092:「福島ムシ情報サイト」オフ会(1)
◇2039年12月@福島県郡山市 <関口仁志>
十二月の最初の日曜日、ようやく待望の第一回「福島ムシ情報サイト」オフ会が、郡山市の駅前繁華街にある喫茶店で開催された。時間は午後二時からの二時間で、会場となったのは、二瓶丈晃の知人の店との事だ。
参加者は、主催者の関口仁志を含めて十四名だった。やはり全員が男性で、内訳は社会人三名、高校生九名、中学生二名。高校生九名の詳細は、朝香高校六名と岩木高校三名で、関口以外の岩木のメンバーは、彼の友人の江尻貴志と蛭田健吾。朝香高校の方は、全員が二瓶丈晃を中心としたUFO研究会のメンバーだ。中学生の二人もまたUFO研究会メンバーとは面識があるらしく、来年に朝香高校を受験する予定の三年生との事。
つまり、社会人三名だけが、この集団の中では少し異質な存在なのだった。そして、その事は彼ら自身も思ったようで、三人は隅のテーブルに纏まって座っていた。
さて、今日のオフ会だが、各自が飲み物の注文を終えた後、まずは関口が開会を宣言。要は、関口が「福島ナゾの光情報サイト」開設一周年を記念して、初めてのオフ会を企画したといった内容だ。
そして、全員に集まってくれた事へのお礼を述べてから、各参加者に簡単な自己紹介をしてもらう形で始まった。
その後、再び関口が立ち上がり、「福島ムシ情報サイト」を立ち上げた経緯を簡単に説明した後、冗談交じりに「次回は、ぜひ女子にも参加してもらいたいですね」と言った上で、その為には、「大勢の女子が閲覧してくれるようなサイトにしたいので、皆さん、ご協力をお願いします」と続けた。
「……あの、それで将来的には、『ムシ』の子にも書き込みをしてもらいたいっていうか、えーと、僕個人としてはですね、『その子達と仲良くなれたらなあ』って思ってまして……、今日は、その為の環境作りっていうか、どうしたら『ムシ』達と仲良くなれるかっていうのを皆さんと一緒に考えたいっていうか……、えーと、そういった趣旨に賛同して頂けましたら、ぜひともご協力をお願いします!」
関口は、幾分たどたどしい口調ながらも、こんな調子で話を纏めて頭を下げたのだが……。
「あの、君は本当に、『ムシ』が人間の女の子だと思っているんかい?」
最初に発言したのは、菊地という社会人の男だった。割と長身で、チノパン、ホワイトシャツの上にカジュアルなジャケットを羽織ったといったスタイル。年齢は今日の参加者の中で最年長で、恐らく二十代後半かと思われた。
「はい、僕はそう思ってます」
「だったらさあ、それを証明したいとは思わないのかな?」
「えっ、どういう事ですか?」
そこで声を上げたのは、菊地よりも若い横田という社会人だった。彼は菊地よりも更に長身でガタイが良く、セーターにジーンズといった格好で、そもそも、こうしたオタクっぽい集まりには、少々似合わない感じの男だ。
「あの、菊地さん、すんません。オレから言わせて下さい……。要するにだな、オレらで『ムシ』を捕まえて、その情報をマスコミとかに売り込んでやるわけよ。まあ、マスコミに伝が無いんだったら、オレらで動画を撮影して、それを動画サイトに投稿するってのもアリだわな。そんでもって、そのリンクを、このサイトに貼りや良いんじゃね?」
その横田という男は、さっきサバゲが趣味だと言っていた。つまり、「ムシ」達をゲームの獲物として捉えているような発言であり、当然、関口としては容認できない。彼としては、矢吹天音逹を害するような輩を、決して許す訳には行かないのだ。
「あの、すいませんが、その考えに僕は賛同できないです。『ムシ』が普通の女の子だとしたら、それって、その子の人権を無視する事になりませんか?」
「いや、そうじゃねえだろう!」
「そうだぞ。サイトにあった『ムシ』の動画を見たんなら、お前だって分かるだろうが。ありゃ、どう見たって化け物だぞ。変異だか変身だか知らんが、いくら『元は普通の人間だった』って言ったって、あんな姿になった時点で、オレは普通の人間だなんて思わねえ!」
関口の意見に、残りの社会人の鈴木が声を上げ、その後で横田が関口の考えを頭ごなしに否定した。
ちなみに、その鈴木は横田と同じで、あまり柄の良くない、つまり、関口としては付き合いたくないタイプの男だ。
横田の発言で頭に血が上った関口は、気が付くと怒鳴っていた。
「そんでも、普通の女の子かもしれないじゃないですか!」
すると、横田が笑い出した。
「兄ちゃん、あの『ムシ』ってのに、スゲー思い入れしてんだな。まあ、オタクって言われる人種にはありがちな事だがよ……って、俺もミリオタだったわ」
とはいえ、ミリオタは、他のオタクとは対極的な人種かもしれない。特に、この横田という男は筋肉質であり、身体を鍛えているのが丸分かりだったからだ。
そこで、さっきの菊地が再び口を開いた。
「まあ、管理人さんが『ムシ』に思い入れがあるのは、当たり前なんじゃないかい。なんたって、このサイトの主催者なんだから」
「なるほど。そりゃあ、そうかもしれんわな」
どうやら、横田も納得したようだった。
すると、その時、可愛い身なりの女性二人が全員の飲み物を運んで来た。彼女達は、揃ってミニスカメイド姿。この店の料金がお高めなのは、彼女達の衣装が原因のようだ。
その彼女達の後ろ姿を、大半のメンバーが未練がましく見送った所で、改めて関口は自分の考えを口にした。
「あの、とにかく僕はですね、『ムシ』の子の人権を無視する行為には反対なんです」
