16グランピングでお泊まり(1)
「忘れ物はなし。ガスも戸締まりもオーケー」
カナコは部屋の窓を指さし、荷物を持った。
休日の土曜日。先日結婚した同期を祝う同期会に行き、従姉妹の結婚式に参加するため、実家に帰って一泊する予定だ。
玄関の扉を開けた瞬間、蒸し暑さに包まれる。九月も中旬だというのに、今年はしつこい暑さが続いていた。
「いつまで暑いの~……。みんなに会う頃にはメイクが崩れてそう……」
ため息を吐きながら鍵をかけると同時に、隣のドアが勢いよく開いた。
「カナコ、待って!」
「うわっ、びっくりした……!」
バクバク鳴る心臓を押さえながら、部屋から出て来た凪沙を見上げる。彼はカナコを見つめてぼそりと言った。
「おはよ」
「おはよう。土曜日だからまだ寝てるかと思ってた……」
「いつ出てくるかなって、ずっと待ってたんだ」
一歩前に出て近寄る凪沙の、目を細めた視線にドキリとさせられる。
「……綺麗すぎるよ、カナコ」
「えっ、、そ、そう?」
「綺麗すぎて心配なんだけど。今日は男も来るんだよね?」
前髪を掻き上げながら、凪沙が不機嫌そうな声で言う。
嫉妬混じりの言葉にニヤけてしまいそうになるが、彼の表情が険しいのでカナコも真剣な顔で答えた。
「いるけど、ほとんど既婚者だし、今日は同期のお祝いなんだから、変な雰囲気にはならないよ。それに……」
「それに?」
「私には凪沙がいるんだから、何も心配なんていらない。……だよね?」
「……っ」
凪沙は顔を片手で覆いながら、小さな声で呻く。
「ど、どうしたの?」
「自分が情けなくて死にそうになった。ごめん、急いでるのに引き留めたりして」
「ううん。私も会いたかったから嬉しかったよ。二週間ぶりだもんね」
うん、とうなずいた凪沙はドアの鍵を閉めて、カナコの隣に立った。
「駅まで送らせて。荷物持つよ」
「大丈夫よ」
「少しでも一緒にいたいんだ」
「じゃあ、うん……ありがとう」
荷物を持っていない方の彼の手が、カナコの手をそっと握った。
久しぶりの温もりに、カナコの胸がきゅんと痛む。
この二週間、お互いに仕事が忙しく、帰宅時間もまちまちで、メッセージを送り合うくらいしかできなかった。だから今、この時間がとても貴重なものに思える。
日差しを避けながら歩き、今日明日の過ごし方を伝え合っているうちに、最寄り駅に着いてしまった。
「持ってくれてありがとう。来週、楽しみにしてるね」
凪沙の提案で、次の休日はグランピングに誘われていた。もちろん泊まりで。
「俺も」
「あっ」
彼の手から荷物を受け取ろうとして、抱き寄せられる。駅前を行き交う人がたくさんいるのに、凪沙はお構いなしにカナコの耳に顔を寄せた。
「その時、いいんだよね?」
「……うん。そのつもりだから」
彼の問いかけに、小声で答える。今にもキスされてしまいそうな距離に目眩が起こりそうだ。
「じゃあ、気を付けて」
「行ってきます」
これ以上一緒にいたら心臓がもたない……などと思いながら、カナコは凪沙に手を振って改札を通り抜けた。
「おめでとーっ!」
都内にあるカジュアルなレストランの一角を貸し切り、先月に親族だけで挙式をした同期の結婚を祝う、同期会が始まった。
「ありがとう! わざわざこんな会ひらいてもらって、幸せだよ」
「本当にありがとう……!」
同期婚をして夫婦になったふたりは、満面の笑みでお礼を言った。
妻の美佐紀はカナコと同じ総務部、夫の昌樹は経理部だ。
(ふたりとも幸せそう……! 良かったね、本当に……!)
美佐紀と目が合ったカナコは、うんうんと笑顔でうなずき、それに答えるように彼女も嬉しそうに笑ってくれた。
研修から一緒の同期は仲がよく、就職してから一年目、二年目の頃はみんなで飲みに行ったり、バーベキューをしたりなど、交流も盛んだった。
転勤や退職などで会えなくなった者もいるが、本社に残っている同期でたまに集まることは続いている。
特に今日は仲間が結婚したという喜ばしい集まりなので、本社の同期全員が出席したのだが――。
「いやぁ、まさか日吉がこっちに戻ってくるとはなぁ。忙しい最中に悪かったな」
次々と料理が運ばれ、食事とワインと楽しんでいる中、昌樹が斜め前に座っていた男性社員――日吉隼人に声を掛けた。
「有給もらってたから、全然。こうしてみんなの顔を見る機会をもらえて、かえってありがたいよ」
日吉は笑いながら、昌樹のグラスにワインを注いだ。
彼は入社して三年目に地方へ配属されたのだが、最近、本社の営業部に戻ってきたのだ。
営業部にいる幸江からその話は聞いていたので、日吉がこの場にいても驚きはない。
しかし、久しぶりに彼の姿を見たカナコは、昔のモヤモヤを思い出してしまった。
凪沙ほどではないが背が高く、爽やかな風貌は昔と変わらずイケメンである。いや、大人の色気が漂っている今は、昔よりもずっといい男に見えると言っても過言ではなかった。
(しかも仕事が出来るもんだから、新入社員の頃から女子キラーなんて呼ばれるくらいモテまくってたし、本人も認めるくらいにチャラかったのよね。同期の中で付き合った子もいたはずだし、私も一時期、日吉と仲良くなって危うく流されそうになった過去がある。……すんでのところで留まったけど)




