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惑う季節の変わり目に

作者: なみな

あるサイトで一度投稿した作品ですが、文字制限があったので全部載せ切れませんでした。

という訳で今回、こちらに載せてみました。

どうぞ濃密な緑を思い浮かべながら読んで下さると嬉しいです。

 


 太陽が燦々と照らす気持ちの良い晴天の下、少年はとある屋敷の前で立ち止まった。

 扉に垂れ下がって取り付けられている半円の輪っかを掴んで、カンカンと音を鳴らす。金具ノックはカウベルよりも煩くないので何となく落ち着いた。

 それから一寸の間もなく中で足音がし、威勢良く出迎えられる。

「これはこれは。貴方様でしたか、ご機嫌麗しゅう」

 ドアを開けるなり、黒い執事服に身を包んだ男が少年に深々と頭を下げる。彼は手を振った。

「挨拶はいい。お前の主、今居る?」

「ええ。旦那様は執務室に籠っていると思われます」

「そう。とりあえず、中入って良いか?」

「勿論ですとも。すぐお茶をご用意させて頂きます」

 少年は一応お構いなくと言い置いたが、あまりに佇まいがしっかりし過ぎている執事には、遠慮しても無駄だなと密かに思った。

 小走りする執事の背中を見送り、少年は中に入って大理石の床に足を乗せた。

 この屋敷には何度も足を運んでいる為、案内をされずとも執務室の場所くらいは把握している。彼は、入り口からすぐの所にある螺旋階段を上って二階に上がった。

 赤い絨毯の心地よさを足裏で感じながら廊下を歩いていくと、右手にある三番目のドアの手前で立ち止まる。

 相変わらずこの屋敷の主は、居ても気配を消している。

「おい、金髪。居るか?」 

 執務室のドアをノックしながら、失礼な呼び名を敢えて使う。

 不気味なくらい静まり返る屋敷内には、呼び掛けに対する応答すら響かず、ただシンとなるだけだった。

 返事のない事に少年は軽くイラついて、もう一度声を掛ける。

「早くしろよ、シ――」

 そして二回目のノックをしようとしたが、はた、と、ある事に思い至って彼は手を止めた。

「…………」

 腕を下ろしてドアの前に立ち尽くす。暫く少年は思考を巡らせて考え込んだ。――否、よく考えたら巡らせる必要などまるでない。

 案の定、鍵の掛かっていないノブを回してドアを開けると、ヒュウ、と風の音が初めに聞こえた。

 気配は消されていたのではない。この屋敷に来た時には既になかったのだ。

 執務室の現状を目の当たりにして、少年は愕然となるどころか、逆に呆れるしかなかった。

 肘掛け付きの革椅子には、誰も座っていない。

「やっぱりな。あの野郎……」

 机上に広げられた書類は放っておかれる寂しさを嘆くように、風に吹かれてはためいていた。



      ***


(あら……?)

 新緑の中で微かに聞こえる美しき旋律。

 彼女が耳に手を添えた途端、上空で鳥達が泳ぐ様に飛んで行くのが解った。彼女自身も、もっと近くで聴いてみたいという衝動に駆られて、鳥達が向かった先を追う。

 折り重なった落ち葉達を踏みしめながら歩いて行くと、温かい木漏れ日が彼女を歓迎するかの様にキラキラと瞬いた。

 今も尚鳴り響いている、森の中での音楽。

 心が一瞬で奪われるその音の正体は――草笛だった。

 

 木々や草叢が避けられた広い空間には、丁度中央に大きな岩がある。それは下の方だけが地中に嵌まっていて、掘り出そうという者は居ない。何百年もそのままな為、この森にやって来る者にとっては座るなど寝るなどして、良い休憩場所になっているのだ。

 その岩の上に、金髪の青年が座っている。彼は一枚の葉を唇にあてていた。

(あれ?)

