表札を買いにホームセンターに行ったら、変な表札ばかりをおすすめされた件
『佐藤』
日本で最も多い苗字であり、そして俺の苗字である。平凡で目立たない苗字だが、この苗字で損をしたことは特にないため、不満を感じたことは生まれて40年間一度もない。
そんな俺の苗字が描かれた我が家の表札だが、なんと台風に飛ばされてきた瓦によって破壊されてしまった。
俺は今、表札を交換するためホームセンターにやって来ている。近くにいた店員に声をかけ、自宅の表札を買い換えようと思っていることを伝える。店員はレジ横の接客用のカウンターに座るよう促した。
「どういった表札をお探しですか?」
店員は俺の対面に座りそう声をかけてくる。
「そうですね。まあ、シンプルな表札で良いかなと......」
特になにも考えていなかったので、咄嗟に具体性もない返事をしてしまう。店員は分厚いカタログリストを開き、そのうち1ページを開いて指差した。
そこには木目調の板に、横書きで『佐藤』と書かれた表札の写真があった。さすが日本一多い苗字。用意されたカタログにも『佐藤』の苗字が使用されている。
「なるほど......」
確かに和風の家には合うのだろうけど、我が家はどちらかというと洋風の家だ。
「洋風の家に合う表札ってあります?」
玄関の写真でも撮ってくれば良かったなと考えながら、俺は店員に要望を出す。すると、店員は迷う素振りも見せずにページを捲り、別の表札を指差した。
「こちらはどうでしょう」
俺はそこへと視線を向ける。
白い石に苗字は縦書きという、シンプルな表札。我が家にも合いそうだ。
「なるほど......」
しかし、なんとなく無難すぎる気もする。表札を買い替える機会なんてこの先やってくるかも分からない。もう少し色んなパターンを検討しても良いのではないだろうか。なんならもっと主張があってもいい。
「もう少し派手な感じの表札ってあります?」
俺は店員にそう伝える。
「派手ですね。分かりました」
店員はカタログリストをペラペラとめくる。しばらく後、一つのページを開いて指差した。
「こちらはどうでしょう?」
俺はそのページへ目を向けた。
「レインボー???」
思わず怪訝な声が漏れる。
「かなり派手ですよ」
「こんな変な表札使ってたらご近所さんに馬鹿にされますよ......」
「でも、過去にはこの表札を買われた方もいらっしゃいましたよ?」
「えぇ......。その人後悔してませんでした?」
「後悔はしてませんが、この表札にしてから置き配を雨の当たる場所に置かれるようになったらしいです」
「配達員にまで馬鹿にされてません???」
困惑する俺をよそに、店員は流れるような動作で別の一枚を指し示す。俺はそちらに視線を向けた。
「レインボーゴールド!?!?」
意図せず口から大声が出てしまう。
「さっきよりもっと派手で良いでしょう? 実際に買われた方もいらっしゃいますよ」
「この表札にした実害は出てないんですか?」
「なんか、この表札に変えて以来一度も郵便物が届いていないらしいです」
「もはや届きすらしない!?」
俺は店員に強く否定の意を伝えた。
「逆にですけど、店員さんのおすすめとかあります?」
こちらから要望を出さずに、販売員の選択を聞いてみるのも良いだろう。俺は店員に質問する。
「そうですね......。最近作られた、環境にやさしい表札はいかがでしょう?」
「環境に、ですか?」
「はい」と言って、店員はカタログを指差した。
「へぇ......」
見たところ、何の変哲もない表札に見える。素材に何か特徴があるのだろうか。
「どこが環境に良いの?」
「この表札は自然分解されるため、廃棄の際に環境に悪影響を与えません」
「へぇ」
「あなたみたいな人が、古い表札をポイ捨てしても安心というわけですね」
「捨てませんけど???」
失礼な店員だ。俺は少し不機嫌になった。
「何で出来てるんですか?」
「こんにゃくです」
「こんにゃく???」
意外すぎる答えに俺は思わず聞き返す。
「はい」
「あの、食べるやつですか?」
「逆に食べないこんにゃくがあるなら、見せて下さいよ(笑)」
「こいつ......!」
俺は必死に怒りを抑えた。バカにしたような笑みを浮かべる店員の態度が癪に障る。
「この表札のデメリットとしては、梅雨でふやけるので毎年買い替えが必要という事ですね」
「デメリットがデカ過ぎるだろ」
「でも逆に、夏は玉こんにゃくを焼いた時に聞こえる『ギョー!』という変な音が表札から響いて面白いですよ」
「逆にってなんだよ。それをメリットみたいに言われても困るわ」
そんな音が表札から鳴ったら、やはりご近所から白い目で見られるだろう。
「どうせこの表札も実害があるんじゃないですか?」
「はい。購入したお客様の息子さんが言うには、この表札に変えてから家にサンタさんが来なくなったらしいです」
「それは親の匙加減だろ!」
「え? どうして、サンタさんと親に関係があるんですか????」
「この歳でその認識なのかよ!?」
この店はハズレかも知れない。俺がどうやって話を切り上げようかと考え始めたところ、店員が別の候補を指し示して来た。
「でしたら、こちらの表札はどうでしょうか?」
俺は一応そのページに目を向ける。今度はこれまでの狂気が嘘のような、ごく落ち着いたデザインだった。
「シンプルですね」
「はい。この表札の特徴は、非常に安価なところです。通常の表札の半額以下、税込で一万円もかかりません」
「確かに安い」
「経済的で、しかも丈夫。再利用の石から作った表札なので、エコでもありますし、デザインも問題なしですよ」
「なるほど......」
急に検討に値する提案をされ、俺は少し面食らってしまった。これまでのカスみたいな表札は全て冗談で、本命はコレだったのか?
