婚約破棄系クソ令息バトルロワイヤル
「ナロウ王国の恥知らず令息の皆さま、ようこそお集まりくださいました」
王国きっての悪役令嬢と名高いプリシラ・アスターが、闘技場をぐるりと囲む客席の上から高らかに言い放つと、彼女の取り巻きの貴族令嬢たちが揃って笑い出した。
「本当に愚かな令息たち」
「見てくださいまし、あのポカンとした顔。ご自分がどうしてここにいるのか分かっていらっしゃいませんわ」
「まあ! 周りを見渡せば、どういう令息が集められているか、少しは分かるものかと思いましたが」
女性たちはこぞって口元を扇子で隠しながら、上品な口調で闘技場に立ち尽くす令息たちをけなし続けた。
プリシラは赤く美しい唇をニコリと持ち上げると、まだ状況を飲み込めていない令息たちを見下ろして言った。
「みなさん、ご自分がどうしてここに集められたのか分かってらっしゃる? あら、分からないっていう顔をしてるわね。周りを見てごらんなさいよ。あなたがたには共通点があるでしょう?」
令息たちは困惑した顔を隠さず、素早く辺りに目を配った。
彼らが今立っているのは、薄汚れた茶色い石畳の上。その周りは石畳と同じように薄汚れた壁と高い天井にぐるりと囲まれ、さらにその上の階にはプリシラたちが腰を下ろしている客席がある。
彼らが今いるのは、貴族たちが愛用する非合法の地下闘技場だ。普段は平民の奴隷を戦わせ、その勝敗に賭けて遊ぶのだ。
しかし、いま闘技場の石畳にいるのは平民——ではなく成人前後の貴族令息ばかりで、客席にいるのは貴族令嬢ばかり。
闘技場の両端にある出入口には重い鉄格子が下ろされ、令息たちは簡単に出ることができない。
「プリシラ! これは一体どういうことなんだ? 闘技場で新しい催しがあると言われ来てみたら、僕たちはいきなりこんなところに押し込められたんだ! こんな血生臭いところ、貴族や王族が立っていい場所じゃないことくらい分かるだろう⁉ 冗談はよせ!」
プリシラに食ってかかったのは、クリフ王子だった。彼はナロウ王国の第二王子にして、プリシラの元婚約者だ。
クリフは闘技場の地面に立ち、プリシラを忌々し気に見上げた。
「あら、冗談ではありませんよ、クリフ様。わたくし、常々この国の令息たちの素行の悪さを憂いていたのです。あなたたちときたら、すぐに婚約破棄だ追放だと言って、無実の令嬢に濡れ衣を着せたり、しょうもない浮気相手を持ち上げたりするではありませんか。一度きっちりとお灸を据えるべきだと思ったのです。ここまで言えば分かるでしょう? ここに集められた令息は皆、ここ半年以内に婚約者の令嬢に対し一方的な婚約破棄を告げているのです。ああ、なんと愚かなこと!」
プリシラが大げさな仕草で頬に手を当て溜息をつくと、周りの令嬢たちも同調するように深い溜息をついた。
「ある時は王立学院の卒業パーティで、ある時は季節の園遊会で、ある時は王子の誕生日パーティで……あなた方は人の多いところで婚約破棄イベントを開催するのがお好きですよね。ここにいる令息の皆様も、他人のそういったイベントを目撃された方ばかりでしょう?」
「プリシラッ……お前、婚約破棄の腹いせにこんなことをやったのか⁉ この恥知らずめ! さっさとここから出せ!」
クリフが吠えると、プリシラは口元を覆っていた扇子をパチンと閉じた。
プリシラは先ほどよりも温度の低くなった声と視線でクリフを見下ろす。
「恥知らずはクリフ様の方ではなくて? あんな教養がない、胸と尻が大きいだけの聖女とやらと浮気した挙句、あの女を妻にすると言い出すなど正気とは思えませんわ。婚約を破棄され失意に暮れる中、わたくしの支えになってくださったのはここにいる令嬢たちなのです」
プリシラは慈愛のこもった目で周囲を見渡した。
「こちらのミランダ様は、そこのサイラス様の娼館通いを咎めたところ婚約破棄を言い渡されました。そしてこちらのシーラ嬢はあそこにいるアッシュ様のモラハラに悩み、幼馴染に相談しに行ったところを浮気だと責め立てられ婚約破棄されました。シーラ嬢はあまりのショックに数か月寝込まれたのですよ。ああ、おいたわしい。そのほかの令嬢たちも、皆さま理不尽な婚約破棄に苦しめられた被害者なのです。わたくし達はお互いに慰めあい、励まし合い、そして決めたのです——絶対に、復讐すると」
プリシラの氷のような目で睨まれた令息たちは、ビクッと肩を震わせた。
