光を喰らう
もしもシリーズ第二段。【もしもアーロン×理久だったら】欝ルートバージョンです。
コメディの欠片もありません。
豪奢なソファに縛られたアーロンに対するは、粗末な木の椅子に座る敵軍の指揮官。軍服、髪、そして顔の上半分を覆う仮面。それらは全て黒一色。かの軍を指揮する青年はその顔を見せない。噂によれば二十歳そこそこで何故か夜にしか姿を現さないのだという。
「青年では、なかったわけですか」
「へえ、声を出さなくても判ったか」
仮面の人物は椅子から立ち上がり、アーロンの目の前へ歩み寄る。悠然とした仕草で外された仮面の奥から探し続けていた漆黒が見えた。
「久しぶりだな、学者馬鹿」
「リック殿……」
「招待の方法が手荒だったのは謝る。拉致って形じゃなきゃ仲間たちが納得しなかったんだ」
わずかに苦笑をにじませたその姿を懐かしいと感じた。
三年前。アーロンの実家にある領地で大規模な火災があった。周辺に人がほとんど住んでいない森が全焼しただけだった。全焼した森からは、この森に住んでいた隠者と思われる遺体が見つかった。
二年前。リュース王国の北にある小国でマレビトの末裔たちが反乱を起こした。すぐに鎮圧されると思われたが、やがてマレビトたちは国を制圧。国名をスコルと変える。新制権はリュース王国国境の警備を増強した。
一年前。事態を重く見たリュース王家は、祈りの神子を中心とした使節団を派遣、対話による和解を求めるも交渉は決裂。祈りの神子は人質となる。気がつけばリュース王国はのど元に刃が押し当てられている状態になっていた。そしてスコル軍が宣戦布告らしき文書を突きつけたのは三ヶ月前のこと。
そして今日、宮廷魔術師アーロンは城から帰る途中で何者かに拉致されたのだった。
彼女の相棒と祈りの神子は無事らしい。今は拠点で負傷者を看護していると言った。
「人質って立場取ってるけど同胞だよ。当然だろ、彼女も被害者だ。そうだ、御者と従者も怪我させてしまったからな。二人に任せてある」
自分たちの敵は、あくまでも召喚魔法を命じた者たち。そう付け加えて理久は笑う。
「故郷を、家族を、立場を――――私に至っては本来の姿さえ奪われたんだ。それなりのスジを通せって言ってもバチはあたらないだろ? ……ああ、勘違いすんな。お前にゃ求めてない。たかが魔術師ひとりにできることなんて知れてるからな」
アーロンに責任は求めない。かつての彼女と同じセリフだが、意味が違うことは判った。
「召喚魔法のノウハウとさまざまな条件を持っているのは、リュース王国だけだ。世界に散らばるマレビトたちにとっちゃ、諸悪の根源だな」
確かにその通りだ。マレビト召喚という切り札があるから、リュース王国は侵略されることなく強い力を保ち続けている。リュース王国に害をなせばマレビト召喚の技術が失われるかもしれない。それは人が武器を一つ失うことを意味している。ただ、この世界の人々はマレビトの事情など考えたことは無かった。ただ過ぎた力に恐れるのみ。
【マレビトに害なすものは破滅する】……この言い伝えはある意味正しい。だから人々は積極的にマレビトを攻撃しない。ただ遠ざけ、忌避し、孤立させるだけだ。だが、それは直接的な攻撃よりも深く、マレビトたちに傷を残す。そうして孤立したマレビトや子孫たちが作った集落。それがスコル軍の前身だった。
「だからその辺のことを始末つけろって要求しただけだよ、私たちは。そしたら、こんな返事が来た。『不当な暴力に屈しはしない。リュース王国は貴君らの邪悪な野望を全力で阻止する』……アホだアホだと思っちゃいたが、ほんっとーにアホだなあ、あのオヤジ。自分の不始末、全部棚に上げてやがる」
理久は楽しげに笑う。その声はどこか狂気じみていたが、瞳はいまだ正気そのものだ。彼女は狂っていない。アーロンが知る計算ずくの理久そのままだ。
「ほんっと、光の神さまは極悪だよ。こっちじゃどうだか知らんが、私がもといた世界じゃ拉致は犯罪だ。カミサマが犯罪を奨励するんだから終わってる。――――だから私も正義に乗っ取った行動を取るのは止めた。そんだけの話さ」
肩をすくめながら語る姿がどこか痛々しい。ふと奇妙な予感に駆られる。まさか、理久は……
「リック殿、あなたは……」
