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坂本  作者: 大暮空
2/3

始まり


 001




 11月5日。


 そろそろこたつが恋しくなる冬到来の曖昧な時期。

 今日にもこたつを出さなければ危ないそんな夜、事前の連絡もなく月がやってきた。

 「こんばんは。今日はやけに冷えるわね、小嶺君」

 突然の訪問者であるクラスメイトが、別に聞きたくもない言葉を並べて玄関の前に立っていた。

 「んなもん分かってるっつーの」

 「あら、えらく酷い事を言うのね。あなたは私に恨みでもあるのかしら」

 と肩を震わせ、私は今とても寒いの、だから早く家の中に入れてとでも言いたげに手を摩てくる。

 こいつは俺に何を求めているのだろうか。

 当然そんな事分かるはずでもなく、すんなりと彼女を家の中に入れてやる俺はあまい男に違いない。

 はぁと自然に溜息をついていた。

 月は、靴を脱ぐなりズカズカと廊下の突き当たりにある階段を上ると、上ったすぐに設けられたドアを開け中に入って行った。

 俺の部屋である。

 部屋の中心に置かれた丸いガラステーブルの横に腰を下ろすと、「何をしているの?アナタも座りなさい」と、ドアの前で立ち尽くしていた俺に命令形の言葉を吐いてくる。

 「ここはお前の家か」と呟きながらも、ドアを閉め命令に忠実に従う。

 今の画を説明すると、俺と月は面と面、顔と顔を向かい合わせながらガラステーブルを挟んで座っている。

 「で、今日は何しに来たんだ?」

 「喋り出すなり下ネタを言うあなたに、私は憐みの眼差しを送るわ」

 「その発想に至った事に、俺は嫌悪の眼差しを送るよ」

 「何を言っているの。あなたは馬鹿なの?」

 取りあえずシカトをしてみた。このままいけば無駄に長く続きそうだと悟ったからだ。主に会話が。

 しかし、俺の配慮も空しく目の前の少女は喋る事を止めてはくれなかった。

 しょうが無く付き合ってやろうと、諦めながらも月の無意味な言葉遊びに相槌を送る。

 坂本月十七歳。

 俺が通う私立呈陽学園のクラスメイトである女子生徒。

 俺は彼女から命を救われた。学校の屋上で頭から血を流していた俺を最低限の応急処置を施してくれた、猫を被ったツンドラな絶対女子高生。今だから言える事だが、俺は彼女から命を救われた事に少なからずの後悔を抱いていた。

 理由は言わずと知れた、絶対的な強者の彼女に原因がある。

 彼女、坂本月は、学校では物静かで地味な印象が強い優等生の位置付をされている。しかし、実際にこうして会話を展開させてみれば、その誤った認識が嫌に露わにされていくのが驚愕だ。

 人を物と置き換えた発言や、唐突的に物を投げつけてくるなど。色々と性格面を見直してもらい点が幾つも上げられる。

 それが彼女の真の本性。

 善良で固められた表とは対照的な裏の顔。

 偽善という言葉がよく似合う俺の数少ない友人の一人だ。


 十五分程経過した頃、会話に終止符が唐突に打ち込まれた。

 「――殺人に興味はない?」

 何時もの理解しがたい言葉とは全然違うそれは、何の脈略もない言葉だった。

 「……別に」と合わせてはみたものの特に会話が終わる訳でもなく、月はピンク色の唇を動かす。今日はグロスを塗ってきたのだろうか。

 「私は興味があるの。殺人者がどうやって人間を殺すのか。どんな気持ちで人間を殺そうと考えたのか。不思議に思わない?メディアでは犯人のその時の心情を文字として記載しているけど、殺人者本人の心情は全くとして違うものかもしれないし、あまり差異がないのかもしれない。だってそれは殺人を犯したその人本人にしか分からない事なもの」