「わたくし達はもう、元婚約者たちの爵位を奪ったり、実家を没落させたりするだけでは気が済まないのです。ええ、もちろんそうやって復讐する案も出ました。公爵令嬢のわたくしにかかれば、素行の悪い令息たちを貴族の世界から追放することなど造作もないことです。でも、それでは駄目なのです。生ぬるいのです。そこで、わたくしたちは新しい遊びを思いついたのです。その名も、婚約破棄系クソ令息バトルロワイヤル、ですわ! ふふふ、この過激なネーミング、なかなか良いでしょう? さあさあ令息の皆さま、武器を取ってくださいませ!」
プリシラの合図で、闘技場にいくつもの武器や防具が投げ込まれた。長剣、短剣、盾、それから銀色の筒状のものもある。プリシラはそれらを手に取るように令息たちに勧めたあと、「その武器で、最後の一人になるまで戦い続けるのです! それがバトルロワイヤルというものですわ。最後まで立っていた方は、褒美としてここから出して差し上げますわ」と少し興奮した様子で言った。
「ハッ、馬鹿馬鹿しい! そんなこと、僕たちが応じる訳ないだろう? なぁ、皆の者よ」
クリフが辺りを見回すと、令息たちは彼に同意するように大きく頷いた。
「そんな馬鹿馬鹿しいことを考える女だから、僕たちに婚約破棄を言い渡されるんだ! お前ら女は従順にしておけばいいんだ。黙って文句を言わず、男の言う事を聞いておけばいいんだ! 今からでも遅くない、立場をわきまえろ!」
令息たちはそうだそうだ、と声をあげる。
「おい、今からこの武器であの令嬢たちを痛い目に合わせてやろうぜ?」
「それはいい。おい全員武器を取れ! あそこの鉄格子をこじ開けて、あいつらに分からせてやろう」
令息たちが息巻いて闘技場の出入り口に近づいた時。
プリシラは大きなため息をつきながら、手元にあるレバーをがちゃりと押し上げた。
闘技場の鉄格子が、ギギギと重い音をたてながら開く。
「諦めて鉄格子を開けたな? ハハ、俺達には適わないと悟ったんだ。なかなか賢いじゃないか……って、アレは何だ?」
クリフ達は鉄格子の向こうにうごめく影を見つけ、思わず後ずさりをした。
「なッ⁉ なんだ、このモンスターは‼」
鉄格子の向こうからヌチャリ、と湿っぽい音ともに現れたのは、成人男性くらいの大きさの、蛙のような見た目のモンスターだった。
そのモンスターは体のほとんどが顔で、その中央に位置する口は人間など丸呑みにできそうなほどに大きい。口の上に申し訳程度についている目はあらぬ方向をぎょろぎょろと睨み、大きくあけた口からはヌチャリと涎が糸を引いている。
モンスターは顔の下についた小さな手足を動かしながら、ズズズ、と体を引きずるようにしてこちらへと近づいてくる。
そのあまりの気持ち悪さに、令息の一人が「来るな!」と震えた声をあげた。
「なんだよ、あれはッ……⁉ あんなの見たことあるか?」
「本で見たことがあるけど、あんなの魔属領の奥地にしかいないはずじゃ? あんなモンスター、どうやってここまで連れてきたんだよ」
先ほどまでの威勢はどこへやら。令息たちはお互いに顔を見合わせ、焦った様子で話す。彼らのこめかみに冷や汗が浮かぶ。
令息たちの胸中が焦りと恐怖で満たされるのと、先ほど「来るな!」とモンスターに対して声を上げた令息が丸呑みにされるのが、ほぼ同時だった。
蛙のようなモンスターは大きな口で令息の一人を丸呑みにしたあと、その場で静止した。呑まれた令息が暴れているのか、モンスター口の中から男の泣き叫ぶような悲鳴が聞こえてくる。
「プ、プリシラ‼ こんなこと聞いてないぞ! 僕たちを殺す気か⁉」
上ずった声で叫ぶクリフに、プリシラは平然と言い放つ。
「私達は復讐をすると言ったではありませんか。淑女たるもの、直接手を下したりはいたしません。代わりに、ご自分たちで傷つけあってください。いっそ、殺してもらっても構いません。あなた達のような恥知らずの命など、その辺の虫より軽いのですから。ああ、それからお互いに殺し合うのに抵抗があるなら、このように適宜モンスターを投入して差し上げますわ。人としての尊厳を保ちながら殺し合うか、モンスターに丸呑みにされたり酸で溶かされたりしながら人としての形を保てずに死ぬか、好きな方を選んでくださいませ」
ガチャン。再び鉄格子が下り、闘技場には行き場のない令息たちとモンスターが取り残された。
