2芝生の上でピクニック!(3)
遠のく彼の背中を見つめていたカナコは、突然ハッとしてお弁当をシートに置き、立ち上がった。
「さっ、さすがに、もう誰もいないよね!?」
大きな幹の向こう側――彼がいたと思われる場所に回り込む。
巨大な木のため、そちら側に人がいることなどまったく感じ取れなかった。しかしカナコが広々とシートを広げてくつろいでいたように、裏側も同じ広さのスペースがあるのだと、気づかなかったのは自分がいけない。
もう誰もいないことを確認し、もう一度あたりを見回してから、自分のシートに戻る。
「よりによってどうしてイケメンが、こんなところにひとりでいたのよ。ああ~~……記憶をなくしたい、今すぐっ!」
羞恥に襲われながら、カナコは頭を抱えて呻く。
どうにか卵サンドを食べ終え、スープを飲み干したが、もう味わう余裕などなかった。
男性の顔が浮かぶたびに、二度と会わないんだからと自分に言い聞かせ、ペットボトルのお茶を何度も口にしては飲み込んだ。
あの彼もすぐに忘れますようにと、祈りながら。
お弁当を食べ終えたカナコは、しばしぼうっと遠くを眺めていた。
ようやく恥ずかしさが消えて、のんびりする余裕が出てくる。
今からお昼を食べる人、ゆっくりと散歩を楽しむ人、元気いっぱいに遊び続ける子どもたち……。
結局、写真は食べる前のお弁当くらいしか撮っていない。
上手に撮ろうとすることよりも、目の前の風景を何も考えずに眺めていたいと思ったからだ。
「……あーあ、なんだか全部バカバカしく思えてきちゃった」
フラれたことも、何も知らずに浮気されていたことも、結婚が遠のいたことも。婚活を頑張って元カレを見返そうとすることも、全部。
「ごはんはおいしくて、お天気が良くて、みんな楽しそうで……、自分の悩みなんてどうでもよくなってくる」
そう思ったとたん、シートの上に寝っ転がりたくなった。
近くで小さな子どものいるファミリーがお弁当を食べ始めたが、もう気にならない。
「これくらい平気、っと」
カナコはシートの上で仰向けになった。
大きな木の枝が広がり、若い葉の間から青い空が見える。
「何これ……最高……」
そよ風に揺れる葉のささやきは耳に心地よく、柔らかな春の日がちらちらと落ちてはカナコをまばたきさせた。
(さっきの人も、こうやって空を見ているうちに、気持ちが良くていつの間にか眠ってたのかな)
こんなふうに気持ちが良く過ごせていたのなら、起こしてしまって本当に申し訳なかったとカナコは思った。
もしもまたこの公園を訪れて、奇跡的に彼に会うことがあったら、きちんと謝ろう。
のんびり過ごしたあとは、公園に点在する売店のひとつに寄り、ソフトクリームを食べた。
昔からどこにでもあるバニラ味のソフトクリームなのに、とてもおいしく感じるのはなぜたろう。
(外で食べるのが好きだから、特別おいしく感じるのかもね)
旅の途中のサービスエリアで、牧場で、温泉で……、過去に食べたソフトクリームを思い出して感傷に浸る。
そのどこにも元カレの姿はなかった。
(こうやって考えてみると、私たちって、かなり合わなかったのでは??)
浮気する奴が悪いのは当然として、好きなものとか、行きたい場所とか、何一つ合致しなかったような気がする。
カナコはベンチから立ち上がって、ソフトクリームを舐めながら舗装された道を歩き始めた。
自然の中にいて、そこにおいしいものがあれば自分を癒せる。最高のヒーリングではないか。
「お金もかからないのに得るものが大きすぎる。これはハマるわ」
単純かもしれない。安易かもしれない。
でも別に、誰にも迷惑をかけていないのだし、他人の目なんてどうでもいい。
さっきシートの上で感じた開放感に比べれば、恥ずかしさなんてどうでもいいことだ。
「趣味、できたんじゃない?」
カナコは笑みを浮かべて、ソフトクリームのコーンをかじった。