 そこで一時言葉を止める。

 一気に話した事で酸欠でも起こしたのか、息を荒げる。少し色っぽい吐息が耳に入るのを感じた。

 「まぁ、確かに。言われてみればそうなのかな?」

 「そう。全くその通りよ。だからね、小嶺君。私は殺人に興味があるの」

 ほほ笑みながら言う月。

 それを見てどんな表情を浮かべれば良いのか一人悩む俺。

 妙に気まずい雰囲気がこの部屋を占めていた。

 「そういう事だから小嶺君。あなたもこの題材に興味を持ちなさい。と言うよりも趣味として扱いなさい。私はこの題材をあなたにリスペクトするわ」

 「魅力的じゃない」と、俺の向け人差し指を突き指してくる。人様に指を指してはいけないと、こいつは幼少時に親から教わらなかったのか。

 「……でもよ」

 ここで俺は、月が言った言葉の綻びについて問い詰める事にした。

 「もし仮に俺がその意見に同意して、殺人に対して趣味の中の一つに取り入れたとしよう。けれど、その後はどうするんだ?」

 もっともな意見を言ってみせた俺は、テーブルに置いていた缶ジュースを手に取る。

 「そんな事、決まっているじゃない」

 残り少なかった中身を飲み干し、テーブルの上に置いて俺はもう一度口を開いた。

 「殺人でも起こすつもりなのか?それなら俺はご免だぜ。この年で務所には厄介にはなりたくない」

 「何を早とちりしているの?あなたは本当に馬鹿なのね。いい、私が考えたプランをこの瞬間この時間この空間で、今から小嶺文哉という男に説明するわ」

 言うと、その場に立ちあがり垂れ下がった髪を一結びに仕上げる。

 やっぱりこいつは、俺がポニーテール萌えだと分かっていての行動なのだろうか。

 「殺人はしないし殺人に近いものもしない。務所に厄介になるのは私も嫌なもの。――だったら、手段は一つ。選択は一つしかないのよ」

 テーブルに片膝を乗せ俺の顔数センチの所まで顔を近づける。ほんのりとシャンプーの匂いが自然と鼻をくすぶる。

 殺人に近いものが何なのかふと疑問に思ったが、あえて月に質問をする感情を無理に押し殺し、俺は彼女の次の言葉を待つ事にした。

 「――殺人をしなければいいのよ」

 「………………………………え?」

 間抜けな声が無意識に外に出てしまった。

 というよりも、はて、さっきのは俺の聞き間違いなのだろうか。

 「殺人をしなければいいのよ」

 大事なことなので二回言ってみたらしい。

 そして、さっきのはどうやら聞き間違いじゃなかったようだ。

 不思議だ。

 自信満々に言ったに違いないのに、どうしても違和感しかみつからない。

 「何コイツ、頭可笑しいいんじゃないって思っている顔をしているわね。だからあなたはゴミなのよ。いい?最後まで聞きなさい」

 呆れた表情を露骨に浮かべ、真っ黒な瞳を細めて口を開く。

 馬鹿からゴミに降格していた事には触れないでおこうかと思う。また話がややこしくなるに違いないからだ。

 「殺人はしない。ならどうするか、という壁に道を遮られるのが関の山なのだけれど、考えてもみなさい。殺人が出来ないのなら他の誰かにそれを行ってもらえば話がすむのよ。ね、簡単な事でしょ」

 窓を閉めているので風がふいている訳がないのにも関わらず、彼女のスカートは揺らいだ。そもそも、そんなに寒いのなら何故スカートを穿いてきたのかが理解できない。これが女性だからなのかは分からないし、俺が男だからかも分からない。男と女の服に対する感性の違いが嫌に分かる光景だった。

 しかし、

 俺はすぐ目の前にある彼女の顔を直視できず、無意識に俯きながら自分の両手に目を向ける。右手の親指の第二関節がうっすらと切れている事に気がついた。

 「話を聞いているの小嶺君」

 何時まで経っても返事が返ってこなかったので、月は半分苛立ちを含めて聞いてくる。

 「聞いてたよ。つまりお前は、自分が犯罪者になりたくないからそれを他人に押し付ける、って事だろ?」

 「平たく言えばそういう事になるわね」

 「別に平たくは言ってないだろ。……まぁいいか。んで、そんな都合のいい人間がこの町に居るのか?そしてそんな奴をお前は知っているのか?」

 当てがあるのかと後に続ける。

 多分ないだろうと俺は思っていたのだけれど、それはあくまで俺自身の浅はかな考えであって、実際問題、それはそうでしかなかった。

 「当てならあるわよ」

 思いがけない言葉が返事として返される。

 「呈陽学園高等部三年、尚江皓なおえひかる十八歳女子。この人よ」

 俺は俯かせていた顔をゆっくりと上げて、月の顔を凝視した。


 尚江皓――俺は彼女を知っていた。

 それも当然の事だろう。

 何しろ彼女は学校一のマドンナの位置づけを受けているからだ。

 成績優秀、容姿端麗、運動神経抜群、性格は申し分ない。

 そんな彼女に好意を抱かせる生徒は俺の知る限りでは数知れず。正直信じられないが、彼女は誰がどう見ようと完璧な人間だった。

 しかし、俺からみれば、彼女は生きているだけで死にそうな、そんな見ているこっちが肝が冷えてしまう程にちっぽけで小さな存在だと俺は初見でそう思った。

 完璧な人間。

 出来過ぎた人間。

 周りの人は彼女の事をそう言い称えるのだけれど、果たしてそれは本当に彼女に向けてよいのだろうか。

 確かに、彼女はその言葉が似合う。完璧という定義が十分に最適な人材なのだと俺も思う、思うのだけれど、そうなのだけれど。俺には何かを我慢している。何かを抑制しているとしか見えなかった。

