095: 初めてのシジミ(2)
◇2039年12月@福島県郡山市&本宮市 <玉根凜華>
玉根凜華と穂積郁代の二人の「ムシ」が、ラーメン屋の二階にある部屋に飛び込んでからの事は、だいたい、いつもと同じだった。
まずは、部屋の隅で怯えてる小柄な女の子を、二人で懸命に励ましてあげる。その子の全身が光り出したら、一緒に「ムシ」になって外へ出る。その子が落ち着いたら、改めて自己紹介。それから、「ムシ」についての基本事項を、かいつまんで話して行く。
その後、三人で本宮市街地の周辺をしばらく飛んでいると、突然、その子が、〈疲れたー。お腹空いたー〉と喚き出した。飛び始めて、まだ三十分。凜華は、『いくら何でも早過ぎない?』と思ったけど、その子と郁代を促して、さっきのラーメン屋の二階に戻ったのだった。
その子の名前は、国分珠姫。身長が百四十あるかないかで、小柄な子ばかりの「ムシ」の中でも、とびっきり小さいって感じだ。
やっぱり、髪の毛は淡い茶色で色白で痩せっぽち。歳は郁代と同じ小学六年生との事。恐る恐る訊いてみたけど、身体の欠損や障碍とかは無いみたいだ。
その珠姫ちゃんの特徴は、丸みを帯びた小さな翅だった。もちろん、小柄な彼女よりは大きいけど、今までの「ムシ」の誰よりも小さい。せいぜい、開長二メートルちょっとって所だろうか?
色は鮮やかな青紫で、外縁と放射状の翅脈は黒。変異を解いた時はフルーティ-で甘酸っぱい匂いがするから、名づけるとしたら……。
〈えーと、ブルーベリーって所でしょうか?〉
〈ブルーベリーかあ、うん、ピッタリだね〉
〈あ、でも、スモールって感じかも〉
〈あ、あの、郁代ちゃんだっけ? それって、ちょっと酷くない?〉
〈えっ、何が?〉
〈だって、チビってディスられてる感じなんだもん〉
〈あ、ごめんなさい。気付かなかった〉
〈気付かなかったって……、まあいっか〉
〈ひょっとして、「天然ちゃん」とか思った?〉
〈いやいや、初対面の子には言えませんって……、うーん、この心話って奴なら、何でも言えちゃったりして〉
〈ふふっ、私も最初のうちは、そんな感じだった〉
凜華は、郁代と珠姫の会話を聞きながら、ふと思い付いた事を口にしてみた。
〈なんか、珠姫ちゃんの翅って、シジミチョウって感じしない?〉
〈あ、それって良いかも。翅の形が丸っこい所なんかも、そっくりな気がします〉
〈ふふ。じゃあ、ブルーベリーのシジミちゃんって事にしよっか?〉
こうして、当面の間、珠姫は「シジミ」と呼ばれる事になったのだが……。
〈あのー、あたし、何の事か今ひとつ分からないっていうか、それって、渾名みたいなもんですか?〉
〈まあ、そんなとこかな。それより、お腹空いたって言ってなかったっけ?〉
〈あ、そうだった。ちょっと待ってて下さい。お母さんに、賄いが出来ないか訊いて来まーす〉
そう言って珠姫ちゃんは、ドタドタと木製の階段を駆け下りて行ってしまった。
★★★
そして十分後、三人の「ムシ」達は、ラーメン屋の一番奥の四人掛けテーブルを囲んで、醤油ラーメンを啜っていた。
傍からだと無言に見えるが、実は頻繁に会話を交わしている。
〈でも、この心話って奴、便利ですね。食べながらでもお喋りできる所とか、最高です。それに、あたしって、いつも両親にお喋りだって言われてるんで、心話が使えると助かります〉
〈駄目だよ、珠姫ちゃん。心話は、「ムシ」同士じゃないと使えないんだからね〉
〈えっ、そうなの? ざんねーん〉
〈まあでも、「ムシ」になった事でのメリットはいっぱいある筈だから、ひとつずつ確認して行けば良いと思うよ。視覚や聴覚が向上したり、頭も良くなったり……〉
〈えっ、それマジですかあ〉
〈うん、私も「ムシ」になって、記憶力とか凄く上がったって思う。漢字のテストとか楽勝だった〉
〈あ、そういや、あたしも月曜に漢字のテストだあ。えへっ、今回は勉強しなくても行けるかも〉
〈あのね、珠姫ちゃん。一度は覚えないと、記憶力の良さが発揮できないの。だから、ちゃんと勉強はしなきゃ駄目だよ〉
〈うっ……〉
凜華が窘めると、珠姫は少しだけしょんぼりしてしまった。
その時には全員がラーメンを食べ終えていて、美味しかった事に大満足。さすが行列のできるラーメン屋だと凜華は思った。
そうして凜華と郁代の二人が、カウンター奥の珠姫のご両親に「御馳走様でした」と言って、お暇し掛けた時だった。
「あのね、お母さん。あたし、お空が飛べるようになったんだよ」
「あらまあ、珠姫ったら、また夢のようなこと言っちゃって……、それより、珠姫のお友達二人だけで帰しちゃって大丈夫なのかい?」
「あ、私達なら大丈夫です。自分達で帰れますので」
「そうかい。でも……」
その時だった。二階から小さな子が階段を駆け下りて来て、珠姫のお母さんに言ったのだ。
