15パンとスープとコーヒー(3)
食後のコーヒーを淹れて飲み、しばらくのんびり過ごした。あたりを散歩してから片付けをし、管理棟に向かう。
チェックアウトを済ませた客が管理棟から出て、帰って行った。
入れ違いにカナコたちが入ると、木船が迎えてくれた。お互い「おはようございます」と挨拶をし、会話が始まる。
「昨夜は寒くなかったかな?」
「素晴らしく快適でしたよ」
凪沙が笑顔で答え、カナコも続いた。
「私も快適でした。星もすごく綺麗で驚きました……!」
「それは良かった! 大倉くんがどうしても彼女さんに見せてあげたいって言っていてね。雲に隠れないか心配してたんだよ。ね、大倉くん」
笑った木船が、凪沙のことをチラリと見る。
「ま、まぁそうですけど……」
凪沙は顔を赤くして、照れくさそうに木船から視線を逸らした。その間に、木船がカナコに向かってコソッと言う。
「大倉くんはあなたにメロメロのようだから、どんどんワガママきいてもらうといいですよ」
「えっ」
「ちょ、ちょっと木船さん……!」
珍しく凪沙が慌てた様子で言った。
(私がいないところで、そんな話をしていたなんて……)
嬉しさと恥ずかしさが入り混じり、カナコも顔が熱くなる。
「本当のことじゃなんだからいいじゃない。とにかく仲良くね。またふたりでいらっしゃい」
話しながら手続きを済ませた木船が、ふたりを交互に見た。
「はい」
「必ずまた、ふたりで来ます」
カナコがうなずくと、凪沙も力強い言葉で返事をする。
未来に対して彼がそう言ってくれたことも嬉しかった。
木船は「絶対だよ?」と笑いながら、管理棟の外までふたりを見送ってくれた。
真っ青な空の下、車で山を下りていく。遠くに入道雲が見えた。
帰りは少し遠回りをして伊香保温泉に立ち寄り、石段街を散策したり、足湯を楽しみ、お土産を買う。
凪沙と過ごす時間は何をしても楽しくて、ただただ笑って過ごした。
お昼は近くにある水沢うどんを食べに行く。太めでコシの強いうどんはつるつると喉ごしがよく、ごまだれも最高に美味しくて、ふたりともあっという間に食べてしまった。
すぐそばの観音様をお参りしてから、帰路に着く。
高速道路を走る車中の中で、カナコは幸せと名残惜しさの感情を抱えていた。
(人生の中でもナンバーワンと言ってもいいくらい、とんでもない二日間だったな……。最悪につらい事と、最高に幸せなことが、いっぺんに起きたんだもの)
チラリと凪沙の横顔を見る。
帰りも運転するからカナコは寝てていいよ、と言ってくれた彼は、いつも通りの涼しい顔だ。
(昨日からこれだけ活動して、車の運転もひとりでしているのに、まったく疲れているようには見えないのよね。若さもあるんだろうけど、普段からアウトドアしているから、私が思っているより体力がかなりあるのかも。山で走ることもあるって言ってたし……)
自分も少し体力をつけなければと、カナコは両手をグッと握って心に決めた。
マンションの駐車場に着いたのは午後六時を回ったところだった。一泊二日の旅もここで終了だ。
車を降りたとたん、ひどい蒸し暑さに襲われる。キャンプ場の涼しさがすでに恋しかった。
「ごめん、荷物持たせて」
「たくさんお世話になったんだもの、これくらい当然よ」
車から降ろした荷物を持ち、彼の部屋の前に到着する。
運転のお礼に水沢うどんを奢らせてもらったくらいで、彼はそれ以上何も受け取ろうとはしなかった。荷物を持つくらいで彼の役に立てるなら、お安い御用である。
ドアの鍵を開けた凪沙に続き、荷物を玄関付近の床に置いた。
「じゃあ、またね。今回は本当に……、本当にありがとう」
感謝の意を込めて凪沙を見つめると、彼が神妙な顔をしてこちらを見下ろす。
「カナコ」
「うん?」
「すぐに連絡する。今度は『俺の本当の彼女』として、デートしてもらいたいから」
言いながら、彼はカナコの両肩に触れた。その真剣な声にカナコの胸がきゅんとする。
「ここにも遊びに来て欲しい。あっ、俺さ、焚き火するゲーム買ったから一緒にやろうよ」
「焚き火のゲーム?? って、焚き火するだけ??」
「そう、焚き火するだけ。あ、マシュマロも焼けた気がする。まだ始めてないから、どういうのか詳しくわからないけど」
「ふ……っ、くくっ」
驚き以上にこみ上げてくるものがあり、思わず笑ってしまった。
「な、なんだよ~」
「本当にアウトドアが好きなんだなって。私、凪沙のそういうところも大好きよ」
笑みを彼に向けながら、カナコは好きの気持ちを伝えた。
「そのゲーム、私もやりたいな。近いうちに――」
「俺もカナコのこと好き。大好き……!」
言葉の途中で、ぎゅううっと凪沙に抱きしめられる。
しばらくそうして、「好き」と伝え合いながら、キスをした。
好きが止まらなくなりそうなところで、どうにか体を離して、「またね」をする。
カナコがドアの外に出ると、凪沙はカナコが家の中に入るまで、自分の玄関ドアを開けて見守っていてくれた。




