3隣の年下男子(1)
「おはよう~」
「あっ、おはよう」
会社のエレベーター前で、同期の菊名幸江が挨拶をしてきた。
彼女はカナコの顔を覗き込み、笑顔を見せる。
「カナコ、なんだか今日いい感じじゃない?」
「えっ? そ、そう?」
彼女の言葉にドキリとした。
明るく行動的な彼女は洞察力もあり、助けられることが多い。同期として八年近く付き合いのある幸江とは、社内で一番仲が良かった。
住宅メーカーに勤めるふたりだが、彼女は営業部、カナコは総務部に所属している。
「ずっと元気なかったでしょ? これでも心配してたんだから」
「ごめん、ありがとう。もう落ち着いたの。話、聞いてくれる?」
「もちろんだよ! 早速今夜、ごはんどう?」
「うん、行きたい。お願いします」
任せといて! と幸江はグッと親指を立てた。
退勤後、幸江とともに夕ご飯を食べに行く。
彼女が選んだレストランは、ゆっくり女子会ができるスポットとして、人気急上昇のお店らしい。
半個室の座席は広々としたテーブルが備えられ、シンプルな内装と間接照明が、落ち着く雰囲気を醸し出している。
「素敵だね、ここ。オシャレだし、料理も美味しそう」
席に着いたカナコはメニューを広げながら、幸江に言った。本格的な創作和食がメインの料理だ。
「でしょ? その割にお値段も手頃なのよ。あんまり有名になってほしくないくらい」
ふふっと微笑み合い、ドリンクといくつかの料理を選んだ。
「――はぁ? 最低の最低の最低~~~~っな男じゃん!! なにそれ?!」
カナコの話を聞いた幸江は、わなわなと怒りに震えながらワイングラスをテーブルに置いた。
「だいたいさぁ、キモいって何よ!? 私はね、カナコとご飯を食べると幸せになるわけ! それはカナコが美味しそうに料理を解説してくれるからなんだよ! 絶対に悪くは言わないし、そこが最高なの! カナコの口上をありがたがれってのよ、ほんとに!」
本気で怒ってくれる幸江の言葉が嬉しくて、カナコの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう、怒ってくれて。ただ、婚約してたわけじゃないし、私が重かったっていうのも事実なんだけどね――」
「だからって浮気していい理由にはならないでしょ! しかも出て行かせるってどういうこと!? ちゃんとお金はもらったんでしょうね!?」
幸江は興奮して眉を吊り上げた。
「引っ越し代と敷金礼金はもらったよ」
「家電は?」
「自分で買った」
「どうして持ってこなかったの? カナコの物だってあったんでしょう?」
「一緒に使った物を新居に置きたくなかったの。あいつの顔を思い出すだけで具合が悪くなるから」
カナコはきゅっと唇を噛んだ。
土曜日のピクニックで清々しい気持ちになったものの、現実に目を向けるとまだ……つらい。
「そっか、そうだよね。余計なこと言ってごめん……」
「ううん! 全然謝ることじゃないよ。私のことを心配してくれたんだもの、本当にありがとう」
その場で頭を下げると、幸江がうなずいた。
「ねえ、カナコ。今夜は私が奢るからさ、たっくさん食べな!」
「えっ、いいってば、私も払うよ」
「カナコにはいつもお世話になってるんだから、たまには奢らせなさい」
「……じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとう幸江」
素直に彼女の気持ちを受け取り、美味しい食事を堪能した。




