3隣の年下男子(2)
「あ~……楽しかったぁ」
美味しいものを食べ、お酒を飲み、愚痴を聞いてもらい、しかも奢ってもらって……。幸江には申し訳ないと思いつつも、こんなふうにしてくれる仲間がいて、つくづく幸せだと感じられた夜だった。
(何もかも失った気がしてたけど、仕事はあるし、友人はいるし、部屋も借りられたんだもの。元気出そう)
新居のマンション前に到着したカナコは、バッグの中を探って鍵を取り出す。
三階建てのマンションは、オートロックもエレベーターもない。つい、前にいたマンションと比べてしまいそうになるが、不毛なことなのですぐにやめた。
さて上るか、と階段を見上げた時だった。
「こんばんは」
後ろから声を掛けられ、驚いて振り向く。
「こんばん……は……」
そこに立っていた男性の顔を見て、カナコは挨拶の途中で声が小さくなっていった。
「先日はどうも。あ、タオルもいただきました。ありがとうございました」
ペコッと頭を下げたのは、先日、公園で出会った彼、だったのだ。
「え……え? え……」
戸惑う声しか出せないカナコに、彼は「ええと」と言って言葉を続けた。
「この前、公園で」
そこでカナコの心臓がドキーンと大きな音を立てる。
やはり間違っていなかった。あの時の彼だったのだ。
「あっ、……ですよね。それであの、タオルって……」
カナコは顔をひくつかせながら、まさかの確認を取ることにした。
「挨拶に来てくださったんですよね? 俺、その時いなくて、すみません。隣に住んでいる大倉です。今ポストを開けてるのを見かけて、位置的に俺の隣だったんで、そうかなと」
「隣の……、あ、ああ、そうでしたか……、渋谷と言います、今後ともどうぞよろしくお願いします! では、失礼しますっ!」
カナコは早口で挨拶をして頭を下げ、その後は目も合わせずに彼を置いて、階段を駆け上がる。
酔いなんて一気に醒めてしまった。
引っ越しの挨拶にと購入したタオル。
お隣のおばあさんに挨拶をして渡し、もう一方のお隣さんは不在だったので、紙袋に入れて玄関ドアにかけておいたのだ。
「隣に引っ越してきた渋谷です。よろしくおねがいします」というメッセージを添えて。
そのタオルを受け取ったのが、カナコの長いひとりごとを聞いていた、彼だった。
彼にもう一度会えたら謝りたいなどと思っていたが、その可能性は限りなく低いから、恥ずかしい出来事を忘れられるはずだったのに。
穴があったら入りたい勢いで、階段を駆け上がっていく。
三階まで上がって深呼吸をしていると、軽快な足音が近づいてきた。
「渋谷さん!」
「はっ、はいいっ!」
隣に住んでいるのだから、ついてくるのは当然なのだが、まさか追いかけられるとは思わず、変な声を上げてしまった。
そろりと振り向くと、大倉が息を切らしてこちらを見下ろしている。




