087:天音の新たなトラブル(2)
本日の二話目です。
◇2039年10月@福島県岩木市 <矢吹天音>
結局、矢吹天音は、下山田天志からの告白を断ってしまった。
「ええーっ、マジで下山田くんの告白、断わっちゃったの?」
「だってえ、身体が独りでに動いたっていうか、気が付くと断ってたんだもん」
「そっか」
高木苑実は、天音の表情を見て何かを悟ってくれたようだった。
「下山田くん、なんか、小さい頃に私の髪の毛とか引っ張ってイジメてた男の子と、そっくりだったんだ。何か上から目線で、『お前、オレの彼女になれ!』って言うの。『バッカじゃない!』って思っちゃった」
「ぷっ」
「もう、笑わないでよ……。でも、俺様系男子って、私、どうしても駄目なんだよね。生理的に受け付けないっていうか……。実は、私の従兄にも、そういう奴がいてさ。そいつ、最近まで会う度に絡んできてたんだけど、告白された時、そいつの顔がㇷッと頭に浮かんできちゃってさ。気が付いたら、『ごめんなさい』って頭さげちゃってた」
「そっかあ。そりゃしょうがないかもね。生理的に合わないっていうんじゃ、好きになれっこないよ」
「うん」
「でも、覚悟はしてると思うけど、これから大変になると思うよ。前にも言ったけど、あいつ、執念深いタイプだし、取り巻きの女子とかも似たようなのが多いから、絶対に嫌がらせしてくると思う」
「うん、分かってる。忠告ありがとう」
★★★
翌日、苑実から忠告を受けても、天音は普段通りに学校に来ていた。『どうせ、すぐには動かないだろう』と思い、まずは情報収集からと思ったのだ。
苑実には、「なんか、落ち着いてるねえ」と皮肉交じりに言われてしまった。
ところが、下山田の動きは予想外に早かった。
昼休みが終わる直前に下山田の友人を名乗る男子から、「放課後、体育館の裏手に来るように」と言われたのだ。当然、苑実には、「絶対に行っちゃ駄目!」って言われたけど、天音は素直に従ってやった。
普通の女子だったら断わるだろうけど、いつでも「ムシ」に変異して逃げられる天音にとっては、むしろ人気の無い体育館裏は有難い。
「てめえ、下山田さんの告白を断るだなんて、何様のつもりだ?」
「そうだぞ。お前みたいなブス、本来なら、下山田さんに言葉を掛けて頂いたってだけで、感激して跪くもんじゃねえんか?」
「そうそう。下山田さんの靴でも舐めろってんだ」
「いや、それは、ちょっと気持ち割言っていうか……」
そう言ったのは、下山田本人だった。天音は、『靴を舐められるのが気持ち悪いって思うくらいなら、最初から告白なんてすんな!』と内心で憤っていた。
「てか、てめえ、そんなとこに突っ立ってないで、下山田さんに謝れや」
天音は、彼らの意味のない発言に頭が痛くなってきた。
現在、目の前にいるのは、下山田本人を含めた男子五人。その全員が、同じスポーツクラブに通っている仲間なのだそうだ。横一列に並んだ五人の中で、下山田のポジションはセンター。顔にニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている所は、全然、アイドルっぽくない。自分勝手に告白なんかしといて、断わられたら集団リンチだなんて、一体全体どういう精神構造してんだろう? きっと、「この世界は俺を中心に回ってる」とでも思ってるんだろうな?
