11師匠にお礼を(7)
跪いてテントに入ったカナコは、そろそろと四つん這いで進み、コロンと寝転がってみた。
「わ~……、ちょっと寝転んでみちゃお……」
シートの上に敷かれたマットレスは大判のブランケットに覆われている。
さらにブランケットが数枚と、柔らかそうなクッションが豊富に用意されていた。
すべてクリーニング済と表示された紙が、入口に置いてあったのも好感度が高い。
「意外とふかふかしてるのね。これなら外で寝泊まりするのも快適そう~。気持ちいい~……!」
カナコは言いながら、ゴロゴロと転がり、クッションに頭を乗せた。
テントの中にいるという非日常感プラス、この「おこもり感」がたまらない。
「お弁当作るのに早起きしたから、なんだか眠くなってきちゃう……」
梅雨の晴れ間のいい天気だったので外は結構な蒸し暑さだったが、ここは空調が快適だ。
お腹はいっぱいで、チルな曲に混ざり、離れたキッチンで大倉が洗い物をしている音が聞こえてきて……。
カナコはいつの間にか目を閉じ、眠気に誘われるままに身を委ねていた――。
「……ん」
パチッと目が覚めたカナコは、一瞬自分がどこにいるのか、わからなかった。
(天井が低い……、どうして緑色なの……? あ……そうだ、ここはテントの中で……私、寝ちゃったのね)
お腹がいっぱいだったのと、居心地の良さからくる満足感で、つい眠ってしまったようだ。
うーん、と伸びをしてから、コロリと寝返りを打ったカナコは、目の前の状況に声を上げそうになる。
すぐ隣で、大倉がこちらに体を向けて眠っていたのだ。
(お、大倉さん!? な、なな、なんで、彼が隣で寝てるの……!?)
焦るカナコだが、すやすやと気持ち良さそうに眠っている彼を起こすのは忍びなく、動けない。
カナコはじっとしたまま、彼の寝顔を見つめた。
(目をつぶっていても整った顔だなぁ……。相変わらず肌は綺麗だし、こうやって見るとまつげ長いし、唇の形も整ってるし、輪郭はシャープだし……、スタイルはいいし、性格だっていいし……)
申し訳ないが、まじまじと見つめ続けてしまう。
そしてふと、疑問が湧いた。
(こんなふうに師匠として付き合ってくれるのは、本当にありがたいし嬉しいんだけど……、この人って、彼女いないのよね?)
大倉が彼女の話をすることはなく、SNSにもその気配は感じられなかった。
そもそも彼女がいるのにこういう行動をしていたらドン引きだし、そんな大倉は師匠として尊敬したくない。
だが、彼女がいる気配が感じられないのも、それはそれで「こんなにイケメンなのになぜ?」という疑問が湧いてくるのは確かだ。
(いろいろとこだわりが強くて彼女ができないとか……? 話が長いところが欠点と言えば欠点かもしれないけど、私はもう慣れてしまったな……。そこが長所にまで思えてきたし)
今日も時間をかけて、一生懸命テントの説明をしてくれた。
(そういうところが可愛いんだよね、なんて)
と、クスッと笑った瞬間。
大倉のまぶたが、突然開いた。そしてカナコと視線を合わせて、優しく微笑む。
「……っ!?」
思わずドキッとして焦るカナコに、大倉がハッとして目をこすった。
「……おはようございます。すんません、寝ちゃって」
「おっ、おはよう、ございます……」
戸惑いながら挨拶を返すと、大倉は手を上げて伸びをしてから言った。
「洗い物が終わったんで声をかけに来たら、渋谷さんが気持ち良さそうに寝てて、俺も眠くなって……横になりました。いつの間にか眠ってたみたいです」
こちらを見た大倉と再び視線が合う。
大きなテントとはいえ、室内よりは狭い空間にふたりで寝ていた事実に、カナコの心臓がドキドキと音を立てていた。
それはイヤな感じではなく、警戒するものでもなく……、ではいったいなんだというのだろう……?
「く、車の運転もあってお疲れですもんね。いつもありがとうございます……」
ドキドキを悟られないようニコッと笑ってみたが、わざとらしかったかもしれない。
「……俺、なんもしてないですよ?」
「なっ、わかってますよ……!」
ゴロンとこちらへ体を寄せた大倉に言われて、心臓がドキーンとさらに大きく鳴った。
「私、パンケーキ作りますね。できたら呼びますので、ごゆっくり……」
さらに心臓が大きな音を立て始めたので、カナコは起き上がってテントを出ようとした。
「渋谷さん」
「っ!」
カナコの腕を掴んだ大倉に呼ばれる。
「教えてくださいね、絶対に」
「……教えるって、何をですか……?」
ゆっくり振り向くと、彼は真剣な目をしてカナコを見つめていた。
「婚活オフ会の結果。俺は師匠なので、知る権利があります」
「あ、そうです……ね? わかりました」
師匠はプライベートも知る必要があるのだろうか……?
そしてなぜ婚活の結果を知りたいのだろう、と疑問に思いながら返事をする。
「パンケーキ、楽しみに待ってますね」
「はい……」
ここでようやく大倉の手が、カナコの腕を離した。
触られた腕がいつまでも熱く感じることに、カナコは気づかないフリをしてテントを出た。




