086:天音の新たなトラブル(1)
◇2039年10月@福島県岩木市 <矢吹天音>
矢吹天音の前期末テストの県内順位は、三十七位だった。去年の前期末テストで百位を切って以来、毎回、天音は順位を上げている。目標は十位以内だけど、これでも優秀な成績であるのは間違いない。叔母の藁谷葉子が言うには、大震災後に今の中学が新設されて以来、最高の成績だとか……。
学校教育がウェブでのEラーニング主体となり、定期テストが県内共通となって以来、公立学校の教師は、昔ほど生徒の成績に関わらなくなっている。彼らの一番の関心は生徒の素行であり、面倒事を起こさない生徒こそが好ましいといった認識が一般的なのだ。
ところが昨年になって、公立学校に通う生徒の学力低下に歯止めを掛けようと、県内の教員の査定における生徒の学力の比重を増やす方向に舵取りがされた。その為、この春から成績の良い天音に対して、教師達の見方が変わった訳である。
去年は、髪の毛の事で先生方から理不尽に絡まれたりした天音だが、さすがに最近は、誰も何も言って来なくなった。それだけ天音という生徒が先生方の注目を浴びている証拠と言える。
それでも天音は、自分の髪色が地毛だという認識を、全ての教師達が共有しているとは思っていない。たぶん、大半の教師は、未だに信じちゃいない筈。教師というのは、それだけ思い込みの激しい人種だし、所詮、人は自分の信じたい事しか信じないからだ。
だからこそ、今の天野の立ち位置は危うい。きっと、何かキッカケがあれば、すぐに誰もが敵に回ってしまうだろう。小学校への入学以来、天音が味わい続けてきた理不尽な仕打ちは、それほどまでに彼女の心に深く根を下ろしているのである。
それに加えて、周囲からの天音の評価が変わった事での弊害もある。天音の容姿が、多くの男子の目に晒されてしまった事だ。
綺麗な金髪と同様に、生まれつき天音は整った容姿をしている。「ムシ」になる前の彼女は、イジメを避ける為、極力、目立たないようにしていた。つまり、彼女の陰気ともとれる性格は、彼女なりの処世術でもあったのだ。
しかし、「ムシ」になって以来、以前の見えないベールを自ら外し、自然に振舞うようになった。そうして現れたのは、掛け値なしの美少女だった訳で、そんな彼女が男子達の熱い視線を浴びるのは当然の流れである。
その結果として天音は、自ら高スペックだと自負する男子達から、相次いで告白を受ける事になる。だけど、今までそんな経験をした事の無い彼女は、そうした男子達を上手くあしらう術など持ち合わせてはいない。
その為、天音が告白を断る度に、フラれた男子の恨みを買い、更には女子達の反感や妬みといったヘイトの対象にもなってしまう。そうして彼女は、男女共に多くの生徒達から、再び理不尽な嫌がらせを受けるハメになって行くのだった。
★★★
下山田天志は、優れた容姿と高身長、そしで均整の取れた肉体に恵まれた、自他共に認めるイケメン男子である。小学校時代からサッカーのスポーツクラブに入っており、今もジュニアのクラスでは、フォワードの一人として活躍しているとの事。実際はどうあれ、少なくとも彼自身は、将来を嘱望されるJリーガーの卵だと思い込んでいる。
そんな下山田は、ひとことで言って、プライドの塊のような男だった。
そんな彼の弱点は勉強ができない事だが、高校はスポーツ推薦で行けると信じているので、あまり気にしてはいない。実際、彼が所属しているスポーツクラブの会長は、そうしたコネを幾つも持っており、この後、大きなケガでもしない限り、彼の希望が叶う可能性は充分にあった。
さて、最近の天音は、度々男子に呼び出されるようになった。迷惑な事に、決まって時間は昼休み。場所は、図書室とかが多い。確実に誰もいないからだ。司書の先生はと言うと、いつも他の女の先生と空き教室とかでお弁当を食べている筈……。
もちろん、呼びだしの理由は、「付き合ってくれないか?」って奴。その「付き合って」の意味は、「一緒に購買部に行こう」とかの意味じゃないのは、さすがに天音にだって分かる。つまりは男女の「好き」って事なんだろうけど、今の所、ちゃんと「好きだ」って言われた事がない。だから、天音は毎回、「ごめんなさい」と返している。それは、「ごめんなさい。私、弁当なので、わざわざ購買でパンを買う必要がないので」を略したものと同程度の意味なのだが、果たして相手に伝わっているかどうか……。
