085:「ムシ」達のお喋り(3)
◇2039年9月@福島県福島市 <紺野鈴音>
その夜、四人の「ムシ」達、玉根凜華、安斎真凛、門馬里香、紺野鈴音が集うJR福島駅前のファッションビルの屋上からは、月が綺麗に見えていた。その月は残念ながらアーモンド形で、満月とは行かない。今年の中秋の名月は、どうやら十月の始めみたいだ。
今晩の四人は、あまり夜空を飛び回る気分ではないようで、さっきから長々とお喋りが続いていた。
〈それで、真凛の方は学校、どうなの?〉
〈うん、快適だよー。無理難題ばっか吹っ掛けて来る先生も、顔を見ると怒鳴り付けてくる先生も居ないし、やたらと絡んでくる不良連中も居ないからねー。逆に体育の先生なんて、長距離走とかで「辛かったら、歩いても良いんだよ」って言ってきて気持ち悪いってのが悩みかな-〉
〈髪の毛のことで、どうこう言われてはいないんだよね?〉
〈うん。彩佳さんが事前に地毛だって説明してくれてたから、大丈夫。普通の生徒として扱ってもらえるのが、こんなに楽だって思わなかったよ-〉
〈そっか。まあ、そうだよね〉
〈あ、それとさあ、アタシ、こないだ英単語の小テストで満点取って、先生に褒められたんだー。そういうのって初めてだったから、逆にビビっちゃったあ〉
〈あのー、真凛さんって、煽てると調子に乗るタイプだから、あんまり言いたくないんですけど、実は割と勉強できるみたいなんです。今まではそういう環境になくて、ちゃんと勉強してこなかっただけって感じで……〉
鈴音がそう言うと、案の定、真凛がドヤ顔をする。
〈もちろん、成績優秀者には程遠いですけど……、今までが底辺でしたから〉
〈うっ〉
〈まあ、「ムシ」になった事で多少は知力も上ってるんだと思うよ〉
〈それもあるかもしれませんけど、要は、これからも継続して努力できるかどうかって事じゃないですか?〉
〈ふふっ、鈴音ちゃんって、なかなか厳しいよね〉
〈そんだけ姉思いって事なんじゃない?〉
〈鈴音もさあ、家事全般が自分で出来るように頑張ろうね-〉
〈うっ〉
相変わらず、自分と真凛が仲の良い姉妹として微笑ましく見られているのが、何だか腹立たしくもムズ痒くもあって、鈴音は複雑な思いで福島市の夜景を眺めていた。
★★★
さて、そんな鈴音と真凛の目下のお気に入りは、飯塚温泉。岳温泉という温泉街に住んでいた真凛は、「ムシ」になって勝手に露天風呂に出没するようになって以来、温泉が大好きになったみたい。そんな真凛の影響を受けた鈴音もまた、今では、すっかり温泉の魅力にハマっている。
その上、いくら身体に光を纏っているとはいえ、最初はハダカで外に出るのを嫌がっていた鈴音も、その内、それが当たり前になってしまった。なんてったって、この方がすぐに露天風呂に入れるから、断然、楽ちんなのだ。
とはいえ、一応、腰に小さなタオルを巻いてはいる。どういう理屈かは分からないけど、「ムシ」に変異してしまえば、そのタオルが風で飛ばされたりする事はない。それに、身体を拭く時にだって使えるから、色々と便利なのだ。
〈あの、鈴音ちゃん。いくら真凛にだって、嫌な事はちゃんと嫌だって言わなきゃ駄目なんだよ〉
〈いやいや、それって逆じゃん。鈴音は、しょっちゅうアタシに文句ばっか言ってるじゃないの-〉
〈そっかなあ? 普通の子は、ハダカで外を出歩いたりしないと思うけどねえ〉
〈あのさあ、里香。アタシだって、ハダカで外を出歩いたりしないよ-。鈴音が初めて「ムシ」になった時ぐらいだけだってばー。あ、凜華とも一度、ハダカで街中を出歩いた事あったっけ〉
〈クリスマスイブの夜でしょう? あの時は吹雪で人が誰もいないから大丈夫だって思ってたから〉
〈そうそう。それに「ムシ」になっちゃえば、ハダカかどうかなんてわかんないんだから、別に良いじゃん〉
〈それって、全裸の上にコートだけ羽織って、堂々と外を歩いてるのと同じなんじゃない?〉
〈里香ったら、そんな発想する事自体、変態だから〉
〈あはは。スカートの中、ノーパンで街歩きしてるってのと同じってことだね-。里香ったら、内緒でやってたりしてー〉
〈そ、そんなこと……〉
〈想像した事くらいあるんじゃないのー?〉
〈もう、やっぱり真凛さんが一番、変態さんじゃないですかあ!〉
〈何言ってんの? 鈴音だって、おんなじ事やってたんだから、同罪なんだからねー〉
どうやら鈴音は、自分で墓穴を掘ってしまったようである。
尚、二人は飯塚温泉にハマっているとはいえ、週に一回以上、岳温泉にも通っている。それ以外に、真凛が一人で行く事もあるようだ。
もちろん、温泉にも入るのだけれど、真凛の目的は母親の希美の世話というか家事をする為、アパートに通っているようなのだ。
たまに真凛が愚痴っている内容によると、希美さんは家事を一切やらないばかりか、放っておくとまともな食事すらしないのだとか。その為、チンするだけで済むように、まとめて色々と作って冷凍庫に入れておくらしい。