「人権ねえ。オレは、化け物に人権なんかねえと思うんだが……」
「あ、あの、俺も関口さんの意見に賛成っていうか……。だって、特殊な能力があるってだけで人権が無いと見做すのは、いくらなんでも横暴なんじゃないですか?」
「僕も、見た目だけで彼女達を判断して欲しくないですね。てか、その見た目にしたって、画像とか見た限りでは凄く綺麗で、化け物なんて呼ぶのは、ちょっと違うと思うんです」
ここで関口に加勢してくれたのは、意外な事に中学生の二人、早坂柊耶と佐々木淳だった。社会人のテーブル以外のメンバーから意見が出たのが初めてだった点でも、関口は勇気付けられた。
ところが、相手が中高生だと舐めて掛かっている社会人達は、攻撃の手を緩めてはくれない。
「あのなあ。お前らが何と言おうと、あの『ムシ』って奴は、どう見ても化け物だぞ。お前ら、ちゃんと現物を見て言ってんのか?」
「そうだそうだ。アレが可愛いとか、バカも休み休み言え」
「まあ、お前らが夢を見るのは勝手だが、オレは、化け物のような姿に変異するような連中を、人間だなんて思わねえ。普通の奴は、そう思うんじゃねえか? あ、それとだ。化け物には、人権なんてねえ。それは、分かるよな?」
その問い掛けには、関口も頷くしかなかった。人権が認められるような存在であれば、化け物なんて呼ばれる筈がないからだ。だけど……。
「あの、僕もちゃんと実物を見て言ってるんですけど、やっぱり、綺麗だって思いましたよ」
関口がそう言うと、横田と鈴木は揃って顔を顰めた。『お前、頭おかしいんじゃねえか?』とでも言いたそうな顔だ。
そこで、さっきの中学生の早坂が再度、口を挟んできた。
「あの、今の話の論点って、化け物の定義だと思うんですけど、合ってますか? そちらの皆さんは、『ムシ』を化け物だと思っておられるようだけど、関口さんも俺も『ムシ』は化け物じゃなくて、女の子だと思ってる訳です。まあ、そこには感性の違いとかがあるのかもしれませんけど、僕らは外見がどう変わろうと、元々が女の子なら女の子であって、当然、人権があると思ってて……」
「だから、『ムシ』が女の子ってのは、まだ未確定情報だよね?」
そこで早坂の言葉を遮ったのは、社会人の菊地だった。関口は、早坂に彼の相手は荷が重いと思って声を上げた。
「えーと、菊地さんでしたっけ? ここでは、『ムシ』が女の子って前提で話しを進めませんか? たぶん、横田さんとかも、そう思っておられますよね? まあ、早坂君の言う通り、その女の子が化け物かどうかっていう点で、認識の違いはありますけど」
関口の問い掛けに横田は、「まあ、そうだな」と頷いてくれた。
次に声を上げたのは、早坂と同じ中学生の佐々木だった。
「あの、念のために確認しますけど、僕は、『ムシ』の子って、ずーっと『ムシ』のままじゃなくて、普段は普通の女の子の姿で生活してるんじゃないかって思うんです。この点、皆さんの意見と相違ないですか?」
それに答えたのは、江尻だった。
「それって、自由に『ムシ』になったり元の姿に戻ったりできるって事だよね?」
「はい」
「だったら、俺も同じ認識だよ。関口もそうだよな?」
江尻の問いに、当然、関口は頷いて見せた。
「ありがとうございます。で、そうだとすると、彼女達は、ある日、突然に『ムシ』に変異できるようになったんだと思うんです」
関口は、この佐々木という中学生の想像力に舌を巻いた。その通りだったからだ。
ところが、すぐに横田から声が飛んだ。
「お前は、何が言いたいんだ?」
「あの、今まで普通の女の子だったのに、ある日、急に『ムシ』になった訳です。たぶん、最初に『ムシ』になった時は、すっごく怖かったんじゃないかって思うんです」
「なるほど……。まあ、そうかもしれんな」
そこで横田が頷いてくれたので、佐々木は、その横田に質問した。
「それで横田さんは、もし、その子が、ご自分の娘さんだったら……あ、妹さんでも良いです。もし、その子が急に『ムシ』になったとして、すぐに化け物だって切り捨てたりできるんですか?」
だけど、その佐々木の鋭い質問に、横田は笑って否定した。
「あはは……、全然、問題ないな。オレは結婚してねえから娘なんていねえし、オレの妹は自分で言うのもなんだが、それこそ化け物のような女だからよ」
どうやら、この横田という男は、兄妹仲が悪いらしい。
そこで、またもや菊地が口を開いた。
「さっきから君達の話って、平行線だよね。それに僕は、『ムシ』が化け物かどうかより、『ムシ』が人間の女の子かどうかって方に関心があるんだが……。なあ、取り敢えず、化け物の議論は保留って事にしないかい?」
そこで、関口もまた、頭の中で今までの議論の流れを反芻した。そして大きく息を吸うと、努めて穏やかな口調で、「ですが……」と言ってから、先を続けた。
「あの、管理人の立場で言わせて頂きますと、僕は『ムシ』というのを、『人間の女の子が後発的に獲得した能力である』という前提で、このサイトを運営して行きたいと思うんです」
そう言った後で関口は、改めて会場内に目を走らせたのだった。
END092
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「『福島ムシ情報サイト』オフ会」の後編になります。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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