そんな風に天音が呆れていると、男子の一人が喚き出した。
「てめえ、さっきから何で黙ってんだ? ビビッてねえで、さっさと謝ったらどうなんだっ!」
「もう、良いんじゃね。さっさとハダカに剥いてやりましょうよ」
「あはは。そりゃ良いかもな」
結局、こうなるんだ。
そう思った天音は、冷たい目で男子達を眺めていた。下山田という奴は、もう少しまともだと思ってたけど、所詮は底辺レベルの不良だったようだ。
そうこうするうちに男子達が近付いて来たので、天音はサッと光を纏うと同時に、最大の光量で身体を発光させた。このやり方は、こないだ安斎真凛から聞いたもの。案の定、男子達は自分の目を押さえて、「目が痛ってえ!」「何にも見えねえ!」等と騒ぎ出した。
だけど、そんなのは自業自得。天音は、そんな彼らを無視して翅を出現させると、空へと舞い上がる。
旧校舎の裏手に着地した天音は、周囲に人がいないのを確認して、そっと自分の教室に戻った。そして、自分のリュックを背負って、普通に正門から学校を出て行った。
★★★
下山田からの告白の件は、翌朝、ほとんどの生徒が知る事となった。どうやら昨日は、下山田の仲間達が情報統制を行っていたらしい。それが、二日後の今日になって撤廃されたようなのだ。
いや、別の言い方をすれば、「天音を悪役としての噂が、一斉に校内全体で囁かれ出した」という状況でもあった。
「あんなに素敵な下山田さんからの告白を断るだなんて、もう信じられない!」
「下山田さん、可哀そう」
「矢吹って、あの金髪ヤンキー娘の事だろう? あいつ、自分が可愛いとか勘違いしてんじゃねえの?」
「そういや、矢吹って、前は地味な女だって感じだったんだけど、何で最近、有名になってんだよ」
「ああ見えて、割と成績が良いらしいよ」
「マジかよ。あの髪の毛、どう見たって校則違反だろ。優等生だからって、先生は何も言わないって事かよ」
「それって、ズルくない? どうせ自分がブスだから、校則違反してでも髪の毛とか染めて、可愛く見せようとしてんだよね?」
「汚いよな。いくら見た目と成績が良くても、性格ブスなんて最悪だろう」
「知ってる? 去年、あの子、男の先生をたぶらかして、研修所送りにしたって噂よ」
「あ、それ、聞いた事ある。てか、それって、永山先生なんじゃない?」
「そういや、去年の今頃、永山先生って学校にいなかったよな」
「私、永山先生が女子を打ったって聞いたんだけど、そういう裏があったんだね」
「そんでも、本人には全くお咎めなしなんでしょう? ひっどい話よね」
「あの子、大人しそうな顔して、相当に遊んでるって話よ。なんか、夜な夜な外を出歩いてるみたいなの」
「やっぱりね」
「あ、俺のダチも同じこと言ってた。そいつ、駅前で矢吹そっくりの女を見たんだってよ。そしたら、辺りが急に光り出して、気が付いたらいなくなってたって言うんだが、まあ、そっちは眉唾なんだけどよ」
天音の教室でも、朝から自分の話題で持ち切りだった。つい最近まで、天音の事を「女神」だのと持ち上げていた男子までもが、手のひら返しで避難してくる。天音にとっては、以前に戻っただけと思えなくもないのだが、これらの噂を真に受けて、再び、「夜遊びの常習犯」とかのレッテルを貼られて咎められたりしたら、たまったもんじゃない。
今回、天音には充分に心当たりがあるだけに、そういった事態は余計に回避したかった。
天音は、朝のホームルームが終わるや否や親友の苑実に、「ちょっと気分が悪くなったから、保健室に行って来るね」と言い残して、叔母で養護教諭の藁谷葉子の所へ駆け込んだのだが……。
「ごめんなさい。今の所、先生方の間では何も情報が出回っていないのよ」
「でも、去年の感じだと、そろそろ呼び出しを受けるんじゃないかと思うんです」
「さあ、それはどうかしら。去年とは違って、今のあなたは優等生だもの……。えーと、取り敢えずは私から教頭先生に、『下山田君から告白を断った為の嫌がらせ』って事は報告しておくから、まずは教室に戻りなさい」
さて、この後、やはり天音は、学年主任の先生から呼び出しを受けた。何で学年主任かと言うと、彼のクラスに下山田がいて、その先生に天音に関する無いこと無いことを吹き込まれていたからだ。
ところが、下山田はあまり成績が良くない上に日頃の素行に問題があった事から、その学年主任の先生も、彼の言う事を鵜呑みにしてはいなかった。それに去年の騒動で、天音の髪が地毛だといった事情は教師の間で共有されており、もはや、それを理由に天音が「不良」と見做され、一方的に咎められる事にはならなかった。つまり、天音が呼び出されたのは、念の為の確認に過ぎなかったのである。
これも、昔の様に公立の中学でも部活動が盛んで、下山田が外部のスポーツクラブでなく部活動の花形選手だったら、話は違っていた筈だ。だけど、学校として見た彼は単に成績の悪く素行にも問題のある生徒であって、教師が優等生の天音の肩を持つのは当然だったという訳だ。
それでも、生徒の側はそうは行かず、大半が噂を鵜呑みにして下山田の方を被害者だと信じてしまった。その為、この後も事ある毎に天音は「不良少女」と見做され、卒業するまで、美少女で優等生としての正当な評価を受ける事は無かった。
だけど、天音としては、その方がむしろ良かったのかもしれない。この後、男子から告白を受ける事が無くなり、そうした方面での煩わしさから解放されたからだ。
学校では相変わらず友人が少ない天音だったけど、この時期になると彼女は校外に多くの可愛い「妹達」がいた。よって、既に彼女は孤独とは無縁の日々を送っており、もはや、学校での評判なんかで落ち込む事にはならなかったのである。
END087
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「七人目の『ムシ』」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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