「もちろん洋風の家でしたらローマ字表記とかにも対応できます!」
店員がこちらが購入を迷っているのに気づいてか、畳み掛けるように言う。
「......よし、これにします」
少し考えて、俺はそう決めた。一時はどうなることかと思ったが、最終的には良い買い物に落ち着きそうだ。
「ありがとうございます! 安くてお得な、良い商品ですよ」
店員が嬉しそうに言う。
「ですね。経済的で助かります」
「相場の半額なんて凄いですよね」
「ええ、色も我が家に合いそうで良かったです」
「ですよね! 元が墓石とは思えません。お買い上げ、ありがとうございました」
「ンンン!!!!!!!」
聞き捨てならない言葉に、俺は思わず声を上げた。
「今、なんて言いました?」
「えーっと『お買い上げありがとうございました』って......」
「もっと前!」
「......おぎゃあ?」
「生まれた時まで戻るな!」
相変わらず、肝心な時に話にならない店員だ。
「なんか、墓石って言わなかった?」
俺は確認するように言う。
「言いましたけど?」
「墓石は嫌なんだけど!」
あっけらかんと言う店員に、俺は思わず怒りをぶつけた。縁起でもない。店員は怒る俺を見て、慌てて補足説明を始める。
「も、もちろん! 使う墓石はきちんと選定していますよ!」
「なに? 表札に使える条件があるの?」
「はい! 恨みを残して死んだ人の墓石だけを選んで利用しています」
「なんでだよ! せめて安らかな墓石であれよ!」
どういうセンスなんだ。完全に呪物じゃないか。当然、購入は取りやめだ。
「キャンセルで! もう良いです。最初の方で見た、あの白のシンプルなやつで良いです!」
俺は購入する表札を決めた。早くここから立ち去りたかったのもある。店員の『ありがとうございます』と言う声を、俺は冷ややかに聞いていた。
「あとは文字プレートはご利用になりますか?」
「文字プレート?」
店員の提案に、俺は首をひねる。まだ何か売るつもりだろうか。
「ええ、例えばですね、プレートをつけるとこんな感じです」
店員が冊子を開き、サンプル画像を指差す。
「ああ、こういう感じですか」
「他にもこういうのが売れてます」
「思想が出過ぎじゃない?」
セールスマンが寄り付かないのは同じかもしれない。
「他には佐藤様に相応しい、こういったものもあります」
「あっ、全然要らないです」
絶対売れてないだろこれ。誰がこんなカスみたいなダジャレを家に掲げるというのか。
ご近所で『あの家はスベってるから仲良くしちゃダメ!』と噂になってしまう。
「あとは外国語のプレートもございますよ」
言って、店員が別のページを開く。
「ああ、我が家へようこそって意味ですね」
「はい。他にはこういうのとか」
長々と知らない言葉が書かれたプレートに、思わず首をひねる。
「これはなんて書いてあるんですか?」
「これはフランス語で【『悪い人じゃないんです』って言われてる人って、結局悪いところの方が多いよね』】と書かれています」
「なんだよそれ!」
表札にそんなこと書く必要ないだろ。『悪人フランス人避け』にしかならない。
俺の不服そうな表情を察してか、店員は別のページを指差す。
「では、こちらはいかがですか?」
またも読めない言葉の羅列だ。
「なんて書いてあるんですか?」
「これはフランス語で【『一口目で火傷したせいで、料理の味がわかりません』】と書かれています」
「だから、なんでだよ!」
玄関に書いておく必要が全くない言葉だった。『食事失敗フランス人招き』にしかならない。
なにそれ?????
結局、俺はプレートを付ける話はしっかり断り、最初に見たシンプルな白い表札を取り付けるだけに決めた。表札代金プラス工事費を追加で支払った俺は、早足にホームセンターを後にした。この店にはもう二度と来ないだろう。
【そして5日後......】
「シンプルに工事が下手!!!!」
おわり




