3隣の年下男子(3)
「公園でのこと、恥ずかしいとか思わないでください。俺、渋谷さんのこと変だとか思わなかったですから」
「えっ?」
「だからソロピク、絶対にやめないでくださいね。あれは……いいものです!」
右手をグーにしながら、大倉が真剣な声で言った。
「は、はぁ」
「では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
丁寧にお辞儀をした彼は後ろを通り過ぎ、隣の部屋のドアを開けて入っていった。
「本当にお隣さんだった……」
カナコも歩き出し、ドアの鍵を開けて自分の部屋に入る。
まだ慣れない家の匂いがした。
明かりを点けて、小声で「ただいま」と言って靴を脱ぐ。壁が厚いらしく、隣の音は聞こえないことにホッとした。
カナコはいったん部屋にバッグを置いてから洗面所に行く。
「あービックリした。こんなことってある? 公園で会ったイケメン男子がお隣さんとか……。はぁ~~……っ」
手を洗いながら、大きく大きくため息を吐き、そして蛇口を閉めた。
「ソロピクやめないでください、か」
鏡を見つめたカナコは、彼の言葉を反芻した。
「わざわざ『やめないで』って言うってことは、実際にソロピクニックをしている人は、やっぱり少ないのかもね。SNSだとたくさん見つかるけど……」
公園に行った時、ひとりで来ている人はたくさんいた。
ただ、年配の女性は多く見かけたが、同年代の女性となるとほぼ見かけなかったのだ。
「大倉さんもひとりでピクニックしていたんだろうか? あれはいいものです! って力説してたし……」
眠った後は、あそこでお弁当を広げて食べようとしていたに違いない。
何を食べるつもりだったのだろう。手作り弁当だろうか……。
などと考えながらタオルで手を拭き、ハッとする。
「驚きすぎて、公園でのこと謝るの忘れちゃった……。ま、いいか。お隣さんだし、また会えるわよね。その時に謝ろう」
お風呂にお湯を溜めている間、カナコはスマホをひらき、先日のピクニックで撮ったお弁当の画像を見つめる。
「適当に写した写真だけど、結構いい感じになってる」
具がたっぷり詰まった卵サンドとコンポタスープの黄色が、背景の芝生の柔らかな緑と相まって、春らしい雰囲気を醸し出していた。
「おしゃれピクニックからはほど遠いけど、楽しかった。……それでいいのよね?」
楽しさを素直に受け入れることが、趣味になるのではないだろうか。
そして誰からの評価も気にせず、自分が楽しいと感じられることを大切にする。
まず自分を労って、それから婚活に望んだほうがいいのかもしれない、とカナコはぼんやり思った。
公園でソロピクをしたこと、そこでひとりごとを聞かれたこと、同期の友人と楽しく過ごした夕ご飯、そしてお隣さんが想定外な人だったこと――。
ここ数日の間にたくさんのことがありすぎて、元カレのことなど頭の隅のどこかにいってしまい、お風呂に入った後、カナコは久しぶりにぐっすりと眠れたのだった。