 しかし、と俺はそこで思考を区切る。

 「何で彼女がそれに関わっているんだ」

 心の声が音声として口から出ていた。

 それだけ、俺は驚いていたのだろう。

 「何でと言われても、尚江女子がそうであるからの何者でもないからよ」

 月は近づけた顔を離し、テーブルから下りた。そしてそのまま衣服の乱れを直すと、ドアの方へ足を歩かせる。

 ドアノブに手をかけ、ガチャリと開けると一言「今日はもう帰るわ」と、別れの言葉を言ってドアを閉めて行った。謎を残した状態で。




              ……




 十秒ほど経ってから玄関が開く音が微かに耳に入り、本当に帰ったのだと安堵に酔いしれる。

 その場に立ちあがり部屋の端にある本棚に行くと、綺麗な階段状に並べられた本の中から一冊を手に取る。以前から読んでいるサイコホラー小説だ。妹である舞から薦められて読んでみたのだが、元々自分はホラー小説を苦手の類に入れている。しかし、思っていたものよりも興味をそそる点が幾つもあり、俺はすすんでこの小説を読む行動が、今の日常になりつつあった。

 小説を取り出してベッドに足を歩かせると、ふと足元に白い紙きれが落ちている事に気がついた。

 そこは、ついさっきまで月が座っていた処だったので、これは月の落し物なのだと推測する。

 拾い上げ、どうやらこれはメモ帳を破ったものらしい。そして、それには一言、大きな赤い文字で何かが書かれていた。

 「呈陽学園部ブログ……?」

 書かれている文字を声に出してみる。他にも何か書かれていないのかとひっくり返してはみたが、裏には何も書かれておらず、ただの白紙であった。

 赤字で書かれたこれを、俺は少し不気味に感じた。

 感じたのだけれど、俺はすぐに感情を押し殺す。不気味と感じたところで、それは間接的に月を侮辱する事と同等だからだ。

 俺は、この文字の意味を追求しようとはせず、そのままベッドに飛び込んだ。

 仰向けになって、目の前に小説を開き、昨日読んだところから読み始める。

 日常を現在進行形で展開させた。

 当初の目的であったこたつの準備をする事を忘れ、俺は真剣に規則的に並べられた文字をなぞるように目を動かす。

 室内の温度は徐々に低くなっていく。

 そろそろ舞が部屋に顔を覗かせる時間が刻一刻と迫っていた事に気付く事もなく、自分の世界に身を置く小嶺文哉十七歳。

 今の時間は、ちょうど八時を過ぎた頃だった。





 002





 次の日、俺は朝早くから月に呼び出しを受けていた。

 朝目が覚めて、枕もとに置いてあった携帯が青い発光を点滅させていたので、脳が完全に目覚めていないなか携帯を開いた。ディスプレイにはメールのアイコンが一件。誰からかと開いてみるとそこで後悔した。



 メール一件


 宛――『奴は坂本月』


 題――『見たら開きなさい』


 本文――『学校に着き次第屋上に来なさい。』



 何ともシンプルな本文だなと溜息をつく。そして伝えたい事をこれでもかと強く主張している本文を、俺は見るのが初めてだった。

 それにしても「見たら開きなさい」とはどんな題名だよ。

 これも始めてみるものだった。

 理由が理由だが、俺はしぶしぶ従う形で学校に行く準備をした。偶然だろうか、今日は何時もよりも早い時間に起きてしまった事に少しばかりの怒りを感じたのだけれど、すぐにそれは脱力感に変わっていた。

 家を出て、明らかに登校時には味わえない冷気を体全体に浴びながらも目的地である学校に足を歩かせる。きっと、俺の前世はどこか名家の家来だったのだろう。皮肉に俺はそう思った。

 そして今に至る。

 教室に着くなりそこには月の姿は無く、しょうがなく冷え切った携帯でメールを打つと返事は早く返された。



 題――『ゴミ(笑)』


 本文――『って言葉は、あなたみたいな人間の事を表しているのね。凄い発見だわ。私は屋上に居るから早く来なさい。』



 題名と本文が繋がっているメールは大変珍しいのではないのかと溜息をつく。これで二回目の溜息をついてしまった。ペースが速いように感じる。

 クソ!

