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084: 「ムシ」達のお喋り(2)

◇2039年9月@福島県福島市 <安斎真凛&紺野鈴音>


現在、安斎真凛あんざいまりん玉根凜華たまねりんか門馬里香もんまりか紺野鈴音こんのすずねの四人は、ファッションビルの屋上にある巨大看板の下の出っ張った部分に腰を下ろして、足をぶらぶらさせている。

それでも、お互いの顔の表情が分かる程度に薄っすらと光を纏ってはいるから、安全ではある筈。万が一、落っこちたりしたら、自然と翅が出現して宙に浮いていられるからだ。

ところが、そんな中で一人だけ……。


〈こ、こら、バカ真凛。あんた、変異が解けちゃってるの気付いてる? 危ないでしょうがっ!〉

〈大丈夫だよー。なろうと思えば、すぐに「ムシ」になれるからさあ〉

〈何、その謎の自信?〉

〈いやいや、実績に裏付けられた自信だよ-。飛んでる時に変異が解けそうになっても、徐々に高度を下げて大ケガを回避した実績があるんだからね-〉

〈自分の失敗談を何で自慢してんのよ〉

〈まあ、物は言いようって奴だね-〉

〈その言葉、使い方を間違ってるから〉

〈凜華もやってみなよー。風が直に感じられて、気持ち良いよー〉

〈あ、ほんとだ。でも、ちょっとだけ寒いけどね〉

〈もう、里香ちゃんまで……あ、鈴音ちゃんは、やっちゃ駄目だからね〉

〈大丈夫ですよ……。あ、でも、ちょっとだけ怖いかも〉


結局、全員が再び薄っすらと光を纏う形に戻った。すると、お尻の固いコンクリートの感触がスーッと消えて、顔に当たって髪を巻き上げていた風が一瞬で感じられなくなってしまう。


〈でも、楽しかったな、あの時のバーベキュー〉

〈うん、楽しかったねー〉

〈里香さん、めっちゃ食べてたもんね〉

〈鈴音ちゃんは、あんまり食べて無かったよね?〉

〈だって、すぐにお腹がいっぱいになっちゃうんだもん〉

〈そう言いながらも、お菓子とか良く食べてるよね-〉

〈駄目だよ、鈴音ちゃん。ちゃんとしたもん食べないと〉

〈もう、凜華さんって、叔母さんみたい〉

〈ひっどいなあ。私はオバサンじゃないんだからね〉

〈ふふっ、凜華は、お母さんだもんねー〉

〈ああ、なるほど。普通なら「お母さんみたい」って言う所で、鈴音ちゃんは「叔母さん」なんだね〉

〈私のお母さん、めったに帰って来ませんから〉

〈ふーん、彩佳あやかさんが母親代わりだったって訳だね〉

〈でも、最近は真凛が、鈴音ちゃんのお母さん役なんじゃない?〉

〈凜華さん、それ、どういう意味です?〉

〈ふふっ、真凛って抜けてるようで、実は家事全般が得意な訳じゃない?〉

〈もう、凜華ったら、「抜けてる」は余計だよー。それに「得意」じゃなくて、ちゃんと全部やってるんだからね-〉

〈えっ、二人で分担してやってるんじゃないの?〉

〈うーん、少しずつ覚えてもらおうとは思ってるんだけど-、鈴音って……〉

〈ああああ……それ以上、言わないでえ〉

〈……って訳だからー〉

〈ふーん、家事全般は壊滅的だもんね〉

〈お掃除くらいは……〉

〈その割には、鈴音の部屋ん中、ぐちゃぐちゃなんだけど-〉

〈あれ、さっきは綺麗だったよ〉

〈ああ、アタシが一生懸命、片付けたもんねー〉

〈むぅ〉

〈でも、それは仕方ないと思うよ。鈴音ちゃん、「ムシ」になる前は足が不自由だったんだから〉

〈いやいや、車椅子だと何にもできないって訳じゃないじゃん。なんか、前は定期的にお手伝いさんが来てくれてて、鈴音は、なーんにもやってこなかったみたいなんだよねー。やっぱ、お嬢様育ちっていうかさあ〉

〈……酷い〉

〈だったら、これから頑張ってよー〉

〈うん。まずは、お料理もっと頑張る〉

〈そうだねー。取り敢えず、目玉焼きくらいは作れるようになろうね-……てか、その前にスクランブルエッグだったっけー?〉

〈えっ? スクランブルエッグって、卵をフライパンに入れて掻き混ぜるだけなんじゃ……〉

〈いやいや、まずは、ちゃんと生卵を割れるようにならないとねー。それから、火加減だって味付けだってある訳じゃん。あ、こないだは油、引くの忘れてたっけー〉

〈うっ〉

〈そんでさあ、ちょっとアタシが目を離したら、得体の知れない何物かになっちゃっててさあ。しかも味見したら、めっちゃ甘いんだよねー〉

〈うーん、意外と深刻化も……〉

〈先は長いかも……〉

〈だよねー〉

〈……っ〉


どうやら、鈴音の料理センスは、本当に壊滅的らしい。



★★★



紺野鈴音の目から見た安斎真凛は、「世話の焼けるお姉さん」である。別に真凛と一緒が嫌って訳ではないのだが、最近は何かと世話を焼きたがる所がウザいと思っている。人並み外れた知能を持ちながら足が不自由だったお嬢様は、プライドが高い上に、とかく面倒な性格でもあるのだ。

ほんの三ヶ月前まで自分の足で歩けなかった鈴音にとって、今は自分の身体からだを動かす事に御執心だ。彼女は、取り敢えず何でも自分でやってみたい。その結果としてスクランブルエッグを作った筈が、何やら得体のしれない物になったとしても、そんなのは些末な事でしかない。今の鈴音には、それをやる過程だって楽しくて仕方がないのだから……。

そもそも真凛は、お節介が過ぎる。料理のお手本なんて、ネットの動画サイトに幾らでもあるんだから、教えてもらう必要なんてない筈。それなのに、いつも横にいて、「あーしろ、こーしろ」と指図してくるなんて、いったい何様のつもり? もう、ごちゃごちゃとうるさいんだってばあ!


