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15パンとスープとコーヒー(4)

「お待たせ~。ごめんね、遅くなって」


 待ち合わせの店に現われた幸江が、申し訳なさそうに謝る。外はかなり蒸し暑かったようで、ハンディファンで顔付近に風を当てていた。


「全然よ、気にしないで。暑い中、営業お疲れ様でした」


「ありがとう。九月に入ってもこんなに暑いとか、勘弁して欲しいよねー」


 幸江は苦笑しながらハンディファンを止めて、ミニタオルで額の汗を押さえた。


「幸江、何飲む?」


「カナコはビール飲んでるの?」


「このクラフトビールにしてみたの。美味しいよ」


 スマホをタップして、メニューを見せた。


「じゃあ私もそれにしよう」


 幸江は素早く自分のスマホでQRコードを読み込み、料理も何点か一緒に注文した。


 間もなく幸江のビールがテーブルに届き、ふたりで乾杯をする。幸江はゴクゴクとビールを飲み、グラスをテーブルに置いた。


「あー……っ、美味しっ!」


 幸子は満足げに言ってから、カナコの顔を覗きこんだ。


「もしかしてその顔は……、何か良いことあった?」


「っ!」


 いたずらっぽい笑みを向けられて、ドキッとする。


 退勤後にごはんへ行こうと誘ったのはカナコだ。たぶんその時点で、幸江は何かを察していたのだろう。


 カナコはビールをひとくち飲んでから、うん、とうなずいた。


「幸江に一番に聞いて欲しくて。いろいろ心配させちゃったから」


「まさか……えっ、ほんとに?」


 幸江は身を乗り出し、期待を持った瞳でこちらをじっと見つめた。カナコは一度俯いてから顔を上げ、小声で報告する。


「彼氏……出来ました」


「やったー!! おめでとう!!」


 幸江は自分のことのように、喜びの声を上げ、両手で小さく拍手をしてくれた。


「で? どういういきさつなの? 教えてよ~」


 彩りの良いサラダと三種の生ハムがテーブルに届く。


「長くなるんだけど……」


 カナコは、ざっくりと凪沙の説明をし、先日のベーベキューの話につなげた。


「ちょ、ちょっと待って。ごめん、いったん止めていい? 情報量が多すぎるから整理させて」


 凪沙との出会いや、ピクニックの師匠になった彼の話を聞いていた時は、うんうんと嬉しそうにうなずいていた幸江だが、透とSANAの話になったとたん、眉間に皺を寄せ始めたのだ。

 

「師匠の彼にバーベキューに誘われて行ったら、元カレが来て、しかも結婚してて、相手は妊娠してて、逆算するとカナコと付き合っている時に妊娠してた……って?」


「そうみたい」


「偶然なのにそれを無視して、カナコが元カレと復縁したいから待ち伏せしてたって???? ほんっとうに最低だねっ!! その女もさあ!! ふたりしてさあ、カナコを責めるとかさあ、頭おかしいんじゃないのっ!!!」


