砂漠の雪兎
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どこから来たのか分からない。気づいたときにはすでにここにいたのだ。私は大きくため息を吐き、近くにあった岩の上に座った。乾いた風が砂を舞い上がらせる。
「珍しいのがいるね。雪兎か。こんな所で何してんだい?」
突然、砂の中から声が聞こえた。私は反射的に耳を動かし、その声の主を探す。
「もしかして、土竜さんですか?」
「ん――」
戸惑いがちに尋ねると、彼は小さく唸って顔を出した。土竜さんは顔についた土を払うと、私をまっすぐに見つめる。
「はじめまして、土竜さん。私は、何をしたらいいですかね?」
何をしているのか、という質問に答えると、彼は一瞬呆然としてから大笑いし始めた。私は呆気にとられて彼を見る。彼は飄々としていてよく分からなかった。
「いや、君の回答が面白くて、つい」
すまないね、と言って彼は再び微笑んだ。柔和ではあるが真意の読めない口調だ。
「なら、土竜さんは自分がなにで、なにをしていて、なにがしたいのか分かるんですか?」
私の回答が面白いという彼に、私は素直な疑問を投げかける。すると彼は目を丸くして、急に真剣な顔になって言った。
「僕は僕、今、生きていて、これからも生きたい。ただそれだけさ。呼吸も、食事だってそうだ。生きるためにそれをするだろう? 僕はここでしか生きられないから、ここにいる。ある定められた範囲内を出ることなく生きたほうがずっと楽だからね。けれど、君は違う。君が生きるためには、こんな所にいるべきじゃない。なのに君は、いまここにいる。それは何故だい? もしかして、それすら分からない?」
あまりにも極端な彼の出張に、私は耳を疑った。しかし、彼のその真剣な眼差しに、本気だと悟る。
「……私は、気づいたらここにいました。多分、私自身が望んでここに来ました」
自分でも分からない内に、、口が動いた。土竜さんは黙って聞いている。
「生きるとか、生きないとか、そういうのは考えていなかった気がします。私を動かしていたのは、多分、好奇心とか、そういうのです」
私は、小さく、微笑んだ。
「私は、善く生きたい」
土竜さんは、大きく、うなずいた。
「善く生きる……か。なるほど、良い響きだ。ずっと忘れていた感覚だよ。ありがとう、君のおかげで胸のつかえが取れたよ。お礼に、どこまでだって連れて行ってあげよう。どこがいい? おっと、都会はダメだ。コンクリートしかない」
「なら、海が見たいです」
この時すでに、土竜さんは分かっていたんだと思う。私がなにをしたくてここにいたのか。善く生きるとはどういうことなのか。
だから、彼は言ったのだ。
「了解。特急で行くよ」
それから、長い旅が始まった。どれほどの時間が経ったとも分からない。一秒であり、一分であり、一年だった。
「着いたよ、善き友」
すぐ近くで彼の声が聞こえた。辛そうな響きの中に、喜びが感じ取れた。
私は必死にその青を見ようとする。波の音、風の声。全てがそれを伝えてくれた。
「これで、良かったんだね?」
「はい。ありがとう、土竜さん」
春の砂浜に雪解けがにじむ。声も、風もとらえた譲葉も、全て見ていた南天も、波打ち際に飲まれて消えていった。
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