096:翅のサイズの話
◇2039年12月@福島県本宮市 <玉根凜華>
本宮市の国分珠姫は、思った以上にやんちゃな子だった。安斎真凛が「おてんば姫」とか呼ぶけど、本人は、まるで意に介さない様子。ただし、紺野鈴音が「リトルプリンセス」と呼んだ時には、「あたし、チビじゃないもん」と言って拗ねた。玉根凜華は、なかなか良いネーミングだと思ったのだが、珠姫は「リトル」という言葉がお気に召さなかったようだ。
「ムシ」の子は全員が華奢な体型で小柄な子ばかりだけど、その中でも珠姫は一番に小さい。本人曰く、小学一年生の時から、ずっとクラスで一番背が低い子だったとの事だ。
〈てことはさあ、筋金入りのチビっていうかー、完全無欠のチビって言うかだよねー〉
〈真凛さん。あたし、もう一生、真凛さんとは口を利かない事に決めました〉
〈あはは、真凛さんったら、嫌われちゃってますね〉
〈鈴音ちゃんだって同じだよ。あたしの事、リトル何とかって言うんだもん〉
〈うっ〉
そんな感じで珠姫にやり込められている真凛と鈴音もまた、凜華から見たら問題児である。この三人の内、足が不自由であまり学校に行ってない鈴音以外は、茶髪を理由に陰湿なイジメに遭ってきたというのに、凜華からすると信じられないくらい明るい。たぶん、珠姫の場合は、両親の影響。真凛の場合は、そうでないと自分の心が保てなかったからに思える。
ともあれ、彼女達をまとめる立場の凜華としては、『何で、私の周りは問題児だらけなの?』と、ぼやきたくもなるってもんだ。
そんな凜華の心の支えは、可愛い黄金色の穂積郁代。彼女が発するジャスミンの香りは、いつだって凜華を癒してくれる。
凜華が「ムシ」になったのは、ちょうど今から一年前。その時、三名だった仲間は、八名にまで増えた。だけど、凜華が日常的に会っているのは、中通りの五人だけだ。
『まあ、いつかは別のファミリーにしなきゃだよね』
凜華の脳裏に、先日、矢吹天音が呟いた言葉が蘇ってくる。
来年になると、たぶん、もっと「ムシ」の数は増えているに違いない。その時の事を思うと喜びが込み上げて来る一方で、どうしても凜華は『面倒だ』とも思ってしまうのだった。
★★★
そうして今夜も、中通りの五人の「ムシ」達は、中間地点の本宮辺りに集まって空中散歩を楽しんだ後、お喋りに興じていた。
ところで、「ムシ」が八人に増えた事、今回、小さい翅の珠姫が追加になった事から、毎日、彼女達全員がチェックしている「福島ムシ情報サイト」、通称「ムシサイト」上では、翅のサイズに応じて、ラージ(L)、ミディアム(M)、スモール(S)の区分けがされるようになった。
現状だと、ラージが「ムラサキ」「ジャノメ」「シナモン」、ミディアムが「ミズイロ」「ブルー」「モクレン」「ジャスミン」、スモールが「シジミ」だ。
ちなみに、「ムラサキ」が天音、「ミズイロ」が真凛、「ジャノメ」が凜華、「ブルー」が里香、「シナモン」が鈴音、「モクレン」が沙良、「ジャスミン」が郁代、そして、最後の「シジミ」が珠姫である。
さて、このLMS基準のスモールだが、当然、これにも珠姫が噛み付いた。
〈だいたいLMSなんて、服のサイズじゃないですかあ。あたしの最も嫌なのが、「あ、珠姫ちゃんはSサイズね」って、最初から決まってるみたいに言われる事なんです。あたしは、スモールなんて夢の無い言葉で呼ばれたくないです!〉
〈てことは、やっぱ、凜華が名付けた「シジミ」だよねー〉
〈普通、シジミって黒くてちっちゃい貝の事だけど、シジミチョウってのがあるから、「シジミ」って名付けたんですよね?〉
〈うん。鈴音ちゃんが言う通りだよ。シジミチョウって、ちっちゃくても綺麗だし、可愛いよね〉
〈うーん、ちっちゃいってのには抵抗あるんだけど、シジミのお味噌汁は好きなんだよなあ……〉
そう言ったまま考え込んでしまった珠姫に向けて、真凛が言った。
〈珠姫ってさあ、シジミの身をひとつずつほじくって食べるタイプだよねー?〉
珠姫はムスッとした声音で、〈そうですけど〉と返す。
〈あ、いや、アタシもそうだからさあ。仲間がいて良かったよー。鈴音なんて、アタシがシジミの身を食べようとすると、「みっともない」とか言うんだよねー〉
〈ええーっ、もったいないじゃないですかあ〉
〈だよねー〉
〈あの、ひょっとして、この私が間違ってるって言いたいんでしょうか?〉
そこで仲裁に入ったのは、凜華だった。
