091:オフ会開催準備
◇2039年11月@福島県岩木市 <関口仁志>
「福島ムシ情報サイト」の管理人、関口仁志は、自室の窓から見える古い七階建てのアパートを、ぼんやりと眺めていた。
思い起こせば去年の九月、関口が目の前のアパートから飛び出す銀色の光を偶然に見付けたのが、全ての始まりだった。そのうち、その光がアパートに吸い込まれる所も目撃してからは、毎晩、外が光る度にアパートの方に目をやるのが習慣になってしまった。もっとも、その大半は車のヘッドライトだったのだが、十回に一度くらいはアパートから出たり入ったりする銀色の光だった。
更に、夜間、コンビニに行った帰りに夜空を移動する光を見るにつれ、いよいよ気になり出した関口は、思い切って「福島ナゾの光情報サイト」を開設。謎の光についての情報を、幅広く多くの人達から集める事にした。
それが昨年の十一月の事で、そのサイトを開設してから間もなく一年になろうとしている。
やがて年が明けると、その謎の光が「チョウ」の形をしているのが分かり、「福島ムシ情報サイト」と名称を変更。その際、名称を「チョウ」とすべきとの意見もあったが、今後「チョウ」以外の形状の光も発見される可能性を考慮して、「ムシ」の名に落ち着いた経緯がある。
その後、急激に閲覧者を増やし、現在は県内の男子高校生の半分近くが存在を知っている程に、高い知名度を誇るサイトに成長している。
一方、関口が知る限りではたった一匹(一人)だった「ムシ」は、今や七人まで増えた。その間、「チョウ」の胴体部分が人型の少女の姿であるのを知り、更に今年の七月末の岩木市小名浜での花火大会の際、遂に関口は、地上に降り立った「ムシ」を目撃。変異を解いた姿が、普通の女の子だったのを知って驚愕する。
その二日後、その少女、矢吹天音と関口は、たまたま家の近くのコンビニで出くわして、小一時間ほど話をした。その結果、彼は天音に単なる好印象以上の感情を抱き、『彼女の役に立ちたい』と強く思うに至った。
そして、それは天音の方も同じだったようで、関口は彼女から、六人の「ムシ」達とその家族が集まってのキャンプに誘われた。そのキャンプで「ムシ」達の親達は保護者会を立ち上げるのだが、その際に彼は、「福島ムシ情報サイト」の管理人の立場から意見を述べたり、「ムシ」達の将来の懸念事項について話し合ったりした。
その日は彼にとって、まるで夢のような出来事の連続だった。なにせ、六人もの「ムシ」達と、実際に会って話をする機会が得られたのだから、舞い上がって当然だ。
もっとも、関口はロリコンではない。断じて違う。だけど、三つ年下の矢吹天音に関しては内心で、『妹みたいで可愛いな』とか、『守ってあげたい』とか思っていたりする。それには、関口もまた一人っ子で、昔から妹という存在に憧れ続けてきた事もまた、大きく影響しているのかもしれない。
こうして、期せずして「ムシ」達に関わる事になった関口だが、その後、更に彼は彼女達に深く関与して行く事になるのである。
★★★
「福島ムシ情報サイト」への性的に過激な書き込みが続く事に対し、天音から対策を依頼された関口は、即座に行動を開始した。
まずは、「管理人からのお願い」というタイトルで、サイトのフロントページに囲い込みでのコメントを掲載。具体的には、「最近、女性の閲覧者から多数のクレームが寄せられている為、サイトの品位を下げる性的な書き込みを控えて欲しい。特に酷い表現がある投稿については、積極的に削除させて頂く。その際の基準として、『未成年の女性が見ても気分を害さない表現」を念頭に置いて頂きたい」といった趣旨の要請だ。
更に、そうした制限を設ける目的として、「若い女性でも気持ち良く閲覧できる内容とする事で、最終的には『ムシ』達自身が閲覧してくれて、気軽にコメントを掲載してくれるサイトとなる事を目指したい」とした。
実際には既に「ムシ」達やその関係者全員が閲覧し、時々コメントまで載せてくれてもいるので、この部分は閲覧者の気を引く為の文言である。
当然、関口が「ムシ」達と親交があるのは秘密であり、このサイト上での「ムシ」達の扱いは、神秘であり神聖なる存在。ただし、いつかは彼女達に近付ける可能性を示唆する事で、更なる閲覧者数の増加を目論んでいるという訳だ。
ただし、その際には単純に閲覧者を増やすのではなく、若い女性を含めた幅広い層を取り込みたいと考えている。だからこそ、若い女性が顔を顰めるような表現は控えて欲しい。そうする事で、「性別や年齢に関わらず、社会全体の「ムシ」に対する反応を知りたい」というのが、関口の本音であり、依頼内容の根拠ともなっていた。
反応は、すぐにあった。大方は好意的なコメントが多く、特に蒐集家からは、『主旨は理かいした。今後、管理人の目的に応じた品位ある表現を心掛ける。引き続き同サイトをサポートして行きたい』といった有難いコメントを寄せてくれた。
しかし、その一方で、関口の要請への反発的なコメントも多く寄せられた。
『どうせ、こんなサイトを見てる女なんて、ほとんどいねえんじゃねえの?』
『コメントに対する意見は、堂々とサイト上でやり合うのが筋だろう』
