いぜ。何十台も並んでたりするんだ」

「あはは……ちょっとしたレースみたいですね」

「まあ、ゲートが開く五分前に白バイが入っていたりもするんだけどな……」

 そう言いながら志智は周囲を見回してみたが、どうやら天敵の姿はないようだった。

(反対側の川野から入ってきてるかもしれないけどな……)

 もっとも、たとえそうであっても、ここにその姿が見えないということは、相当な距離を取り締まりの心配なく走れるわけだ。

「すぐ行くか?」

「えっと、そうですね。どうせだったら、僕も気持ちよく走りたいですし」

「じゃあ、あの並んでる連中に続いていくか……ふるさと村の信号近くになったら減速するけど、ネズミ対策だから前に出たりするなよ」

「う……わ、わかりました」

「それじゃあ━━」

 そう言いながら、志智がスパーダのセルスターターに手を伸ばしたそのとき。

(あのバイク……!)

 不意な四気筒の排気音が下界から迫ってきたかと思うと、一台の真っ黒なネイキッドが現れ、ゲートオープン待ちの小集団に並んだ。

 そのフォルムはごく一般的なネイキッドとは明らかに異なっている。

 マッシヴなフレーム……低めのハンドル……そして、何より特徴的なヘッドライトは━━

「ティック……俺は前を走ればいいんだよな?」

「え、ええ、そうですけど」

「少し飛ばすかもしれないけど、ちゃんとついて来いよ」

「ええっ!?」

 管理員が歩いていく。大多磨周遊道路を閉ざしていた巨大なゲートが開いた。

 複数のエキゾーストノート。待ってましたとばかりに急発進するモーターサイクルの群れ。

(逃がすかって!!)