〈まあまあ、今は食べ物の話じゃないでしょう? 私は、シジミチョウって好きなんだけど、珠姫ちゃんはどうかな?〉
〈シジミは、美味しいです〉
〈だからあ、食べ物じゃないんだってば……って、まあいっか。じゃあ、スモールは止めて、「シジミ」って事にするね。どっちも同じ「S」だし……〉
〈でも、それだと珠姫ちゃんは、「シジミのシジミ」ってことになっちゃう?〉
〈だったら、「ブルーベリー」で良いんじゃない? 「シジミ」は翅のサイズなんだから。珠姫ちゃんも、それで良いよね?〉
〈うーん、あたしは「S」ってのが嫌なんですけど……、まあ、スモールよりはマシか……〉
★★★
という訳で「スモール」に代わって「シジミ」が採用された訳だが、そうなると「ラージ」と「ミディアム」も変えたくなってくる。〈何か、良い案はない?〉と凜華が募った所、鈴音が声を挙げた。と言っても、心話なのだけど……。
〈あの、それって、私達で決めちゃって良い事なんですか?〉
〈うん。うちで決めて良い事だよ。天音さんを通して、関口さんに提案すれば、間違いなく通る筈だから〉
〈なるほど。天音さんと関口さんって、仲良しですもんね〉
〈そうそう。ラブラブとも言うね-〉
〈うーん、まだそこまでは行ってないと思います。せいぜい「ちょっと片思い」って所でしょうか?〉
〈片思いって、どっちがなの?〉
〈当然、関口さんでしょう〉
〈いやいや、天音さんも結構、ラブだと思うけどなあ〉
〈そうかもしれませんけど、ぜーったい、関口さんの「ラブ」の方が大きいですってば〉
〈だったら、両想いなんじゃない?〉
〈「ラブ」の大きさが釣り合ってないんだから、片思いです〉
〈鈴音ってさあ、自分は恋したこともないのに、そういうのに拘るよねー〉
〈あの、真凛さんったら、『自分達は、両想い』だとか思ってません? それ、違いますからね〉
〈えっ、どこが違うのー?〉
〈そういうの、両片思いって言うんです。知行さんはヘタレだから、ぜーったいに告白して来ないでしょうし、真凛さんはバカだから、どんなアピールをしたって伝わらない。まあ、永遠に両想いにはなりませんね〉
〈うっ〉
〈真凛、危ないっ!〉
相変わらずの鈴音の毒舌に真凛は、自分がバカだと言われた事にも反応しない程のショックで、思わず変異が解けてしまった。それでビルの屋上から落下しそうになった所を、咄嗟に自分も変異を解いた凜華が、後ろから抱え込んで防いだのだった。
★★★
真凛が落ち着いた所で、さっきの「翅のサイズのネーミング変更」の話題に戻ったのだが……。
〈チョウって事で最初に思い浮かぶのは、やはり、モンシロチョウでしょうか?〉
〈いやいや、アゲハなんじゃない? アタシ、小さい頃に良く追い掛けてたよー〉
〈ふふふ、真凛さんに捕まるマヌケなチョウなんていませんって〉
〈むぅ〉
〈まあでも、アゲハは形状が独特だから、別のカテゴリーじゃないですか?〉
〈そっか。となると……、あれ、真凛ったら、どうしたの?〉
〈いや、さっき、アタシの脳裏に浮かんだ光景があってさあ……〉
〈真凛さんのくせに「脳裏」とか難しい言葉を使って、生意気です。まあ、そんでも、くだらない事でしょうけど……〉
〈いや、ちっちゃい時の鈴音がさあ、モンシロチョウの翅を一枚一枚むしり取っては、ニヤニヤと不気味に笑ってる姿なんだよねー〉
〈きゃー、止めて下さいよ。それ、そのまま悪魔じゃないですかあ〉
〈鈴音ちゃん、魔王降臨かも〉
〈もう、珠姫ちゃんに郁代ちゃんまで、酷い! 歩けない私が、チョウなんて捕まえられる訳ないのに……〉
〈あ、そうだったあ。鈴音、ごめん〉
〈分かったなら、良いです。チョウは捕まえられなかったですけど、公園でバッタとかなら、良く捕まえてました。だって、自分から服とかにへばり付いてくるんだもの〉
〈で、逃がしてあげたんだよね?〉
〈もう、凜華さんったら、当然じゃないですかあ。まあ、全部の足を取ってからですけど……〉
〈あ、あの、鈴音ちゃん……〉
〈だ、だって、私は歩けないのに、バッタなんかにも足があるなんて、許せなかったっていうか……、ぐすん〉
結局、使い物にならなくなった鈴音は放っておいて、凜華はネーミングの議論を再開したのだった。
★★★
ところが、鈴音がいないと、なかなか良い案が出て来ない。そうこうするうちに鈴音が復活してしまった。
〈モンシロチョウって言えば、シロチョウ科でしょうか?〉