「お母ちゃん。お姉ちゃんが、さっき背中に変な翅をはやしてたんだよ。えーと、青紫のまあるい光の翅……」
「ちょ、ちょっと姫織、お客さんがいるんだから、変な事言わないの」
「だってえ、ほんとの事なんだもん」
「そうだよ、お母さん。あたし、本当にお空が飛べるようになったの」
ここへ来て珠姫のお母さんも、娘達の言葉の意味を真面目に考え出した様子。彼女は凜華の方へチラっと目をやると、まるで初めて気付いたかのように、「あら、珠姫のお友達も茶髪なのねえ」と言った。
口調はおっとりだが、目は笑っていない。それから、しばらく考え込んだ様子の後、何故か凜華に向かって、「ごめんなさい。お話し、聞かせてくれるかしら?」と言った。
それは、何かを思い詰めたような有無を言わせぬ口調で、凜華は「分かりました」と返すしかない
「あなた、丹治くん、ごめんなさい。ちょっと上へ行って来るわ」
「おう」「了解です」
丹治というのは、ここの男性店員のようだ。
そうして凜華と郁代は、再び二階へと連行されて行ったのだった。
★★★
二階の客間に通された凜華と郁代は、珠姫の母親の国分珠代と向かい合って座っていた。
彼女の横には、珠姫と姫織がいる。姫織というのは、珠姫の妹で小学二年生。郁代の妹の桔花ちゃんと同じ歳だ。その彼女も珠姫と同じ淡い茶髪。きっと、これから二人は仲良くなれるに違いない。あ、そう言えば、咲彩ちゃんも同じ歳だから、三人娘になるのかも……。
そんな風に凜華が束の間の現実逃避をしていると、目の前の珠世が相変わらず厳しい目付きで、「さあ、話してもらいましょうか」と言った。観念した凜華は、取り敢えず自己紹介から始めた。続けて、郁代の紹介も行う。
「あら、郡山と須賀川から来たのね。どう見ても小学生にしか見えないのに、偉いわね」
「いや、私は中学一年生です。郁代は珠姫さんと同じ歳ですけど」
「あら、ごめんなさい。じゃあ、うちの珠姫みたいに、幼く見えるって事かしら」
「はい。私達、揃って色白で華奢な体質みたいです」
「という事は、本当に珠姫の仲間って事なの?」
「そうよ、お母さん。あたしもさっき知ったんだけど、あたし達、『ムシ』ってのになって、お空が飛べるの」
珠姫が「ムシ」という言葉を出したのに合わせて、凜華は自分のスマホを取り出して、「福島ムシ情報サイト」を表示させる。そして、それを元に、「ムシ」についての説明を行った。
更に、最後に珠姫が変異して部屋の天井付近に浮かんで見せる。小さな翅を持つ珠姫だからこそ、出来る芸当だ。
一応、凜華は、珠世が「化け物」と叫ぶのを覚悟していたが、やはり母親だからか、「まあ、綺麗ね」と感嘆の言葉を発しただけだった。だけど、それが却って心配になった凜華は、気が付くと声を発していた。
「あ、あの、なんか思った反応と違うっていうか……」
「あら、『化け物』とでも叫ぶかと思った?」
「あ、いや、その……」
図星だった。
「ふふっ、これでも驚いてはいるのよ。頭の中は、もう大混乱。でも、あたしの脳味噌って、元々容量が少ないもんだから、想定外の事が起こると、それ以上は考えないようにしてるの。まあ、あたしなりの処世術って奴かしらね」
珠姫のお母さんは、そう言ってケラケラと笑ってみせる。
「まあ、脳味噌の容量が足りないってのは、この珠姫もおんなじでね。バカな娘で申し訳ないけど、仲良くしてやって頂戴」
「はい。こちらこそ宜しくです」
凜華に合わせて、郁代も一緒に頭を下げた。
「いやいや、頭を下げなきゃなんないのは、こっちの方だよ。とにかく、事情は良く分かったわ。今日は娘の為にわざわざ来てくれて、どうもありがとう」
「いえ、うちらにしてみれば、当然の事をしたまでです。それに、ラーメン、ご馳走様でした。とっても美味しかったです」
「あらまあ、うちの旦那が喜ぶわ……。でも、似たような髪の毛のお嬢さんが、珠姫の友達になってくれて本当に良かったわ」
「ふふっ、『ムシ』になった子のご両親は、皆さん、同じ事を言われます……。それで、実は、『茶髪の子の保護者会』というのがあるんですけど……」
かくして、八番目の「ムシ」の子が誕生すると同時に、親へのカミングアウトも済んだ。この後、珠世は夫と話し合い、「茶髪の子の保護者会」への参加をアッサリと決めてもらえたのだった。
END095R
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「翅のサイズの話」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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