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16グランピングでお泊まり(6)

 注文を終えると、凪沙が深く息を吸ってから語り出す。


「ここから山は見えづらいけど、このまま天気が良ければ、あとで移動するときに浅間山(あさまやま)が綺麗に見えるんだ。高速から見た山よりずっと近いから迫力もある。早くカナコに見せてあげたい」


 こちらを見る凪沙の優しい瞳を受けて、カナコは言わずにはいられなくなってしまった。


「私いま……、胸がキュンってしたよ。凪沙が素敵すぎて」


「えっ、なんだよ急に……照れるでしょ」


 一瞬目を逸らした凪沙が、手を伸ばしてくる。そしてカナコの手をキュッと握り、真剣な表情で言った。


「俺もずっとしっぱなしだから、ね」


「え……うん」


 カナコも彼の大きな手を握り返しながら、うなずく。

 三十にもなって、高校生のようなドキドキを経験することになるとは……、人生とはわからないものである。


 もじもじしているうちに、料理が運ばれてきた。

 カナコはカルツォーネピザ、凪沙はパテがダブルのハンバーガーだ。


「これ、生地が感動的に美味しい……! もちろん中身も」


「俺のもめっちゃ美味いよ。ハンバーガー用に作られたバンズか……!」


 熱々のチーズがとろりと溶け出すカルツォーネを頬張っていると、視線に気づいた。

 道行く人がこちらを見ている。正確に言えば、凪沙を見つめる女性たちの視線だった。


(店内に入る時もそうだったけど、テラスにいても目立つのね。わかる、私がこの人たちの立場だったら見ちゃうもん、凪沙のこと)


「カナコ」


「えっ、何?」


 ぼんやりしていたカナコが顔を上げると、目の前にカットされたバーガーが差し出されている。


「はい、あげる。あーんして」


「あっ、ええっ」


「美味いよ、どうぞ」


 すぐ目の前まで迫ってきたので、口を開けざるを得ない。まだ女性たちの視線を感じるが、カナコはパクッとバーガーを食べた。


「んっ、おいしっ」


 うま味のある肉汁がじゅわっと広がる。バンズも柔らかく、もちっとしていて美味しかった。


「俺にもひとくちちょうだい。手でいいよ」


「ええと、はい」


 生地を指でちぎって溢れるチーズをたっぷり絡め、凪沙の目の前に差し出したが……。


「あ……っ」


 大きな口を開けた凪沙は、カルツォーネを持つカナコの指までパクッとしてしまった。柔らかい凪沙の唇と舌が、一瞬カナコの指先を包む。


「ごめん、舐めちゃった」


 凪沙はモグモグと食べながらカナコの手を掴んで、紙のおしぼりを使って指を拭いてくれる。その間、カナコは顔を熱くしたまま、彼のなすがままでいた。


「ねえカナコ、熱があるんじゃない?」


 カナコの赤くなった顔を見て、心配そうに言った凪沙が立ち上がる。そして目の前でかがみ、カナコの額に自分の額を押しつけてきた。今にもキスしそうな距離だ。


「ちょっ、なっ、ないない、大丈夫……!」


「そう? ならいいけど」


 彼は澄ました顔で言いながら、自分の席に戻る。心配してくれたのは嬉しいが、わざわざ立ち上がってまですることだろうか。


「……ビックリした」


「だってカナコ、周りばっかり見て、俺のこと全然見ないから、意地悪したくなったんだよ」


 席に座った凪沙が、ふてくされたように言った。


「確かに……、見てなかったかも」


 道行く女性たちの、凪沙を見つめる視線ばかり気にしていたのは本当だ。


「俺はずっとカナコのことを見てるのにさ、カナコは心ここにあらずって感じでさ」


「ごめんなさい。余計なこと考えちゃってた」


 手を合わせて謝ると、凪沙が首をかしげた。


「それって、同期会の時のこと?」


「えっ、ううん、違うよ。そっちの話は、くっだらないことだから気にしないで」


「ふ~ん……。でもその『くっだらないこと』も、あとで聞かせてね?」


 ニッコリ笑った凪沙だが、それで終わるわけもなく……。


「とにかく今日は俺だけに集中してよ、いい?」


「うん、わかった……」


 カナコの顔がますます赤くなる。

 しかも凪沙が普通の声量で言うため、両隣の席に座る人の視線までこちらに向けられているのだ。


「わかってくれて嬉しい」


 凪沙は嬉しそうに言って、ハンバーガーにかぶりついた。

 無邪気な笑顔が眩しすぎる。


(凪沙ってば、出会った頃と全然違うんだから。でも、この前のキャンプの時は他の人たちに塩対応だったし……、もしかして私にだけこんなふうに甘えてるの?)


 カナコの胸が甘くすぼまる。


(母性本能をくすぐる年下の威力、すごすぎ……)


 今日何回目の「きゅん」だろうか、と心臓を押さえながら、残りのカルツォーネを頬張った。


 食後は駐輪場に戻り、再び自転車に乗って出発する。

 緩やかな坂道を上がっていくと、人も少なくなっていった。


 道の両側は高い木々の林がどこまでも続き、広い敷地内に大きな別荘が建てられている。緑の中にひっそりと佇む別荘は、幻想的なまでに美しかった。


「気持ちいいな~、空気が美味しい」


「本当ね。それにすごく涼しい」


 声をかけあい、一列になって進んでいく。

 自転車のレーンがなくなったところで、凪沙の自転車が停まった。


「この道、バスも通るんだ。その時はこうやって止まるから、カナコも気を付けてね」


「そうね、ありがとう」


 まだ紅葉が始まっていない、緑の濃い空気を胸いっぱいに吸いながら進むサイクリングは最高だった。


 凪沙の言った通り、電動自転車なので疲れることなく、スイスイ進んでいける。


(凪沙と一緒にいると、どこまでも安心して一緒にいられる。今も私のことを気遣ってくれたし、自然をこよなく愛する人のそばにいれば、知らない場所でも怖くない)


 凪沙を信じてついていける喜びに浸りながら、カナコはペダルを勢いよく踏んだ。


 自転車でたどり着いたのは、重要文化財になっているホテルだ。自転車を停めて、中を見学をする。

 明治時代に建てられた準西洋木造のホテルは、繊細な窓枠や柱が白く塗られた、ため息が出るほど美しい建物だった。


 客室内に誂えたカフェでお茶をし、見学を終えた後は、再び自転車に乗って来た道を戻る。

 今度は下り坂なので、さらにラクに走って行けた。スピードが出て怖いぐらいだったのでブレーキをかけつつ、緑の匂いを味わいながら坂を下っていく。


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