おしどり夫婦と使い魔な猫
もしもネタ。アーロンと由梨がくっついたら? という方向です
夫の名はアーロン。妻の名はユーリ。ごく普通とは言いがたい二人は、ごく普通とは言いがたい出会い方をし、ごく普通かもしれない恋愛をして、ごく普通……と言うのは何かおかしいが結婚した。そんな突っ込みどころ満載の夫婦だが、何より普通じゃないのは。
妻は異世界人だった。
朝、同居人が帰ってくると夫婦の一日は始まる。同居人はワケありで日中は動けず、また、妻と長時間離れているのは不信がられる立場にあった。『そんな事情でもなければとっとと逃げてる』とは同居人のボヤキだ。
「起きやがれ万年新婚ボケ夫婦! 夜ぉ明けんぞ!」
主寝室のドアがヤクザキックで蹴られる音で目を覚ます。どう考えても爽やかとはいいがたい目覚めのはずだが夫婦には関係ない。目が覚めたときに視界に入るのがお互いであればそれでいいらしい。
「む……おはようございます、ユーリ」
「おはようございます、アーロンさん。すぐご飯の準備、はじめますね」
「いや、もうすこしこのままで……」
朝のいちゃつきをはじめようとすると、それを察したように再びドアが蹴られる。
「おら、起きろ! アーロン、領主に呼ばれてんだろうが! 由梨も依頼の期限近いんだからいちゃついてる暇があったら動け!」
もちろんドアの向こうにいる同居人は夫婦がどのような会話をしているのかは聞こえていない。だが妻のほうとは生まれた頃からのつきあいだ。行動パターンなど熟知していた。
ようやく夫婦が起きてきたところで、同居人の体に異変が起こる。服だけを残して姿を消し――――服の中から鋭い目つきの猫が現れた。これが同居人の『事情』。日が出ている間は猫に変身してしまう特異体質。変身してしまった同居人を妻が抱き上げた。
「おはよう、理久」
「おー、おはよ。とっととメシにしてやれ。私は寝る」
不機嫌そうに言って、猫はするりと妻の腕の中から逃げ出した。
昼。万年新婚家庭の離れにある工房はため息で満ちる。
「アーロンさんが帰ってくるまでまだ五時間もあるよう~~~」
「ああはいはい。調合ミスんなよ。爆発起こすぞ。あと、ワインを三滴、蒸留水百で薄めてフラスコの中に入れる、だとさ」
異世界人の妻は公用語の読み書きがせいぜいだ。錬金術書に多く使われる古代語や神代語はおぼつかない。そのため、レシピの通訳は同居人の仕事だった。猫の姿でページを繰る姿はなかなかにシュールである。
「理久のなぐさめ、心こもってなーい。」
「なぐさめてすらいないからな。大体何が悲しくて四十路男と幼馴染のラブシーンを見せつけられにゃならん。しかも毎朝毎晩!」
「ら、ラブシーンだなんて……うわぁあ~」
何を妄想したのか、妻がフラスコを激しく振り始める。途端にフラスコから怪しい煙が出てきたので、猫はさっさと窓から逃げ出した。
数秒後、工房から爆発音が響き、周囲の地面を軽く揺らした。
夫が帰ってくると、万年新婚家庭の夜が始まる。日が落ちると同居人の姿は人間の姿に戻る。その時点でさっさと採取なり調べ物なり言い訳をつけて逃げ出したい同居人だが、妻がそれを許さない。『みんなで夕食』は妻的ルールだった。妻が料理上手なのは知っている。問題は、夕食のときに繰り広げられる会話だ。
「兄からまた言われてしまいましたよ。早く子供の姿を見たいそうす」
「う~ん、あたしもアーロンさんとの子供ほしいけど、まだ新婚気分味わいたいですっ」
「そうですね、ゆっくりいきましょうか」
「……。」
会話に横槍を入れたところで惚気に巻き込まれるのは判りきっている。だから、すでに結婚五年目だろうという突っ込みはスープと共にのどの奥へ流し込んだ。
シュタインベック伯の弟夫婦は、領地でも有名なおしどり夫婦だ。二十歳の差がありながらほのぼのとしたその空気は領民の心を和ませる。
しかし、その陰で妻の使い魔……もとい同居人が常に胸焼けに悩まされていることを知る者は本人以外にいなかった。
もうバカップルネタは書くまいと後悔してます