『性的な表現が駄目だとか言ったって、一応、R18に抵触しそうなのは避けてるんだがな』
これらの意見に関口は丁寧な返答をしたのだが、先方は全く納得していない様子。サイトの主旨に合わないのだから退出を願うのは当然なのに、相手は敢えて炎上するのを狙っているようで、執拗に過激な言動を繰り返す。その都度、関口は彼らのコメントを削除して行くのだが、次々と悪質なコメントが寄せられて、もはや完全なイタチごっこになってしまっていた。
★★★
先日、天音と話した際にも話題に上がった、蒐集家を名乗る閲覧者とのコンタクトは、意外な形で実現した。関口の同級生で数少ない友人の一人の江尻貴志が、なんと彼の知り合いだったのだ。もっとも、知り合いとは言っても、それほど深い繋がりがある訳ではない。ゲームオタクでもある江尻もまたリアルでの友人は少ないのだが、オンラインゲーム上での知り合いを数多く持っている。そうした友人達に、『「福島ムシ情報サイト」って知ってるか?』と呼び掛けた所、『知ってる』と回答があった中の一人が、偶然にも蒐集家本人だったのである。
その彼の本名は、二瓶丈晃。関口逹よりもひとつ年上で、郡山市にある朝香高校の三年生だという。今は受験で大変な時期の筈だが、彼は相当な自信家らしく、「入試なんか、楽勝で合格してやる」との事。
ちなみに朝香高校というのは、岩木市の岩木高校と並ぶ県内の名門校である。
ところで、その二瓶が頻繁に、「福島ムシ情報サイト」へ投稿してくれている「ムシ」の画像だが、彼自身の手による物だけでなく、彼の友人や後輩達が撮った物も含まれるとの事。
二瓶は、元々UFO現象に興味があり、朝香高校に入学してすぐに「UFO研究会」というクラブを創設。そこの部長として、去年の秋頃から「謎の光」現象に注目していたらしい。つまり彼は関口のサイトに「蒐集家」の名前で、そのクラブの成果である画像を提供してくれていたという訳だ。
「関口が問題視していた書き込みなんだがよ、あれ、二瓶さんが書いたって訳じゃねえんだわ」
「えっ、どういう事だよ?」
「つまり、二瓶さんも『UFO研究会』の部長を後輩に譲っててさ、今は後輩達が画像をアップしてて、その際に悪ノリして、ああいう下品なコメントを加えてたって事だ」
「なるほどな。たぶん、そいつらのクラブって、男しかいねえんだろうな」
「ああ、そうだと思う。二瓶さん、『最近はサイトのチェックを怠ってたから、こんな事になってるなんて知らなかった』そうだ。『管理人さんに迷惑を掛けてすまなかった』って、謝ってたぞ」
「分かった。『謝罪を受け入れた』って伝えてくれ」
「そうするわ。あ、それと、サイト開設一周年を記念してのオフ会の事だけどな。さすがに今の時期に岩木まで行くのは、親の目もあって厳しいんだと。だから、『郡山でやるんなら出たい』だってさ。それと時期的には、『中間テストが終わってからにして欲しい』とも言ってたな。まあ、中間テストが終わってからってのは、当然だろうけどよ」
「そりゃそうだよな。僕らだって勉強はあるんだし……。まあ、どのみち、福島市とかの閲覧者もいるだろうから、僕もオフ会をやるんなら郡山だろうって思ってたんだ。江尻は、出られそうか?」
「日程次第なんだけど……って、まあ、十二月に入ってからなら、たぶん大丈夫だ。一緒に高速バスで移動しようぜ」
「だな」
「あ、会場の予約とかは、二瓶さんが後輩にやらせるって言ってた」
「となると、何人かは集まりそうだな。最悪、うちの高校と朝香高校の野郎ばっかになりそうだけど……」
という訳で、蒐集家という集団を率いる二瓶は謝ってくれたのだが、元々、蒐集家の名前でのコメントは、それほど過激ではなかった。せいぜいが、男子高校生の悪ノリ程度で、女子が見たら顔を顰めるものの、「バッカじゃないの」の一言で済ませてくれそうな内容だったのである。
それから、以前に「ムシ」達の間で話題になったという「モクレン」と「ブルー」の「ムシ」達二人の「ハダカでキッス」のイラストもまた、朝香高校UFO研究会のメンバーの手によるものだった。もっとも、そのイラスト自体は非常に秀逸な出来栄えで、「モクレン」の樫村沙良も「ブルー」の門馬里香も、『自分に関係しないイラストだったら、たぶん「趙可愛い!」ってって褒めてたと思う』とコメントしてたくらいだ。
いずれにせよ、本当に問題となるコメントを投稿しているメンバーは他にいて、その人達がオフ会に参加してくれるかどうかは未知数だ。だけど、二瓶が率いる朝香高校UFO研究会のメンバーと、今後のサイト運営についての意見交換をするだけでも、充分に有意義だと思える。
かくして、「福島ムシ情報サイト」の開設一周年を記念してのオフ会は、友人の江尻貴志のお陰で、何とか実現の目途が立ったのだった。
END091
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、いよいよ「『福島ムシ情報サイト』オフ会」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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