「プリシラァ‼ お前、こんなことをして父上が……国王がお許しになるとでも思うのか⁉ これが公になれば、お前もただでは済まないんだぞ!」
クリフが叫ぶ横で、また別の令息の下半身がモンスターに吞み込まれようとしていた。闘技場に令息の断末魔が響く。
「あああああ! 痛い! 痛い! 助けて!」
その時、客席がにわかに騒がしくなった。
階段状になった客席の上から現れたのは、一際豪奢な服に身を包んだ壮年の男と、その側近たちだった。
「ち、父上!」
現れたのは国王だった。クリフの顔に希望が灯る。
「父上! お助けください! プリシラやその取り巻きの令嬢たちが、僕たちに酷いことをしようとするのです! もうモンスターに食べられてしまった者もおります。早く、早く助け——」
「よい、続けよ」
国王はパタパタと手を振ると、プリシラの横に優雅な動作で腰かけた。
「は? 父上?」
「私はプリシラ嬢に招待されてここに来たのだ。新しい趣向の闘技大会が見れる、とな。……なるほど、平民ではなく貴族同士でやるのか。フム、これは興味深い」
国王は闘技場を見下ろしながら、うんうんと頷いた。
「ええ、闘技場には甘やかされて育ってきた貴族とともに、スパイスとして他国に生息するモンスターを投入するのです。従来の闘技大会に飽きた方や、平民の富裕層を招待しても良いかもしれません。いっそ今のように非合法ではなく、国営にするのはいかがでしょう。そうすれば、他国のお客様をお招きすることもできます」
プリシラがにこやかに提案すると、国王はまんざらでもなさそうな顔で闘技場に目をやった。
「父上‼ プリシラなんぞの発言に惑わされてはなりません! ここにいるのは、このナロウ国の未来を担う貴族の若者なんですよ! こんな危険な目に遭わせて良い人間ではないのですよ!」
「何を言う、クリフよ。昨年、我が国は戦争に負けただろう? 領地は大幅に減ったのにも関わらず、領地を失った貴族だけが大量に余っている状態だ。一方的に婚約破棄だのなんだのと言って貴族の秩序を乱すような者たちは、プリシラ嬢の言うような闘技大会で国の観光業に寄与した方が、よっぽどナロウ国のためになるであろう」
「今日はその試験運用といったところですわ」
令息たちの目が絶望に染まる。国王は自分たちを助けに来たのではない——高みの見物に来ただけなのだ。
「うわああああ!」
娼館通いを咎められて婚約破棄をしたという子爵令息のサイラスが、大きな雄たけびとともに長剣をかかげ、モンスターに斬りかかった。
ぶしゅ、と血が噴き出ると同時にモンスターがだらりと口を開けた。そこから下半身の大半を酸で溶かされてしまった令息がごろりと転がる。
令息たちの口から声にならない悲鳴が漏れる一方で、客席にいる令嬢たちからは悲鳴の一つも上がらない。いや、悲鳴など上がるはずがないのだ。彼女たちは自分たちを虐げた令息が、できるだけ悲惨な死を遂げるのを楽しみにして集まっているのだから。
サイラスはどくどくと血を流すモンスターを見ながらボソリと呟いた。
「こんだけ出血してんだ、このモンスターはもうじき死ぬだろ。それから丸呑みにされた奴がひとり、下半身を溶かされたやつがひとりで……俺を除くと残りはあと7人。7人殺せば、俺はここから出られる」
「何を言ってるんだ、サイラス!」
「クリフ王子、俺はここで死にたくないんですよ。最後の一人になれば、ここから出られるらしいじゃないですか。国王も助けてくれないんじゃ、もう何にも期待できねぇ。それに気づいてますか? ここにいる令息たちの実家は、みんな戦争の際に軍を率いつつも戦果を挙げれてないんです。ここにいる全員が役立たずの家の息子の……しかも貴族の面汚しってワケだ」
サイラスが吐き捨てるように言うと、「まぁ、意外と物分かりが良い方もいるのね」とプリシラが目を丸くした。
「正気になれ、サイラス! 皆で強力して、ここから出る方法を探そう! なぁ、まずは落ち着いて剣を置くんだ!」
「それはできませんよ。さようなら、クリフ王子」
サイラスの振るった剣でクリフが倒れたのを合図に、闘技場のあちらこちらで令息たちによる殺し合いが始まった。
剣を振るうもの、筒状の武器を振り回して火炎放射で辺りを焼き尽くそうとする者、盾を構えて防戦一方の者など、戦い方は様々だった。しかし皆一様に、絶望しきった顔をしていた。
