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094: 初めてのシジミ(1)

◇2039年12月@福島県郡山市&本宮市 <玉根凜華>


十一月末に行われた期末テストにおいても玉根凜華たまねりんかは、県内で二桁の順位を維持した。しかも、幼馴染の大谷知行おおたにともゆきよりも上位だった事で、彼女はすこぶる機嫌が良い。

ところが、知行はと言うと、他校とはいえ密かに恋心を抱いている安斎真凛あんざいまりんにまで、順位で負けていると分かり、大いに落ち込んでしまっている。

その真凛だが、なんと、県内順位で七十二位。真凛の中学では学年順位も出るのだが、そっちは、見事に三位だったのだ。二本松市のだけ温泉にいた時は底辺を彷徨っていたのを考えると、カンニングでもしない限り有り得ない順位だ。


いや、本当を言うと、真凛はカンニングをしている。「ムシ」になって心話が使える事から、密かに分からない問題を、紺野鈴音こんのすずねに心話で教えてもらっていたのだ。

その鈴音は、小学六年生。中学一年の真凛が小学生の鈴音に答を訊くのは、何ともおかしな話ではある。だけど、生まれつき頭が良くて、既に中学の学習を完全に先取りしている彼女なら、中一の定期テストの問題なんて朝飯前なのだ。

それに、カンニングとはいえ、頭の中での会話のやり取りなので絶対にバレない。それでも、『倫理的にどうなのよ』と思わなくもないのだが、その分、真凛が必死に勉強していたのも知っているので、凜華も大目に見ることにしていた。

まあ、知行には少し可哀そうだけど、自信家の彼には、きっと、これくらいが丁度良い。これで一念発起して、更なる高みを目指して欲しい。


そんなこんなで、早くも暦は十二月の師走である。郡山の街中まちなかでも雪がちらつき、ビルの屋上なんかは、変異を解いた途端に凍えてしまいそうになる寒さだ。

だけど、最近は穂積郁代ほづみいくよと一緒にいる事が多くて、彼女といると心が癒されて穏やかな気分になれるので、あまり寒さが気にならない。先月に「ムシ」になったばかりの郁代は、人を癒す能力を持っているようなのだ。

もちろん、「ムシ」に変異すれば寒さは感じないのだけれど、周囲が寒々しいので、そっちに心は引っ張られる事が多い。それが郁代といる事で癒されるなら、それに越した事はないのである。


もっとも、相変わらず真凛とも頻繁に会っていて、彼女と会えば温泉に行く事になるから、それもまた癒しではある。そして、そこに紺野鈴音だの南相馬みなみそうま市の門馬里香もんまりかだのが加わる事もあって、最近、凜華の周りは賑やかだ。

更に、時々は岩木市から矢吹天音やぶきあまねが来てくれる事もあるのだが、その場合、物怖じしない真凛を除いたメンバーは緊張してしまい、少々ぎこちない応対になってしう点がやっかいだ。

最初に「ムシ」になった存在であり、一人だけ中学二年の天音は、特に小学生の「ムシ」達にとっては雲の上の存在なのである。



★★★



十二月の最初の日曜日、そして奇しくも、「福島ムシ情報サイト」のオフ会が開かれたのと同じ日、玉根凜華は、耳元に置かれたスマホの振動で目覚めた。

時刻は、午前七時半になろうかという所。着信したメールは、安斎真凛からだった。


『凜華、例の予兆があるよ。たぶん、凜華の家の近く』


ベッドから上半身を起こした凜華は、じっと耳を澄ましてみる。何も聞こえないけど、何となくもやもやする。予兆って、これの事だろうか?