 そしてあの日首都高で出会った、黒いザンザスも━━その中にいた。


~~~~~~Motorcycle Diary~~~~~~


(す、少し飛ばすかもって……これが本当にお兄さんの『少し』なの!?)

 風張駐車場を抜け下り勾配へ移行する。

 エンジンが楽になったと主張しているのが分かる。マシンは容易に加速し、排気量があがったのではないかと錯覚するほどだった。

 とはいえ、それでもティックにとってはギリギリの領域に近い。

 赤いスパーダの姿がぐんぐん遠ざかる。

 追っているのだ。さらに先を行く、やたらと厚ぼったいテールランプの黒いマシンを。

「もうちょっと手加減してほしいんだけど……なあ……」

 控えめすぎる125cc単気筒の排気音を響かせながら、グロムはコーナーへ侵入する。

 メーターの速度は70kmを越えているが、マシンの角度はせいぜいハーフバンクといった程度だった。

 意識的な荷重などほとんどしていない。それでも大型バイクからみれば、ほとんど冗談のようなコーナーリング性能をグロムは発揮している。

「うん……やっぱり足回りは最初にいじって良かったかも」

 オフロード走行の経験が豊富な金髪の美少年には、マシンが伝えてくる様々なインフォメーションが鋭敏に感じ取れていた。

 タイヤのグリップ。非常に余裕がある。

 まだ皮むきも済んでいない純正装着タイヤを指さして、さっさと捨ててしまえと暴君めいた命令調で言ってきたのは彼の姉だったが、それに逆らわなくて良かったと思う。

 サスペンションも良好だった。オフロード用レーサーの乗車経験があるティックにとって、グロムの『足』たる前後のサスペンションは明らかにストロークが足りていない。

(でも、それはオフロードの話だしね……)

 一般公道、それも峠道としては信じられないほど整備された、大多磨周遊道路を走る限りではなんの問題も生じないのだ。

「わ、っと」

 不意に背後から勢いのある重低音。真っ青なカウルもあざやかに、ビッグネイキッドが一台、彼のグロムを追い越していく。

(……のは、いいんだけど)

 そして、追い越した勢いをコーナー手前で殺しきれず、あわや激突かというスレスレの状態で、縁石をなめていく。

 左右にぐらぐらと揺れ、リアブレーキを踏みすぎたのか後輪から白煙をあげるXJR1300。

 でも、転びはしないだろう━━瞬時にそう見立てると、ティックはアクセルを全開にし、無様な姿をさらすライダーの前へ出た。

「あはは……さすがに追いかけては来ない……よね。

 ああいう時は」

 きっとふてくされた顔でふらふらと低速走行し、手近な駐車場へ滑り込むのだろう。

 そして、調子がおかしいのだとでも言うように、エンジンをのぞきこんだりタイヤを眺めてみたりするに違いない。

(何でもいいけど……無理はいけない……よねっ)

 両手と両足に重しが乗ったような感覚。

 志智のスパーダがゆっくりと遠ざかっていく。テールランプが視界から消えても、日原院ティックはひたすらにあせらず、自分のペースで走り続けた。


 事前に宣言した通り、『ネズミ』を警戒した志智が速度を緩めたポイントのすぐ先で、ティックはふたたびスパーダの細いテールを捉えていた。

「ちょうど準備してましたね。もうちょっと遅かったら、取り締まりはじめていたんですかね?」

「まあ、そうだろうな。白バイも巡回するだろうし、どっちにしても今日は好き勝手には飛ばせないな」

 川野駐車場へ滑り込み、そんな会話を交わしつつも、ティックは志智の視線が自分とは別の場所へ釘付けなことに、気づいていた。

(あの黒いバイク……お兄さんが追いかけていた相手だよね。

 それにしても変なライトだなあ……)

 少年が首を捻ると同時に、黒いモーターサイクルのライダーがこちらを向く。

「んっ……あれ、ひょっとして」

「こんにちは。また会いましたね」

「なんだなんだ、さっきからついてきたのはお前かよ、高校生君!

 ふーん……珍しいこともあるもんだな、ふーん……」

「お兄さん、知り合いなんですか?」

「バイト中に首都高で会ったんだ」

 会釈する志智に、ザンザスのライダーは軽く手を挙げて返す。

「ふーん、そっちも休みか?

 今日はちょっと冷えるけど、いい秋晴れだよな。ツーリングには絶好だ」

「そうですね。と言っても、取り締まりも厳しそうですけど」

「まあ、今年も残り少ないしな……お巡りさんのノルマ的にも佳境なんじゃないのかね」

 けらけらと笑いつつ、ザンザスのライダーはジャケットの胸元からスマホを取り出して愛車へ向けた。

「ん。出かけた先ではこうやって写真とるようにしてるんだ。お前さんは撮らないのか、高校生君?」

「高校生君はやめてくださいよ。三鳥栖……三鳥栖志智です」

「ふーん、自己紹介どーも。

 俺は茂草っていうんだ。茂草弘もぐさ ひろし、な。よろしく三鳥栖君」

 そう言いながら、茂草と名乗ったザンザスのライダーはじろりとティックに視線を向ける。

「君……女の子?」

「はぇっ!?

 ち、違いますよ。お兄さ━━えっと、三鳥栖『先輩』と同じ学校で、一年下です」

「ぶ」

「ああ後輩か、ふーん」

 一度も呼ばれた覚えのない敬称。おもわず吹き出す志智にも気づかず、茂草は興味深そうにティックを見つめる。

「ふーん……君、いいねえ……」

「な、なんですか?」

「いや、個人的な趣味だから。

 今日は実にいい日だな。あそこで一期一会のそれっきりだと思っていたら、三鳥栖君とこんなところで再会できたし、ふわふわ金髪の美少年それもオッドアイ!━━とも会えたし」

「あ、あのう、お兄さん……この人なんなんですか……目が怖いんですけど……」

「俺だって一度会ったきりだけど……何か変なところあるか?」

「ううう、わからないならいいです」

 身を縮こまらせて志智の背中に隠れるティック。それを見て、茂草はさらに瞳を輝かせた。

「その怯える表情と仕草もまたおいしい……」

「……よく分かりませんけど。

 それにしても、速いですね。ついて行くのに苦労しました。ザンザスってヘッドライトは変だけど、いいバイクなんですね」

「だから変は余計だ。ま、あんなのは様子見の流し流しだけどな。

 本気で走ったら……それはすごいもんだぜ?」

「へえ」

 素直に驚いている声を装いながらも、志智は笑い出したくなってしまった。

(同じだよな……)

 ZRXの『おやっさん』と同じだ。この茂草という男は、やはりカワサキ乗りなのだ。

 エンジンを切る時は一吹かしせずにはいられないし、自分の技量については自信を持たずにいられない。

(乗ってるバイクのメーカーで人の性格が決まるわけはないけど……血液型よりは正確かもな……)

 偏見であることが分かっていても、どこか好ましい感情と共に志智はそう思う。

「それじゃあ……俺のスパーダなんかぶっちぎりですよね」

「ふーん? そりゃあもちろんだろ。カワサキがホンダに負けるかよ……当たり前のことじゃないか」

「そこまで言うなら、ひとつ一緒に走ってもらえませんか?

 俺はここを走り慣れてますから、自信がなかったらいいんですけど」

「やるって、もちろんやるって!

 ホンダのバイクに背中を見せるやつなんて、カワサキ乗りにはいねーよ!」

 言葉だけを聞けば好戦的に。しかし、表情を見るならば明らかに楽しそうに。

 茂草はそう言った。ますますもって、それはカワサキ乗りの反応であった。

「ありがとうございます。でも、今日はちょっと難しいですよね。

 来週の土曜日とか、どうですか?」

「ああ、いいぜ。三鳥栖君もちょうど休みってわけだな……お互い、バイク便なんてやってると、平日は忙しいもんな?」

「ですね」

「ただし、こっちも三鳥栖君の都合にあわせて勝負を受けてやるわけだから、条件があるぜ……」

「条件ですか?……なんですか?」

 眉をひそめつつも、一つや二つなら受け入れるつもりで、志智は茂草の言葉を待った。

(登り勝負かな? それだとかなり不利だけど……別に勝ちたいからやるわけじゃないもんな……)

 志智にとって勝敗は二の次だ。

 ザンザスというバイクに興味がわいた。その好奇心を満たすのに一番手っ取り早いのが、この大多磨周遊道路で一緒に走ることなのだ。

(この人━━茂草さんが。

 YZF-R1の谷川さんとか、VTRの難西さんみたいに上手かったら、あっという間に置いていかれるだろうし……その時はその時だ)

 相手が上手ければ自分が負けるだけ。でも、その走りを見ることができる。それでいい。

(それで十分なんだ……十分すぎるんだ……)

 三鳥栖志智が望むのは、そんなシンプルなことなのだ。。

「もし、俺が三鳥栖君に勝ったら……」

「はい」

「君の後ろにいる金髪の彼を━━俺にくれ!!」

「………………は?」

「ひぃっ!?」

 はたして茂草が何を言っているのか。

 数秒かけて理解しようとするも、ギブアップした志智が後ろを振り向くと、真っ青な顔でティックがガタガタ震えていた。

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