 幸江は怒りのままにフォークをサラダに突っ込み、口に入れて、バリバリと噛んだ。


「さ、幸江、落ち着いて」


「落ち着いていられるかっての! と言いたいところだけど、先を聞こう。酷い目に遭ったカナコを、その師匠である彼が助けてくれたのね?」


「うん。たたきのめしてくれたよ、妊娠中の奥さんもろとも。もちろん言葉でね。背が高いから威圧感もあったみたい」


「かっこいいねぇ……最高じゃん」


 幸江はようやく落ち着いて、表情を緩めた。


「彼の写真とかあるの?」


「うん、あるよ。この前、撮ったばかりのが……、これ」


 キャンプ中にふたりで撮った写真を幸江に見せると、彼女の顔がぱああっと明るくなる。


「うわっ、すごいイケメンっ! カナコも綺麗! 幸せそう~! ん? もしかして彼、若い?」


「うん……五個下」


「えーーーっ!!」


「私が早生まれだから、年齢は四つ下で、学年が五個下かな。びっくりしたよね?」


 カナコが苦笑すると、幸江はぶんぶんと首を横に振った。


「変な意味で驚いたんじゃなくて、カナコ、年下に興味ないって言ってたから、意外だっただけ」


「わかる。自分でも本当に驚いてる」


 カナコが大きくうなずくと、幸江が「だよね」と笑った。


「もちろん最初はそういう対象じゃなかった。でも本当にいい人だなって思ったの。ピクニックをやろうとして、いろいろわからないことをイヤな顔せずに詳しく教えてくれたりね」


 カナコは生ハムを一枚口に入れて食べた。ちょうど良い塩味の美味しい生ハムだ。


「彼、自分の世界をしっかり持っていて、そのせいか、私のやることも尊重してくれたの。私のご飯食べてる時のクセとか、一度もバカにしたりせずに、好きだから聞きたいとまで言ってくれた。私なんかより、ずっと大人なのよ」


 と、そこまで話してハッとする。


「……ごめん。必死になっちゃった。恥ずかしい」


「すごくいいじゃん、素敵だよ! カナコはいろいろ苦労したんだからさ、どんどんノロケていいんだよ~!」


 あははと笑った幸江が、こっちも食べなとサラダのお皿をこちらに寄せた。


「ありがとう、幸江」


「これで婚活も終了だね。うん、安心した」


「え、あ……、そうね、そうだよね」


 幸江の言葉がカナコの胸に引っかかる。

 凪沙と付き合い始めたのだから、婚活は終了。もちろんそれは当然のことだ。


「婚活は終了だけど、だからって彼に結婚を強要したくないの。今はとにかく、ふたりで過ごす時間を大切にしたいから」


 注文していたピザがテーブルに届いた。アンチョビが効いたマルゲリータだ。


「まだ始まったばかりだもんね」


「うん」


「ふたりの未来にカンパーイ!」


「あはは、ありがとう! 乾杯!」


 幸江と笑顔で二回目の乾杯をする。


 心の片隅にまだ何かモヤモヤするものが残っていたが、カナコは見ないフリをして食事を楽しんだ。



 幸江と別れた帰路の途中、凪沙からメッセージが届く。


『カナコ、仕事終わった? 終わってるならお疲れ様』


 キャンプを過ごして帰ってきた日曜日の夜から、彼はこうして毎晩メッセージを送ってくれる。


『ありがとう。同期とご飯食べて帰ってるところ。凪沙は? 今日も残業なの?』


『そう。来週も立て込んでて会えそうにない。カナコに会いたい会いたい会いたい会いたい会いたい』


「ちょ、ちょっと怖いってば、凪沙」


 カナコは立ち止まり、焦りながら返信を打つ。


『私も会いたいけど、お互い仕事頑張ろう。頑張ったご褒美にゆっくり会おうね』


『わかった。カナコのご褒美、期待してる』


「っ!」


 文字のメッセージを見ただけで、カナコの顔がぶわっと熱くなった。


(べ、別に何をするとは書いてないじゃない。いちいち想像して焦らないの……!)


 返信を打つ前に、凪沙から続けてメッセージが入った。


『あ、でもデートのプランは俺に任せてね。土日でカナコが空いてるところ、教えてくれると助かる』


『ありがとう。家に着いたら予定を送るね』


『わかった。じゃあまた』


『お仕事頑張ってね』


 カナコの返事に、凪沙がウサギのスタンプを返してきた。ハートを抱えて笑っているウサギだ。


「このウサギのスタンプ、前にも見たけど、気に入ってるのかな?」


 思わず笑みがこぼれたカナコも、ハートを使ったスタンプを返した。

 気づけば、モヤモヤした気持ちはなくなっている。


 この温かくなる気持ちがあればいい。

 余計なことは考えずに、凪沙と会うのを楽しみにできる気持ちを大切にしていけば、それで。


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