097:真凛の名前の話
◇2039年12月@福島県本宮市 <玉根凜華>
安斎真凛と玉根凜華は、何だかんだ言って仲が良い。二人は、福島県中通り地方の「ムシ」達五人の中では年長の中学生組であり、マザーとドーターの関係でもある。つまり、ちょうど一年前の十二月に凜華が「ムシ」になった際、駆け付けて面倒を見てくれたのが真凛だったという訳だ。
ところが、その後の二人の関係は、すっかり逆転している。しっかり者の凜華の方が、ずぼらな真凛の面倒を見ているような状態なのだ。
更に真凛は、居候先の小学六年生、紺野鈴音にも、何かと面倒を見てもらっていたりする。もっとも、この鈴音の場合、頭は良くても家事全般が壊滅的な為、それを含めると「持ちつ持たれつ」の関係だと言えなくもない。
そして今、中通りの「ムシ」達五人が集まっている中で、その鈴音が思い付いたように言った。
〈あの、前々から感じてた事なんですけど、真凛さんと凜華さんの名前って、似てますよね?〉
〈ああ、それって、同じ「凜」の字が使われてるからだと思うけど〉
〈あのさあ、鈴音。それって、何を今更って感じなんだけど-〉
〈えっ、真凛さん、気付いてたの?〉
〈当ったり前じゃん〉
それは、真凛が密かに嬉しく思っている事だった。真凛にとっての凜華は、それだけ大切な存在なのだ。でも、それが鈴音には、逆に気に入らない。だから、つい憎まれ口を叩いてしまう。
〈もう、真凛さんの名前が凜華さんと同じ字を使ってるのって、なんか生意気です〉
〈何でえ? この名前は希美が付けたんだから、アタシとは関係無いじゃん〉
〈まあ、そうかもしんないけど……。あ、それより、真凛って、英語のマリーンから来てるんですよね? 海から遠い二本松の温泉街にいるのに、どうして真凛なんて名前なんですか?〉
またもや鈴音は、『単純に疑問に思った』といった感じで真凛に訊いた。
〈それは、昔、親父がサーファーだったからだよー。で、希美が海にちなんだ名前を付けたんだー。ふふっ、そん時の希美って、まだ十六でさあ。今よりバカだったってのに、良く真凛なんて名前、思い付いたよねー〉
〈きっと、真凛さんの為に、一生懸命にネットで調べたんじゃないですか?〉
〈そっかなあ?〉
真凛は、遠くの空に目をやって少し考えてから言った。
〈まあでも、今と違って、そん時は希美が親父と結構ラブラブだったってのは確かなんだよね-〉
〈ふふっ、それで真凛さんが生まれたんですね?〉
〈うーん、どうだろう? 普通にエッチしまくってたら、出来ちゃったんじゃないかな?〉
〈そ、それって……〉
〈そん時は、親父も十八でさあ。その年頃の男子って、頭の中はエッチな事ばっかり。女子とヤる事しか考えてないんだって〉
〈そうなの?〉
〈うん。親父が自分で言ってたんだから、本当だと思うよー。毎回、そんな親父の相手をしてた希美の奴も、どうかとは思うんだけどねー〉
横を見ると、いつの間にか鈴音の顔は真っ赤になっていた。その隣にいる国分珠姫もまた同じ状態だ。
それまで黙っていた穂積郁代が、面倒くさそうに声を投げ掛けてきた。
〈もう、二人が固まったの、真凛さんの夢の無い言葉のせいです〉
だけど、先に復活した珠姫が、〈続けて下さい〉と言うのを聞いて、再び真凛が話し出す。
〈そんでさあ、その頃の親父がエッチの次に好きだったサーフィンの事なんだけどー、高校一年の時に、たまたま海の家で泊まり込みのバイトをしたらしいんだー。そん時にバイトの先輩からサーフィンを教えてもらって、高校の三年間、夏休みになると同じ海の家で働いて、サーフィンしてたみたい。あ、それと、希美と知り合って、最初にエッチしたのも、そのバイトの時らしいよー。希美の奴、友達と海水浴に来てたみたい〉