 本気で思ってしまった俺は、果たして短気なのだろうか。っというよりも、これは当たり前の反応だと自分にフォローを送る。

 「……惨めだ」

 しかし、フォローだけではどうしようも出来なかった。

 「月の奴、覚えてろよ」

 そう言うと、足を屋上に向け走らせた。勿論、メールの内容に従った訳ではなく、あくまで彼女、坂本月に文句を言いに行く為にだ。せっかくだから日ごろの棘がある暴言の数々の分も言ってやろうと強く心に思い、階段を勢いよく駆け上がった。

 バン!

 最上階の階段を登りきり、突き当たりにある両開きのドアを荒く押し開けた。

 瞬間、冷たい突風が俺を襲った。

 襲って、同時に野球ボールが顔面にめがけて飛んできていた事に、気づくことができなかった。

 ゴツッと音とともに後ろに倒れる俺。いきなりの事で頭が混乱しているそんな俺に追い打ちをかけるように後頭部を冷たい床に強くぶつける。

 痛みが顔の前後から襲った。

 「……何をしているの、小嶺君」

 顔を両手で押さえ悶える形を強いられた俺に、ドアの方から声がかけられる。

 月だ。

 「あなたの行動一つ一つにとやかくは言わないけれど、私はあなたに助言を送ろうと思うわ。

 馬鹿なことは止めて、早く自分が埋まる上に建てられるであろう墓石の準備をしたらいいんじゃない?」

 会って初めに言う言葉ではないだろうが。

 俺は上体だけを起こして月の顔を捉える。

 「……見てみろよ。これ、鼻血なんだぜ」

 皮肉に俺はそう言った。それしか今は出来なかったからだ。

 月はクスッと一瞬だけ口を釣り上げると、手を差し伸べる。俺は無言で彼女の手を掴みあげ立ちあがる。

 「大丈夫、小嶺君。鼻から血が出ているみたいけど、痛くない?」

 「不思議だな。気遣ってもらっているのに、何だか腹が立つよ」

 「それは少しばかりの気の迷いよ」と当の本人は平然と言う。俺は足もとに転がっていた野球ボールを拾い上げると月に手渡した。

 「これ、お前のだろ」

 「あら奇怪。何でさっきまで握りしめていた私のボールがこんなところに落ちているのかしら?」

 「それはだな月。お前が俺めがけてそれを投げ入れたからだよ」

 「そうなの。不思議な事もあるのねぇ」

 「何他人行儀な発言してるんだよ」

 「あら?私とアナタは他人でしょ?それにアナタは誰なの?間接に一文字で答えて頂戴」

 到底答えられないような発言をするこいつには良心と呼べるものがあるのだろうか。俺は「んで、昨日といい、今日は一体何のようだ?」と話を変える。

 「質問の意味をお分かり?アナタはカスなの?」

 しかしそれは出来なかった。そしてまた振り出しに戻ってしまった事に脱力感が一斉攻撃を仕掛けてきた。

 「………我」

 取りあえずそう答えてみるが、特に意味は無い。

 「今日はあなたに確認してほしい事が一件あるの」

 ものの見事にスル―をされてしまった。脱力感が一気に増す。もう何だか話すのもダルイと逃げを考えてみたのだが、俺にはそんな事は許されないようだ。

 月は次の言葉を言う。

 「尚江皓女子に会いに行くのよ」

 無表情で言うので、こいつが今から尚江皓を締めに行くぞと錯覚が起きてしまった。

 まぁそのままの意味だろうと再確認をしようと思う。

 「会いに行くって。急すぎるんじゃないか?」

 「急も何も、事は早く起こさないと手遅れになるわよ」

 別にそんな事はなんじゃないかと思う。それに、手遅れになるのはお前の頭なんじゃないかと上げ足を取る。ま、既に手遅れだと思うがな。

 月は俺の横を通り過ぎて階段を下りて行く。「どこに行くんだよ」といちょう確認をしてみるが返事は……ま、言わないでいいか。

 「会いに行くのよ」

 そう言って止めた足を再度指示を送る。俺は無言で月の後を追う形になっていた。





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