ともあれ、今週は既に二回も男子からの「呼び出し」を受けている。どっちも他のクラスの一度も口を利いた事の無い男子で、しかも筋肉質で上背があって顔付も厳つい。正直、天音の苦手なタイプだ。きっと、「ムシ」に変異できるようになる前の天音だったら、怯えて固まっていただろう。しゃがみ込んで震えていたかもしれない。
尚、この告白イベントは、それだけでは終わらない。むしろ、天音にとっては、「ごめんなさい」の後の方が面倒なのだ。
何故か今まで天音に告白してきた男子は、揃ってガタイの良い厳ついタイプばかり。そうした輩は、だいたいプライドや自尊心が高く、後で様々な嫌がらせをしてくる事が多い。実際に天音は、既に三回、不良男子達に待ち伏せされている。当然、暴行を受ける前に変異して離脱した訳だが、その後の対応がまた面倒なのだ。今度は女子を使って、ありもしない出鱈目を言いふらされる事になるのだから……。
という訳で、二年になって改善し出した天音の評判は、最近、再び下降の一途を辿っている。そんな中、隣のクラスの高木苑美だけは、相変わらず親友としてあれこれとアドバイスしてくれるので助かっている。
だけど、そんな苑実が、今回ばかりは相当に慌てた様子で忠告してきたのだ。
「ねえ、天音。下山田くんからの呼び出しって、ぜーったいに告白だと思うんだけど、どうするつもり?」
「もちろん、断るに決まってるじゃない。私、俺様系男子って、大っ嫌いなんだもの」
「まあ、天音なら、そう言うだろうと思ったよ。でも、今回はヤバいよ。今までみたいにバッサリと断ったりしたら、後がマジで恐ろしい事になると思うんだけど……」
今まで、不良男子達に待ち伏せされたりしても無事だった事を天音は、「私、昔からイジメられっ子だったから、逃げるのだけは得意なんだ」と苑実に説明していた。だけど今回は、「さすがの天音だって、簡単には逃げられなくなる」と彼女は言いたいらしい。
「うん。苑実が言いたい事は分かるよ。だけど、私が下山田くんの彼女になるって未来が、全然、想像できないっていうか……。それに、彼女になっちゃった時の方が、大変だって気がするんだよねえ……」
「それは、そうなんだけどさあ……」
見た目の良さとスペックの高さで、下山田は、女子を中心に大人気の存在ではあるのだが、反対に、一定数の「アンチ下山田」も存在する。それは、それだけ彼が傲慢で自分勝手な性格だからだ。
過去の下山田の彼女になった子は三人いるが、いずれも長続きしていない。そして、その内の二人が東京、一人は福島市の中学に転校している。その事からして、その子達に何があったのかは明らかだ。
「うーん、考えれば考えるほど、この件って、逃げの一手だと思うんだよねえ」
「それは分かるんだけど、天音って、逃げられる所とかあんの?」
「無い。うち、親戚とか少ないし……」
「ああ、津波にやられちゃったんだっけ。ごめん、嫌なこと聞いて」
「ううん。それは別に良いんだけど……、ああでも、面倒くさい。何で、こんな事になっちゃったんだろう?」
「しょうがないじゃん。美少女ってのは、何かと大変なのよ」
「えっ、美少女って、誰の事?」
「天音の事に決まってんでしょうがっ。うちのクラスの男子も、しょっちゅう騒いでるよ」
「えっ、何で?」
「一年の時は地味な感じが足を引っ張ってたけど、永山先生の事があってから、そういうのが無くなっちゃった訳じゃない?」
「うん、それまでは髪の毛の事で、目立たないようにしてたもんね」
「分かるよ。今は、その必要が無くなったって事でしょう? それで、表情とかも穏やかになって、最近は私でも、『女神さま~』って拝みたくなる時があるもんね」
「ちょっと、止めてよ-。私は、そんなんじゃないんだから」
「知ってるよ。そういう時の天音って、たいてい食べ物の事とか考えてるんだよね。でも、そんなの男子には分かんないから、『僕の女神さま~』って、なっちゃうわけ。ああ、私は美少女じゃなくて本当に良かったわ」
要するに、天音にとっての下山田は、永山先生とのトラブルの後の「一難去ってまた一難」なのである。
END086
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「天音の新たなトラブル」の後編です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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