「そんで、手始めに厄介そうなのから懐柔に取り掛かったってわけ。由梨はお前と戦いたくないって言うし、お前の魔術は戦力になりそうだからな」
「リック殿!」
「……何だよ、アーロン。話はまだ終わっちゃいない」
不機嫌そうなそぶりで……そう、そぶりで……理久はため息をついた。気づかれたくないことがあるのか、視線を合わせようとはしない。アーロンは確信した。
「あなたは……死ぬつもりですね?」
復讐など馬鹿馬鹿しい。労力の無駄だ。そう断言していた二人がこのような行動に出た。もちろん、きっかけは森の火事だろう。後でわかったことだが森を焼き払ったのは王だ。疑心暗鬼に駆られた王がわかりやすい脅威であるマレビトを消そうとしたものだった。二人が宗旨替えしてもおかしくはない。
問題は、二人の立場の違いだ。理久は体質のこともあって表に出ることは無かった。対外的なことはいつも由梨の役目だった。それなのに、理久が指揮官で由梨は兵士だ。その違いが見逃せなかった。
「根回しはいろいろしてある。反乱が鎮圧されてもそれはそれでいいんだよ。要はマレビトの実情を知らしめて、召喚なんてもってのほかって結論になってくれれば大成功だ。……正直、スコルを制圧しちまったのは計算外だったし」
「ですが、反乱を先導したものは死罪です」
「だから私が指揮官やってんだろうが。世論はそのへん得意な奴がいじってる。由梨も神子姫も仲間たちも……世間がマレビトに同情的になるようにね。けじめで指揮官は殺されるだろうさ。でも断頭台に立つのは猫だ。威信がた落ちだね」
「リック……殿……」
「ああ、その通りだよアーロン。死ぬつもりだ。それとも、私を生かしたいのか?」
「当たり前です……」
残酷だ。確かに召喚魔法を命じたのは国の上層部だ。歴史はマレビト迫害を是とする風潮を作った。だが、理久から本来の姿を奪ったのはアーロンだ。せめて、どんな手段でもいいから――――幸福であって欲しいと願っていたのだ。
アーロンの表情から何かを汲み取ったのか、アーロンを縛り付ける縄が切り落とされた。細切れになった縄を燃やして灰にすると、理久は不敵な笑みでアーロンを見据えた。
「……なら、私に忠誠を誓えよアーロン。この騒乱を長引かせ、マレビトの悲しみと恐ろしさをこの世界に刻み込んでみせろ」
皆既日食を思わせる瞳がアーロンを射抜く。縛る縄から解き放たれたのに、それよりも強固な何かに捕らわれたような錯覚。
「落とし前、つけさせてやるよ」
アーロンの口からため息が漏れる。ようやく気がついた。二人を……理久を探していたのは責任感からでも心配からでもない。ただ、目の前から消えることが怖ろしかっただけだ。初めて彼女の本来の姿を見たときに何よりも目を引いたのは、少年めいた体躯でも、その割には白く滑らかな肌でもない。強い光を宿したその眼差しだったのだ。その眼差しが失われる? 冗談ではない!
「だが、お前は生き延びろ。神子姫と由梨と……当然仲間も逃げ延びさせろ」
「……承知しました、わが主。これよりわたくしの命はあなたのものです」
魔力を補強する為の指輪がはめられた手を取って口付ける。空になりかけていた魔力を充填して忠誠の意志を現した。
「大陸屈指の魔術師が使い魔に従属する、ねえ。なかなか皮肉が効いてる」
愉快そうに笑うこの少女を生き延びさせたいと願う。たしか、まだ二十歳にもなっていないのだ。信念に殉じて死ぬには若すぎる。
「そういやスコルって名前は私が考えたんだけどさ。ある地方の神話で、世界の終末に太陽を食らう獣の名前なんだよ。そんなもの食って焼け死なないのかねえ?」
軍議や救護室代わりの広間で見せる冷静な姿とはかけ離れた発言だ。指揮官の皮を被った悲しき獣は、やがて来る結末を派手に飾ることだけを考えている。仲間を逃げ延びさせる準備だけは整えながら。
「由梨と姫にはばらすなよ。止められたら事態がややこしくなる」
だが、死なせる気はない。こんな悲しい存在を産むなら、そんな世界は根底から変えられるべきだ。
「裏切るなよ、アーロン」
「最期までお供しますよ、わが主」
万感の想いをこめて、主の手に忠誠の口付けを贈った。
『復讐スルハ』とは似て非なる設定です。
鈴村弥生氏がすてきな続編を考えてくれました。
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