凪沙視点 年上の彼女
※凪沙視点、カナコと出会う数年前と、付き合う直前のお話です※
社会人になって一年目の秋。
久しぶりに予定のない休日に、大学時代にキャンプ関係で知り合った綱島から、連絡が入った。アラフォーの綱島は、アウトドアの熟練者だ。
「――知り合いの実家が山を持ってて、そこで野営していいって言ってくれてるんだけど、ナギサくんもどう?」
「ぜひお願いします! 俺、野営なんて久しぶりですよ……!」
思わず声が踊ってしまう。
「オッケー、良かった。あと何人か来るんだけど、みんな普段はソロの人だから、気兼ねなくできると思うよ」
「ありがとうございます」
むしろ熟練な綱島の仲間たちの中に、自分が行っていいものかと一瞬悩んだ凪沙だが、野営の魅力に逆らうことはできなかった。
高校生の時に知ってハマったキャンプ。そこから登山やトレイルなども楽しみ、とうとう好きが高じて、アウトドアメーカーに就職するまでとなった。
しばらくは新人として仕事に四苦八苦していたが、知らなかった知識を得られることも多く、やめたいとは思わなかった。夏を過ぎて、ようやく職場の雰囲気に馴染めてきた頃、この野営に誘われたのである。
野営とは、一般的なキャンプ場ではなく、自然の中でキャンプを行なうものだ。自由にサバイバル的なキャンプを楽しめるが、その代わり難易度も高い。
そして山の中で行なう野営は設営場所を探すのに苦労するため、今回のように山の所有者が許可をしてくれるのは大変ありがたいことなのだ。
天気の良い九月下旬の土曜日。
早朝に家を出て新幹線に乗り、富山へ。綱島がレンタカーで駅まで迎えに来てくれた。必要な食材や水などをスーパーで購入し、そこから四十分ほどかけて、目的の山に到着する。
山の上は涼しく、ちょうどキャンプが出来そうな場所に、すでに何人かいるのが見えた。
車から荷物を降ろし、綱島についていく。
それぞれソロキャンプだが、お互いつかず離れずのちょうど良い場所に陣を取っていた。
綱島が参加者に凪沙を紹介していく。そして三人目の男性に近づき、彼の名前を呼んだ。
「ハヤトさん、いい?」
「あ、はい」
振り向いた男性は背が高く、顔つきは俳優かモデルかというほどのイケメンだった。
「こちらナギサくん。こちらはハヤトさんだよ」
「はじめまして、ハヤトです。今日は急に参加させてもらうことになりまして……、よろしくお願いします」
「ナギサです。こちらこそ、よろしくお願いします」
凪沙より年上だろうに、ハヤトは腰が低く、柔らかな笑顔で挨拶をしてきた。
「ハヤトさんは元々東京にいて、今は転勤で石川にいるそうなんだ。さっき紹介した千鳥さん、あっちにいる人ね。その千鳥さんのキャンプ仲間なんだよ」
うんうんと笑顔でうなずいていたハヤトは、凪沙の顔を見て尋ねた。
「ナギサくんは東京ですか?」
「はい。実家も仕事も東京で――」
ひととおりの挨拶を済ませた後、凪沙も良さそうな場所に陣取った。そこから一番近くにいるのがハヤトで、手際よく準備しているのが見える。
(ハンモックテントか……。まだ使ったことないんだよな。ていうかギアの扱いが上手い。顔もカッコ良くてキャンプも上手くて、俺と違って愛想が良いとか、完璧じゃん。……なんか、落ち込むよな~……)
凪沙があまりにも見つめるからか、視線に気づいたハヤトがこちらを向き、ニコッと微笑む。一瞬焦った凪沙も、ハヤトの優しい笑みに釣られて笑い返した――。
その野営以来、ハヤトとは会うことなく数年を過ごす。
彼はSNSもしていなかったので、たまに近況を報告し合って細々とつながっていた綱島から、ハヤトの噂を聞くくらいだった。
たった二日間しか一緒にいなかったのに、凪沙はハヤトのキャンプに魅了され、憧れの先輩のひとりとして、彼を記憶に留めていた。
そして、今年の夏。
カナコと出会ってから数ヶ月経っていた凪沙は、彼女のことばかり考える日々を送っていた。
そんななか、土曜日に仕事で訪れたキャンプ場で、偶然ハヤトに再会したのである。そこにはハヤトと一緒に来ていた綱島もいて、それを知った千鳥も後から来ることになったのだ。
仕事を終えると同僚は帰っていったが、凪沙はその場に留まることにする。キャンプ道具を積んだ車で来ており、綱島たちが食材を分けてくれるというので甘えることにしたのだ。
相変わらずソロで集まるキャンプスタイルが懐かしかった。
それぞれ小さな焚き火をしながら、声が届く距離で話を始めた。昼間は暑かったが、夜になるとだいぶ冷えこんできたので、焚き火の温かさがちょうどいい。
「そういえば俺、東京の本社に戻ることになったんです。ナギサくんは、確か東京ですよね?」
ハヤトは低山キャンプにハマっているらしく、今日の装備もかなり少ない。興味津々でハヤトのギアを見ていた凪沙に、彼が問うた。
「あ、ええ、そうです」
「じゃあまたそっちで会えるかな。関東のキャンプ場、案内してください」
「もちろんですよ。行きましょう」
笑顔を交わし合い、酒を飲み、食事をしながら、夜は更けていく。
「――そろそろ落ち着きたいんですよね。東京に戻ったら、結婚を視野に入れようかなって」
「ハヤトさんが結婚!? 独身主義かと思ってた。めちゃくちゃモテるでしょ?」
「いや、そんなことないっすよ。ここのところ彼女も作ってないですし……」
綱島と話していたハヤトが、ふと凪沙のほうを向き、ニヤリと笑った。
「モテそうなのはナギサくんでしょ。SNSで大人気だって聞きましたよ?」
「えっ、いや、人気なんてありませんよ。俺も彼女いないですし。……気になる人はいますけど」
ハヤトから急に話を振られた凪沙は、焦ってビールをこぼしそうになった。
「ナギサくんが気になる女性か~。会社関係の人?」
少々酔った調子の千鳥が割ってくる。
「違いますが……、アウトドア関係で知り合った人ではありますね」
「一緒にアウトドアしてくれるんだ? それいいよなぁ」
「はい」
カナコの顔を思い浮かべて、ついニヤけてしまう自分がいた。いつか彼女とこんなふうにキャンプができたら、そして一緒に星を眺められたらなどと、いちいち妄想してしまう。
「ナギサくんは二十五歳だったっけ。その彼女も同じくらい?」
「いえ、年上です」
綱島の質問に答えると、ハヤトが笑顔で言った。
「いいね、年上の女性。ナギサくんが気になってるなんて、よっぽど素敵な人なんだろうな」
「ええ、素敵です。近いうちに告白しようと思ってて」
「がんばれ。応援してる」
「ありがとうございます」
密かに憧れていたアウトドアの先輩にそう言われて、凪沙は照れつつも嬉しかった。
「ああ、そうだ。忘れないうちに、俺の名刺を渡しておいてもいいかな。東京に戻ったら連絡させてください」
「じゃあ俺のも受け取ってください。ここにあるんで」
先ほど仕事で使ったばかりの名刺入れが、そのままポケットに入っている。荷物を探ったハヤトが凪沙のもとに来て名刺を差し出し、凪沙の名刺と交換した。
ハヤトから受け取ったそれを確認する。
――日吉 隼人
それが彼の本名だった。