令息たちは泣きながら剣を振るった。戦争では後方でふんぞり返っていただけの彼らには、人を傷つけたことはなく、ましてや殺めたことなど一度もなかった。
また、令息たちはひたすらに客席にいる元婚約者たちを呪った。無事にここから出たら、真っ先にあいつらを殺してやる。その思いだけで自分を奮い立たせた。
その様子を眺めながら、王は「ふむ」と小さく唸る。
「しかしバトルロワイヤル、という形式は面白いものの、一度の闘技大会で大勢が死んでしまうのだな? これではすぐに戦う人員が足りなくなり、継続的に闘技大会を開催することはできぬな。プリシラ嬢、少し運営方法を改めた方がいいのではないか?」
「さすがに、わたくしも彼らを使い捨てにするつもりはありませんわ! あちらをご覧ください」
プリシラが美しい所作で指さした先には、薄汚れた法衣を来た少女が俯いて座っていた。
「彼女はクリフ様の浮気相手だった聖女とやらですわ。ええ、他国からやってきた、不思議な回復術を持つ者です。最近まで教会に庇護されていましたの。ですが、先日戦勝国側の取り決めで、敗戦国の我が国の教会は全て取り潰しが決定しましたでしょう……別に教会が戦争を先導した訳でもありませんのにね……ふふふっ、それで彼女の身柄を預かってきたのです。なんでも、聖女の回復術では死亡後間もない者であれば蘇生させることが可能だと言うのです! これならバトルロワイヤル中に命を落とした令息たちを使い捨てにせずに済みますわ!」
「なに、そんな便利な術があるなどとは聞いておらんぞ?」
「あの聖女とやらは、自分の能力を隠して戦争に参加しなかったのです。国王陛下がご存じなくても無理はありません。彼女がその能力を生かしてくれたのなら、我が国の戦死者も大幅に減ったでしょうに……。今後はその能力を国営闘技場の運営に生かすことを条件に、彼女を敵国に渡さず、こちらで匿うという話になっているのです。本来であればわたくしに恨まれて暗殺されてもおかしくないんですもの、生かされているだけで有難いと思って頂きたいですわ」
プリシラは闘技場を見下ろし、優雅な笑みを浮かべた。
闘技場の地面から、ふわりと血の匂いが立ち昇った。もうほとんどの令息が虫の息になり、今は最後の二人が震えながら睨み合っているところだ。
「残ったのは……威勢のよかったサイラス様と、モラハラ令息のアッシュ様ですわね。うふふ、あの昏い目、絶望の表情、たまりませんわ。クリフ様は——あら、もう動かない。幼少期から騎士団長に剣のお稽古もつけて頂いていたのですから、もうちょっと粘って欲しかったですわね」
「プリシラ嬢、君には愚息が随分と迷惑をかけたね。どうだ、私が新しい縁談を用意してやろうじゃないか」
「いいえ陛下、ご心配には及びません。わたくしはもう、しばらくは婚約などこりごりですわ。男性に人生を踏みにじられるなど、まっぴらですの。もし陛下が融通を効かせてくださるのなら……国営闘技場の運営をわたくしに任せて頂きたいですわ。必ず多大な利益を国にもたらすことをお約束いたします」
「ははは、君は王族に嫁ぐことはなくとも、あくまで国益のために生きるというのか」
プリシラは王の言葉を、微笑みで肯定した。
プリシラが王と話し込んでいるうちに、闘技場では今やサイラス一人のみが立っている。勝敗はついたようだ。
「さあさあ令嬢の皆さま、本日のバトルロワイヤルは『娼館通いのサイラス』様の優勝ですわ! ええ、この闘技場ではこういった二つ名をつけようと思っておりますの。なかなかいいでしょう? 皆さまの元婚約者は期待通りの活躍をいたしまして? まあ、物足りないですって? ふふふ、大丈夫ですわ。今から全員蘇生いたしますもの。これからは国営闘技場として、何度でもご覧になれますのよ。ああ、次回からは入場料をお支払いくださいね。賭けて頂いてもいいですのよ。これからもこちらで一緒に彼らの闘いを見守りましょうね。高みの見物というやつですわ。わたくしたちに一方的な婚約破棄をしたこと、彼には骨身に染みるまでちゃんと後悔していただかないと」
その後、ナロウ王国では一方的な婚約破棄が激減した。
また、もしも素行の悪い令息が急に行方不明になったのなら——まずは国営闘技場に探しに行け——というのが貴族たちの常識になったという。