取り敢えずは真凛に『教えてくれてありがとう』と変身を打ってから、まずは天音と郁代にだけ、その事を知らせておく。


午前中は勉強をやって過ごして、お昼は珍しく家族三人で外食した。中間テストで順位が上がったご褒美との事だった。凜華は、ビックサイズの和風ハンバーグを大口を開けて頬張りながら、新しい「ムシ」の子の事を考えていた。

この時間になると、凜華にも真凛のメールにあった「予兆」の実感があった。場所は、北だ。でも、二本松までは行かない感じ。となると、本宮もとみや市の辺りかもしれない。


「どうしたんだ、凜華、考え込んだりして?」

「まだハンバーグ、半分残ってるわよ。珍しいじゃない。体調悪いの? ビックサイズじゃなかった方が良かったかしら?」

「ううん、ごめんなさい。そうじゃないの。ちょっと、気になる事があって……」

「気になる事って、学校の事かい?」

「ううん、違う。あのね、どうやら今日、新しく『ムシ』になる子がいるみたいなの。たぶん、本宮の子」


凜華の両親は夏のキャンプに参加してないけど、大谷真希(まき)の勧めで、ちゃんと保護者会には参加している。だから、「ムシ」に関する情報もきちんと共有していた。


「えっ、そんな事が分かるのかい?」

「うん。一番に得意なのは安斎真凛なんだけど、今の時間だと、私にも分かるみたい。たぶん、夕方だと思う。うーん、夕ご飯が食べられないかも」

「早めに食べて行きなさい」


先月、穂積郁代が「ムシ」になった時の事を覚えているからか、凜華の両親は協力的だった。


「そういや、次の保護者会を年末にやる話になっていただろう? それと合わせて、クリスマスパーティーをやろうって話が出てるんだ。菅野彩佳かんのあやかさんの発案なんだが、今は場所をどうするかって話をしていてね」

「ほら、冬だと雪の事もあるから、場所の立案は重要なのよ。せっかく計画したパーティーが、悪天候で駄目になったら残念だものね」


昔とは違って今の車は自動運転オートドライブが当たり前だから、余程の豪雪でない限り、雪道の走行も大丈夫になりつつある。それでも、両親はマニュアル運転で色々と苦労した世代だから、昔の考えが捨て切れなくても仕方がない。

しかし、場所かあ……。夏は岩木だったから、たぶん今度は中通りの温泉辺りが良いんだろうけど、やっぱり温泉旅館に泊まるとなるとお金が掛かる。子供だけの事だけを考えたら、スキー場でスキーやスノボ三昧ってのもアリなんだけど、日頃の仕事で疲れてる親達は嫌がるかも……。あ、そんでも、郁代ちゃんがいれば、大丈夫?


そんなことを考えながら残りのハンバーグを平らげた凜華は、それから間もなくしてレストランを出た。そして自宅に戻ってからも少しの間はダラダラと過ごし、日が暮れるのを待ったのだった。



★★★



夕方が近付いた頃、凜華の部屋に「ムシ」になった郁代が飛び込んで来た。どうやら彼女も予兆を感じていて、待ちきれなくなったみたいだ。

それでも凜華は郁代を押し留め、まずは母の美華みかが作ってくれたサンドイッチを一緒に食べた。


凜華が郁代と共に「ムシ」になって空へと舞い上がったのは、陽が沈む頃になってからだった。

本宮には、郁代に合わせてゆっくりと飛んでも、すぐに着いてしまう。僅か十分じゅっぷん少々で、二人は本宮市中心部の上空にいた。


〈凜華さん。あそこです〉

〈えっ、ひょっとして、あのラーメン屋さん?〉

〈そうみたいです。二階ですね〉


そのラーメン屋は、古い木造の二階建て。何となくノスタルジックっていうか、昭和の時代の雰囲気に満ちた「中華そば」って感じの店構えだった。

その時、凜華の頭に浮かんだのは、カウンターの向こうに頑固おやじがいて、大きな寸胴鍋に入った鶏ガラのスープを、太い腕に握った玉杓子でグルグルとかき交ぜているイメージだ。

凜華は、さっきサンドイッチを食べたばかりだというのに、思わず唾を飲み込んだ。


店の外には、寒いのに外で十数人が待っている。やっぱり、ここは人気店であるようだ。中にはカップルの男女もいて、身を寄せ合って笑い合っていた。

てことは、両親は忙しく働いていて、問題の彼女は二階の部屋に一人でいる筈……。


〈さあ、行くわよ〉

〈えっ、いきなりですか?〉

〈当然〉


凜華は、その子がいる筈の二階の部屋へと、躊躇わずに飛び込んで行った。




END094


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「初めてのシジミ」の後編になります。八人目の「ムシ」が誕生します。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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