 どうやら、彼女の知り合いの様だ。

「シリウス殿」

 彼女が名を呼ぶと、草笛の音が止んでシンとなる。彼の傍で一緒に足を休めていた二匹の黄色い小鳥が、彼より先に彼女の方に目を向けた。

「俺の名前の下に『殿』を付けるのは、お前ぐらいだな。スノウ?」


 シリウスが振り返り、岩から身軽に飛び降りる。その動作に驚いた鳥達は、彼から離れて飛び立っていった。

「せめて肩に乗せてあげたら宜しいのに」

「勝手に来た鳥に構ってられる程、俺も暇じゃないんでね」

「暇だからここに居るのでは?」

「逆。くそ忙しい中、休憩を取りたくて来たんだよ」

「……屋敷を抜け出して国境まで越えないと、貴方にはゆっくり出来る場所がないのですか?」

「他人の縄張りをぶらついた方が楽しいのさ。さてと」

 スノウの言い分を華麗に受け流すシリウスは、さっと彼女に背を向けた。

「もう行かれるのですか?」

「縄張りの主が来てしまっては、そう長居も許されない」

「ここの森を管理しているのは私ではありません」

「最終的には、お前のモノだろう?」

 不敵な笑みのまま彼がスノウの方に向き直ると、スノウは溜息をつく。

「森は私の所有物ではなく、友達です」

「そういう科白を、お前の兄ちゃんにも聞かせてやったらどうだ?」

「話す事さえ叶いませんので」

 物悲しげにスノウが目線を下に向けた。

 風が吹いて葉擦れが起こる。森全体を騒がせる程の疾風は、彼女の赤い長髪と、彼の金髪までもを靡かせた。

 この場は穏やかな場所の筈なのに、決戦のフィールドの様な空気が彼らを纏い始める。

「その言い草。もう和解は諦めたのか?」

「――……それはありません。貴方の国との同盟を帳消しする事はあっても、兄様との和解を諦める事は有り得ないです」

「おおっ。コワい事言うなあ」

 シリウスが大仰に驚くフリをしても、スノウはピクリとも笑わない。

 彼女の綺麗な碧い瞳が逆に恐ろしい。

「せめて、自分の意思より民の安全を優先した方が良いぜ。陛下?」

「言われるまでもない事です」

「本当に?」

 問い返す彼の口調が挑発的になる。念を圧されたスノウは、少しだけ眉を顰めた。

 解っている

 解っているが

 どうしても。

 スノウが突然口を噤んで黙ると、シリウスがその空気を、手を左右に振って簡単に一掃した。

「まあ、辛気臭い話は止めておこう。今回は会議じゃなくて邂逅だしな」

「…………」

「それとも偶然じゃないか」

「いえ。私がここに来るのは稀です」

「じゃ、どうしてここまで真っ直ぐ歩いて来たんだ?」

 にこっと笑うシリウスはカマをかけているように見える。何故かスノウは理由を言うのが恥ずかしくなった。

「俺が草笛上手くて惚れた?」

「おっ……音には惹かれましたが、貴方自身に対しては未だ微妙です」

「お前の言葉は薔薇の棘より鋭いな」

 苦笑するシリウスを横目で盗み見たスノウは、彼に見えない様に小さく笑う。

「私にもそれ、吹けるでしょうか」

「やりたいの?」

「貴方が良ければ教えて下さい」

 意外なスノウの申し出に、シリウスがちょっと驚いた顔をしてから、いつもの様に愛想の良い笑顔を振る舞った。

「いいよ。はい」

 と言ってから、シリウスはずっと指と指の間に挟んでいた葉っぱをそのままスノウの口元に持って行き、ピタリとくっ付けた。

「……!? ん、んっ!!」 

 スノウが唇を塞がれてその場でもがく仕種をする。腕をぶんぶんと上下に振ってから、手の役目を思い出したのか、彼が押し付ける葉っぱをやや遅れて引き剥がす。

「な……なっ、だ、誰が貴方が口を付けたもので吹くと言いましたか!!?」

「一国の王がこれぐらいでうろたえるなよ」

「ただの破廉恥です!」

「〝ただ〟の間接キスだろ。じゃあね」

 そして一方的に告げられる別れ。

 くっくっと笑いながらシリウスは去って行く。本当にやりたかったのは吹き方の伝授ではなく『いじり』だったらしい。背を向けたまま手をひらひらと振る彼の後姿を、スノウはじっと睨み付ける。

(絶対、からかわれた)

 一国の王である前に、スノウは赤面症で初心な少女だった。





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