〈ふーん……、そんで、お父さん、今でもサーファーなんですかあ?〉
〈んなわけないじゃん……。あ、そんでも、アタシが小学三年生くらいの頃までは、どデカいサーフボードがアパートの部屋に置いてあったんだよね-〉
〈へえ……。でも、普通は、良く行く海岸の近くのお店とかで、預かっててもらったりするんじゃないですか?〉
〈うーん、たぶん、その頃はもう陸サーファーだったんじゃないかなあ〉
〈ふーん。で、そのサーフボードって、今はどうなってんの?〉
今度は横から凜華が聞いてきた。
〈サーフボード? ああ、ちゃんとあるよー……って、親父が勤めてる店だけどねー。「部屋が狭くなるから、何とかしてよっ!」って、希美が切れた事があってさ。渋々、親父が店に持ってって、今は店の壁に立て掛けてあるんだー。まあ、オブジェって奴?〉
〈ふーん。そのボード、一度見てみたいかも。案外、『希美、命』とか書いてあったりして〉
〈おっ、さすが凜華じゃん。それ、大当たりだよー〉
〈えっ、マジで〉
〈それがさあ、なかなか消せないスプレーで書いてあるもんだから、リサイクル屋でも引き取ってくれないみたい。昔、希美が嘆いてたんだ-。知らない女の名前が書いてあるボードなんて、誰も貰ってくれないもんねー〉
〈ふふっ、さすが真凛さんのお父さんですね。後先を考えないで行動するこことか、真凛さんにそっくりじゃないですか〉
〈むぅ〉
真凛は頬を膨らませているが、他の四人は納得顔である。
〈まあ、アタシの名前なんて、どうでも良いじゃん〉
〈そういや、真凛さんの名前の話でしたよね〉
そこで普段無口の郁代が、珍しく言葉を伝えてきた。
〈あの、私は、真凛さんの名前、素敵だと思います〉
〈えへっ、そうかな?〉
〈はい。「郁代」なんて、年寄りみたいで可愛くないですから〉
〈いやいや、それは違うと思うよ。郁代ちゃんの名前だって、ご両親が色々と考えて付けてくれたんじゃないかな〉
〈私も、凜華さんが言う通りだと思います〉
〈てか、あたしは好きだよ、郁代ちゃんの名前。あたしなんて、「姫」って付いてるから、からかわれてばっかり〉
〈ああ、「リトルプリンセス」って奴かあ〉
〈真凛さんは、「おてんば姫」とか言ってましたよね〉
〈「ちびっこ姫」とか言わないだけマシじゃん?〉
〈むぅ。もう、真凛さんなんか嫌いっ!〉
すっかり拗ねてしまった珠姫を見て、凜華は場所を移動する事にした。それで皆を促して、一斉に夜空へと舞い上がったのだが……。
★★★
五人の「ムシ」達が向かった先は、凜華、真凛、鈴音にとっては定番となりつつある岳温泉の露天風呂だった。ここは旅館の建物とは少し離れた所にある混浴風呂で、冬の夜はめったに人が来なくて狙い目なのだ。
〈でも、本当にハダカで変異しちゃうんですもん。びっくりしました……。てか、あたし、お嫁に行けません……。ぐすん〉
例によって五人は、今は真凛の母親だけが住んでいるアパートで全裸になって、ここへ来ていた。ちなみに、「ムシ」になって間もない郁代と珠姫の二人は、初体験である。
珍しく暗い表情の珠姫の隣で、何故か郁代は涼しい顔だった。
〈郁代ちゃんは、平気みたいね〉
〈どうせハダカになるなら、真凛さんのやり方は合理的だと思う〉
〈でも、恥ずかしくないの?〉
〈「ムシ」だと見えないから、大丈夫〉
〈うわあ、真凛さんと同じこと言うんだ。洗脳されちゃってない?〉
〈そんなことない〉
