13車中泊(2)
フンと鼻を鳴らした透の隣で、SANAがこちらを指さす。
「ほんっと、そういうのキモいですよ? ストーカー行為で訴えましょうか? ナギサくんもいい迷惑でしょ、こんな地味女につきまとわれて――」
「誰も迷惑なんかしてないけど」
SANAの言葉を遮った大倉が、木陰から現われた。そしてカナコを庇うように、彼らとの間に立ってくれる。
「大丈夫?」
カナコの顔を覗き込むようにして、大倉が尋ねる。優しいその声に安心したカナコは、彼の瞳を見つめて「うん」と小さくうなずいた。
「あっ! ナギサくんだぁ! 私、ずっとファンだったんです! 今日来るなんて知らなくてビックリしちゃっ――」
「あんたさぁ、俺が迷惑してるってどういう意味だよ?」
カナコを無視して話しかけてくるSANAに、大倉が尋ねる。初めて聞く彼の、怒りのこもった声だった。
「え……あの」
「カナコにひどいこと言ってたけど、それって彼氏である俺のことまで侮辱してるんだよな? 人の男を寝取っておいてマウント取るとか、性格悪すぎるだろ、バケモンかよ」
心底、軽蔑している大倉の言葉に我慢できなくなったのか、透が口を挟んでくる。
「カナコが俺に執着してるから、注意したんだ。こんなところにまでついてくるなんて、俺のSNSをチェックしてたからだろうって、そういう話。ナギサくんだっけ? 君アレでしょ? カナコに金渡されて、彼氏のフリしてるんでしょ? 俺に嫉妬させるために」
「はぁ……?」
先ほどのカナコと同じように、大倉も低い呆れ声を出した。
「君みたいなイケメンの若い男が、三十路で結婚しか頭にないカナコのような女を選ぶとは思えないんだよなぁ……。無理しなくていいんだよ? あ、それとも、こういう女が珍しくて遊んでみたかった? 俺のお下がりで悪いけど――」
「ベラベラベラベラ唾飛ばしながらしゃべるなよ、汚ねぇな。キショいんだよ、おっさん」
「……お、おっさん?」
大倉が、ずいっと前に出ると、透は逆に一歩後ずさった。背の高い大倉に威圧されて、一瞬怯んだように見える。
「キモい勘違いで元カノを責めて、今カレの俺に必死でマウント取ろうとしてる、キショいクズ野郎じゃん。カナコと別れてくれたことだけは感謝するけど」
大倉は再びカナコの隣に戻り、肩を優しく抱いた。
「俺はカナコが好きだ。美人で控えめで優しくて、料理も上手で、努力家で、会話も楽しくて、毎日そばにいたい。そんな彼女をみんなに自慢するために、俺がここに連れてきたんだけど? 誰が誰の後をついてきたって? イタイ妄想もいい加減にしろよ」
「っ!」
ようやくそこで透は黙り、唇を噛みしめた。握りしめた拳がわなわなと震えているのを、カナコは見逃さない。
なんて情けない男だろう。
大倉が言った通り、こんな男と別れて本当に……、本当に良かった。
カナコの肩に置かれている大倉の手の温かさを感じながら、心からそう思う。
「行こう、カナコ。ここにいたらクズが移る」
「そうね」
カナコはうなずき、横目でSANAを見る。彼女は顔を真っ赤にして屈辱に耐えていた。
「せいぜい、そこのクズ男とお幸せに。透にはなんの未練もないし、この通り、私には世界で一番素敵な彼氏がいますので、おかまいなく」
「なっ」
SANAが言い返そうとしたのを待たずに、カナコは透に視線を移した。
「私と別れてくれて本当にありがとう。どこかで見かけても、今日みたいに二度と話しかけてこないで。本気で迷惑だし、あんたには一切興味ないから」
何か言いたげな透だったが、すぐに口を噤んでしまう。大倉の前で言い返せない姿は滑稽だ。
大倉はカナコの手を取り、ふたりを置いて歩き出す。彼の大きな手を握りながら、カナコの胸が痛くなった。
今日はカナコを彼女として扱うと希望したのは大倉だ。奇しくもそのおかげで、透とSANAを相手にこうして対抗できた。
とはいえ、演技でもカナコを庇うための、あんなセリフを言わせてしまったことに申し訳なく思うのだ。