〈希美って、ほんと、世話の焼ける子なんだよね-〉
〈真凛の子じゃなくて、親でしょう?〉
〈だからあ、子供みたいな女なんだってばあ。放っとくと部屋の中とかグチャグチャでさあ、脱いだ下着まで放ったらかしなんだもん。とても女と思えないレベルなんだから-〉
〈それは何ていうか、凄いね〉
〈でしょう? まあ、あんなんでも、男の扱いだけは上手いんだよねー……って、それも親父には通用しなくなってるんだけどさあ〉
〈うーん、それもコメントし難いんだけど-〉
〈アタシもさあ、こんな事してたら、本人の為にならないってのは分かってんだ-。希美のキャバ嬢だって、そろそろ年齢的に限界だと思うし……。親父は、「放っとけ」って言うんだけど-……〉
どうやら、真凛の家族の問題は、そんなに簡単には解決しなさそうである。
★★★
〈鈴音ちゃん、今度、うちに泊まりに来てよ〉
〈うん、絶対に行きたいです〉
〈しょうがないから、保護者としてアタシも付いてってやるかな-〉
〈真凛さん、途中で墜落しないで下さいよね〉
〈大丈夫。アタシ、凜華と一緒に行った事あるもん〉
〈はいはい。足手まといにならなきゃ良いけど〉
〈もう、鈴音ったら、酷い〉
〈でも、海って良いですよね〉
〈あ、無理やり話題を変えたなあ。まあ、そんでも、松川浦とかは、アタシもまた行きたいかも-。それに砂浜って、夜でも楽しいんだよね-〉
〈今だと、少し寒いんだけどね〉
〈だったら、昼間に行けば良いじゃん〉
〈もう、真凛さんったら、またそういうこと言う〉
〈別に、バレないようにっていうかー、騒ぎにならないようにすれば良いんじゃん〉
と言う訳で、次回は門馬里香のマンションでのお泊り会という事になったのだが……。
〈それよりさあ、次に「ムシ」になる子って、何処に現れると思う-?〉
〈うーん、こないだは茨城県だったから、今度は宮城だったりして〉
〈それって、里香の希望的観測じゃん〉
〈まあ、福島だって、まだまだ「ムシ」がいない所なんて、いっぱいありますもんね〉
〈会津とか?〉
〈白河の方って可能性もあるよね?〉
〈あ、私、白河ラーメン食べた-い〉
〈いやいや、ラーメンは喜多方じない?〉
〈もう、凜華まで……。ラーメンの話じゃないんだからねっ〉
〈でも、案外、栃木県かもしれませんよ〉
〈てことは、ギョーザだよね-。アタシ、餃子も大好き!〉
〈それ、女子としてはどうかと思うんだけど〉
〈大丈夫。アタシの匂いはクールミントだから、きっと打ち消してくれると思うんだー〉
〈それって、歯磨き粉の匂いとも言うよね〉
〈もう、真凛も凜華も、今は匂いの話じゃなくて、「次の『ムシ』は何処で見付かるか?」って話でしょうが〉
〈だったらさあ、何か賭けようよ-。アタシは……うーん、南かな?〉
〈栃木って事?〉
〈いや、県内で〉
〈じゃあ、私は、宮城県っ〉
〈それより、掛け金とかはどうするんですか?〉
〈えっ、鈴音ちゃん、お金を賭けるつもりなの?〉
〈あ、いや、それは……、ケーキとか?〉
〈やっぱり、お金を賭ける気満々だったじゃない〉
〈お姉ちゃんは、そんな子に育てた覚えはありませーん〉
〈私も真凛さんを、こんなダメな姉に育てたつもりはありませんけど〉
〈ダメな姉、言うなー!〉
〈はいはい。でも、ケーキくらいが、ちょうど良いかもね〉
〈ケーキかあ。作るの面倒なんだよなあ……。まあ、簡単なのにしときゃ良いかなー〉
〈ふーん、真凛ったら、自分で作るつもりなんだ〉
〈だって、金ないし……〉
〈それより、皆で一緒にケーキ作るのって良いかも。うちに来た時、やらない?〉
〈うーん、私は作った事ないけど、楽しそうかも〉
〈凜華だって、きっとすぐに作れるようになると思うよー……あ、でも、鈴音はちょっと……〉
〈ちょっとって何なんですかー?〉
〈まずは、スクランブルエッグからかなあ〉
〈むぅ〉
とまあ、こんな感じで姦しい四人の「ムシ」達の女子会は、星空の下で夜が更けても際限なく続いて行く。
いくら繁華街と言えども、ビルの屋上というのは意外に目立たない。地上から見上げれば、そこに不思議な四つの光の塊が容易に見て取れるのだが、たいていの人は素通りするだけである。それでも、たまに残業疲れのサラリーマンなんかが立ち止まって、『何だろう?』と見上げては、首を傾げていたりする。
だけど、そんなのには一切お構いなしに、屋上での少女達のお喋りは、まだまだ続いていくのだった。
END085
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「天音の新たなトラブル」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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