そんな会話を交わす小学生組の三人の向かい側で、凜華は真凛に話し掛けていた。
〈そういや、真凛。実は、クリスマスパーティーの話が保護者会で出てるみたいなんだけど〉
〈うん。一応、彩佳さんから聞いてるよ-。アタシ、クリスマスパーティーっていうの初めてだから、楽しみー〉
〈そう言ってくれると嬉しいんだけど、できるだけ保護者同伴って事でさ〉
〈あ、そういうのは、気にしなくて良いから-。一応、親父と希美に声は掛けるけど-、答えは聞かなくても分かるっていうか-……〉
〈やっぱり、そうなんだ〉
〈あの-、クリスマスパーティーですか?〉
指向性無しの心話で話していたせいで、小学生組にも訊かれていたようだ。
〈うちは、休みが暦通りなんで、少し心配〉
〈郁代ちゃんの所は、公務員だもんね〉
〈うちは、店を閉めないといけないだろうから、難しいかなあ……。あ、あたしは出たいっていうか、出ます〉
〈あはは。でも、一応、珠姫ちゃんのご両親にも、検討はして頂きたいかな〉
〈はい〉
今回もメインで動いているのは、菅野彩佳と大谷真希の二人のようだ。と言っても、真希も現役看護師の為、実質的には彩佳が中心らしい。
〈あの、実は、うちの別荘が猪苗代湖畔にありまして、皆さん、そこに一泊して頂く形にしようかって事になってます。たぶん、部屋数は大丈夫だと思いますし、一応、大きなお風呂もありますから、ご満足して頂けるかと〉
〈猪苗代湖かあ。となると心配なのは雪なんだけど……〉
〈年内だったら、そんなに雪は積もってないと思いますよ。自動運転で雪用タイヤのシェアカーを借りれば、高速の磐越道が閉鎖にならない限り、大丈夫だと思います〉
〈えーと、その別荘って、そんなに大きいの?〉
〈はい。大切なお客さんの接待とカ、幹部社員の慰労会とかにも使ってますし、ちょっとしたパーティーとか開いたりもしてまして、相部屋で大丈夫なら、三十人ぐらいは問題なく泊まれます〉
〈ふーん。やっぱり、鈴音ちゃんの所は凄いんだね。うちみたいなラーメン屋とは雲泥の差っていうか〉
〈そうだよね。それって、別荘っていうよりもペンションって感じじゃない?〉
〈ふふっ、さっすが、お金持ちだよね〉
〈あの、親が金持ちって事で、私は別に偉くも何ともないっていうか……、まあ、私が庶民だとも言いませんけど〉
〈だよねえ〉
〈あ、あの、質問ですけど〉
〈えーと、何かな、郁代ちゃん?〉
〈クリスマスパーティーだと、プレゼントとか用意するんですか?〉
〈あ、私も、あんまりお小遣いとか貰ってないから、心配かも〉
〈アタシの場合、最悪は親父に頼るって感じかなあ〉
〈ふふっ、たぶん、子供の方のプレゼント交換は無いと思う。一部の親が何か用意してくれるかもって感じかな。でも、あんまり期待しないでね〉
〈そうですね……。だけど、お料理の方は、期待して下さい〉
〈それより、温泉だよねー〉
〈真凛ったら、また何か考えてるでしょう?〉
〈まあねー。猪苗代湖畔ってなると、近くに磐梯熱海温泉があるよね-?〉
〈真凛さん、まさかあ……〉
〈アタシは、行くつもりだよー〉
〈やっぱり……〉
そんな訳で、この日も「ムシ」達の夜は、お喋りと共に更けて行くのだった。
END097
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「クリスマスパーティーの準備」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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