12夏だ、山だ、波乱のバーベキューだ(11)
カナコの心臓の音がドクドクと強くなり、痛いくらいに頭に響いている。こんなにも暑いのに、背筋に冷たいものを感じていた。
「……ナコ」
さっきまでうるさいくらいに聞こえていた蝉の声も、カナコの耳には届かない。
「カナコ?」
「……」
「カナコ、どうした?」
「……あ……」
大倉に顔を覗き込まれたカナコは、ようやくそこで我に返った。
「暑い? あっちで休む?」
心配そうにこちらを見る大倉の声が、カナコの固まった思考をどうにか動かしてくれる。
「う、ううん、大丈夫よ。なんでもないの」
カナコは被っていた帽子のつばを持ち、深く被り直した。
(見間違いじゃ、ないよね? 確認したいけど怖くてできない。どうしてこんなところにいるの? アウトドアなんてまったく興味がなかったのに、どうして……)
SANAの夫は、カナコの元カレ――透だったのだ。
カナコが冷や汗を掻いている間に、撮影が始まっていた。
SANAと透は、カナコのすぐ後ろで準備をしていた女性インフルエンサーに混ざり、一緒に料理を作るようだ。
「このチェア座りやす~い!」
「でしょでしょ? SANAはゆっくりして、食べることに専念しなよ」
「ありがと。美味しそうだね、それ」
会話がもろに聞こえてくるのだが、撮影を見守る中でカナコがここを離れたら、目立つ上に不自然に思われる。
(タイミングを見て離れよう。それまでの辛抱よ)
大倉の隣で、カナコは必死に耐えた。
「SANA、お腹目立ってきたね。何ヶ月になったの?」
「七ヶ月に入ったところ~! なんかもう、いつもの夏より暑く感じてさ、大変なの」
(……七ヶ月? それって、私と透の別れ話が出た時には、彼女は妊娠してたいたということ……?)
逆算すると、ちょうどその頃になる。
別れる前から、透の気持ちがカナコに向いていなかったとはいえ、部屋を早急に追い出されたのには違和感があった。
(SANAさんの妊娠がわかったから、急いで私を追い出したの……? それなら、あの性急さにも納得がいく)
カナコが唇を噛みしめた時、男性社員の声が飛んできた。
「大倉くーん! ちょっと来てくれる? 火がつかないんだよ~!」
「あ、はい、行きます! ごめんカナコ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
顔を上げて大倉の顔を見つめる。どうにか笑顔で返事ができたが、本当は……隣を離れて欲しくない。
「具合悪かったら遠慮しないで、空いてるチェアに座っていいからね?」
「ありがとう」
じゃあねと手を振って、大倉は呼ばれたほうへ行ってしまった。
カナコがひとりになると、後ろからまたSANAたちの会話が届く。
「ねえ、透くん? どうしたの? もしかして知り合い?」
「いや……あー……うん。後で話す」
聞こえてきた透の言葉の意味を、「カナコに気づいた」のだと察した。後ろ姿とはいえ、この近距離だ。二年も同棲していたのだから、気づかない方がおかしいだろう。
カナコの呼吸が浅くなる。
本当に具合が悪くなってきた気がして、チェアに移動しようかと思ったその時、SANAが再び女性と会話を始めた。
「ねえねえ、ナギサくん来てるんだね……! こんな近くで見れるなんてラッキーすぎる~! あとで話しかけちゃお」
「ナギサくん、彼女連れてきてるよ」
女性が低い声で答える。
「えっ、彼女?」
「そこに立ってる、帽子被ってる人。今、ナギサくんが声かけてたでしょ?」
「え……嘘でしょ……、ダサ~……」
SANAと女性の冷たい視線が、カナコの背中を突き刺したように感じた。
(もうこれ以上は無理……!)
カナコはすぐそばにいた女性社員に、小声で話しかける。
「すみません、私ちょっとおトイレに行ってきますね」
「どうぞ~、あ、場所わかりますか?」
「大丈夫です。えっと、あっちですよね? すぐに戻りますので」
「行ってらっしゃい。大倉くんに伝えておきますね」
「すみません、お願いします」
そそくさとその場を離れたカナコは、SANAたちの方を振り返らずに走り出した。