〈でも、真凛は「ミズイロ」だし、里香は「ブルー」なんだよね?〉
〈そうですね。まあ、「シロチョウ」は長いし、「シロ」だと犬みたいだし、「ミディアム」のままで良いんじゃないですか?〉
〈なんか、投げやりな気がするなあ……〉
〈では、後回しという事で先に「ラージ」ですけど、アゲハは、さっき言った理由で却下です〉
〈アゲハって、長い尾っぽみたいなのがあるもんねー〉
〈正確には突起だと思いますけど、まあ、どうでも良いです。となると、確かタテハチョウ科ってのがありますから、「タテハ」で良いんじゃないですか?〉
〈あ、あの、鈴音ちゃん、なんか怒ってる?〉
〈別に、怒ってませんけど……〉
鈴音のことは気になったけど、凜華は、〈じゃあ、「ラージ」は「タテハ」で提案してみるね〉と纏めようとした。でも、相変わらず鈴音は、渋い表情のままだった。
〈あの、凜華さん。そんなに簡単に決めちゃっていいんでしょうか?〉
〈別に良いじゃん。音の響きも良いし、呼び易いと思うよー〉
〈真凛さんは、黙ってて下さい。何でもテキトーなんだから……。私達が考えたのが、この先ずーっと使われる事になるかもしんないんですよ〉
〈いやいや、嫌なら、そのうち誰も使わなくなるから大丈夫〉
〈そうですか……。あ、あの、将来、アゲハチョウのような「ムシ」が生まれたら、「アゲハ」の区分けも設けるんですよね?〉
〈うん。それも提案しておくね〉
〈「アゲハ」かあ。きっと、どでかい「ムシ」なんだろうなあ〉
〈な、何で、あたしの方を見るんですかあ〉
〈だってえ、巨大な「アゲハ」の周りを、うろちょろと飛び回る「シジミ」の事を考えるとさあ……〉
〈真凛さん、ひっどいです。もう口を利いてあげないんだから〉
〈そういや、さっきもそう言ってたよねー。てか、うちらって、口を使わずに喋ってるんだけどー〉
〈むぅ〉
★★★
〈となると、最後は「ミディアム」なんだけど……〉
〈うーん、「シロチョウ」は、やっぱり駄目ですよねえ〉
〈アタシ、白くないもんねー〉
〈一応、キチョウとかもシロチョウ科ではあるんですけど〉
〈略字だと「S」になって、「シジミ」と被っちゃうのも、問題〉
しばらくの間、全員が考え込んでしまった。
〈あ、そうだ。「フツウ」はどう? 三文字だよー〉
〈却下です〉
〈あ、「M」に拘るんなら、「真ん中」って意味で「マナカ」はどうかなー?〉
〈却下です。どっかのカードみたいで駄目です。そもそも、何で日本語なんです?〉
〈「シジミ」だって、日本語じゃん〉
〈「シジミ」は、可愛いから良いんですぅ。もう、センスを疑いたくなりますよ……って、それが真凛さんでした〉
〈なんか、鈴音ってさあ、アタシにだけ厳し過ぎると思うんだけど-……〉
〈それは、今更だよ、真凛。それより、夜も更けてきたから、そろそろ決めちゃわない?〉
〈あの、凜華さん。夜中と言えばミッドナイトですから、いっその事、「ミッド」にしません?〉
〈そうだね。このままだと日付も変わっちゃいそうだし……〉
そんなこんなで、長々と議論が続いた結果、「ミッド(M)」に落ち着いた訳だが、その後、「タテハ(T)」と「シジミ(S)」が幅広く使用されているのに対し、「ミッド」の使用は限定的でしかない。
尚、この時に話題に上がった「アゲハ(A)」の「ムシ」も少数ながら誕生し、翅のサイズは四種類となるのだが、それは少しだけ先の話である。
END096
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「真凛の名前の話」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。
★★★
本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。
(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
https://ncode.syosetu.com/n0842lg/
また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。
【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~
https://ncode.syosetu.com/n6201ht/




