10焼き肉とビールと涙(6)
「もしかして、食べている時の感想も、ですか?」
「はい。別れる前にはっきり、キモいって言われました。それで、他に好きな女性ができたから、部屋を出て行けと言われ……」
「それでこのマンションに?」
「そうなんです。その期間も短かったのでバタバタしていて、やっとここで落ち着いたとき……、私がいけなかったのかなって、ずっと自分を責めていました。いやそんなことないって、自分を奮い立たせて、もっといい男を見つけてやるって、婚活アプリに登録しようとしたら、気づきました」
あの時受けた衝撃のおかげで、次に進もうという気持ちになれたのだが、自分に嫌悪したのも確かだ。
「気づいた……?」
「はい。自分に何もないことに……。趣味も好きなことも、元カレと同棲してから何もしていなかったんです。結婚ばかりに気持ちが向いて、それ以外のことは何もなかったんだと自己嫌悪しました」
「何もないのに、ピクニックにしたのはなぜですか?」
「唯一、好きなことで思い出したのが『ベランダで食べたり飲んだりすること』だったんです。外の景色を見ながらビールを飲んだり、肉まんを食べたり、アイスを食べたり。ベランダから見る夕焼けの空とか、空気感とか、そういうのが好きなんだと気づいて、アウトドアを調べたんです。ピクニックなら私でもできると思って……」
「気軽に始めるには最適ですよね。いい判断だと思います」
大倉は手を止めて、カナコの話に耳を傾けてくれている。
「でも……彼の言葉がフラッシュバックして、追い払っても追い払っても、ふとした瞬間に思い出すんです。だから大倉さんが木の陰で寝ていたあの時も、それを振り払おうと思って、口に出してしまいました」
「そうだったんですか……」
「先日も、元カレの夢を見てうなされて……。こんなに弱い自分でも、変われるんでしょうか……」
弱気な声で師匠に尋ねてしまう。
ティッシュで涙を拭いていたカナコを、大倉がじっと見つめている。
彼は言葉に迷っているのか、しばらく黙ったのち、口をひらいた。
「すでに変われたんじゃないですか、渋谷さんは」
「え……?」
「一歩踏み出して、ひとりで公園に行って、ピクニックにハマった。それだけじゃなく、俺という『師匠』を得たんですから、変わらないほうがおかしいでしょ」
大倉は口の端を上げて笑った。
今のカナコにはそのドヤ顔が胸に染みて、また涙が溢れてくる。
「し、師匠~~っ!!」
「大切だった時間のぶんだけ、心の修復には時間がかかると思うので、焦らなくていいと思います。……あ、消えてますね、火」
大倉は鉄板の下を覗くようにして、固形燃料に手を伸ばした。
「無理に回復しようとしないでいいんじゃないですか。のんびり自分を待ってあげれば、それで」
「はい……。すごく心に刺さりました。急がないで、自分を大切にします……」
「ですね。まだたくさん食材があるので、もっと食べてくださいよ? ビールもありますからね」
カナコと自分の固形燃料を新しい物に変えてくれている。鉄板に油を敷き、火を点けた。
「はい、いただきます……!」
ようやく涙は引っ込み、カナコは箸を握って、次に焼く野菜を鉄板に載せる。
たかが隣人の自分にピクニックのアドバイスをしてくれて、師匠になってくれて、鼓舞もしてくれて……大倉には感謝しかない。
今日誘ってくれたお礼も兼ねて、彼にお礼をしようと決めたカナコだった。