とはいえ、鈴音は真凛のことが嫌いではない。目下、身近にいて鈴音が甘えられる相手は、真凛だけだからだ。

従妹いとこ菅野紗彩かんのさあやは可愛いけど、あくまで妹ポジションで、甘える対象じゃない。それに、いつも一緒にいる訳じゃないから、本当に淋しい夜なんかには役に立ってくれない。叔母の菅野彩佳も色々と鈴音のことを気遣ってくれるのだが、彼女は紗彩の母親であって鈴音のではない。だから鈴音は、彩佳との間に線を引いて、それを越えないようにしていた。

それだから、真凛が一緒に住んでくれるってなった時、内心では凄く嬉しかった。ほとんど自宅に帰って来ない両親のせいで、孤独に耐えるのを強いられてきた鈴音は、「お姉さん」と呼べる存在に憧れていたのだ。もっとも、「お姉さん」だなんて絶対に呼んでやらないんだけど……。


ある意味、真凛は鈴音の理想に近い存在だったかもしれない。多少、お人好し過ぎるきらいはあるけど、それは美徳であって欠点ではない。

真凛は口癖のように「アタシ、バカだから」と言うんだけど、全然、本当じゃない。会話をしてて楽しいし、聞いた事はちゃんと覚えてくれている。それに、時々ハッとするような事を言って、驚かせてもくれるから、ずっと話してても飽きない。

もっとも、傍から見たら口喧嘩をしているように見えるみたいだけど、本当の姉妹というのは、きっと、そういうもんじゃないのかな?


そんなこんなで、一見すると仲が悪そうな二人だが、鈴音は真凛のことが、実は大好きなのである。



★★★



〈それで、鈴音ちゃん、学校はどうなの? 楽しい?〉


唐突に玉根凜華から訊かれた問いに、鈴音は答え方を逡巡する。だけど考えても何も頭に浮かんでこないので、諦めて差し障りのない言葉を口にした。


〈まあまあかな〉

〈ちゃんと、お友達は出来た?〉


今度は、門馬里香から意地悪な質問が飛んできた。今まで生きて来て誰も出来なかったってのに、すぐに出来る訳がない。


〈うーん、友達ってのがイマイチ分かんないんだけど、良く話す子とかはいるよ〉

〈それってさあ、今の所は猫を被っているって事なんじゃないの-?〉


真凛は、もっと意地悪だった。だから鈴音も、意地悪に返してやる。


〈あのね、私は真凛さんと違って、ちゃんと人付き合いだって出来るんです〉

〈それ、絶対に違うと思うよー。鈴音って、どう見てもコミュ障じゃん〉

〈むぅ〉

〈まあでも、ちゃんと猫を被っていられるってだけで、お姉さんとしては安心かも-〉

〈真凛さん、それ、どういう事でしょうかっ?〉


鈴音は、真凛を半眼で睨んでやった。


〈別に、そのままの意味だけどー〉

〈それより、体育の授業とかどうなの?〉


今度は、凜華が質問してくれた。


〈あ、はい。まだ、普通の子と一緒って訳には行きませんけど、一応は、ちゃんとやってますよ〉

〈そっか。偉いね〉

〈私も安心したよ〉

〈そっかなあ。こないだドッチボールでカモにされちゃって、泣いて帰って来なかったっけー?〉

〈ちょっ、ちょっと真凛さんっ!〉

〈跳び箱も全然ダメダメなんだよねー? あ、でも、鉄棒はそこそこ……って言っても、逆上がりが出来て喜んでた程度なんだけど-〉

〈あのね、真凛さん。そうやって私をバカにしてますけど、「ムシ」になったら断然、私の方が速く飛べるんですからね〉

〈そうだね。これからトレーニングを続けて行けば「ムシ」にならなくたって、鈴音ちゃんは誰よりも速く走れるようになると思うよ〉


そんな風に鈴音に嬉しい答えをくれたのは、凜華だった。


〈うん、凜華さんが、そう言ってくれるんだったら、私、もっと頑張ってみます〉

〈でもさあ、そうなるには好き嫌いせずに、ちゃんと野菜とかも食べなきゃだね-〉

〈むぅ〉

〈ふふっ、やっぱ、真凛って、鈴音ちゃんのお母さんみたいだね〉

〈もう、里香さんったらあ〉

〈まあ、世話の焼ける娘だけどね-〉

〈あ、あの真凛さんは、私にとっても「世話の焼ける姉」なんですけど〉

〈えっ、何でー?〉

〈だって、ドジな事ばっかやるじゃないですかっ〉

〈家では、割とまともだと思うんだけどー〉

〈外じゃ、ダメダメじゃないですかあ!〉


そこで、再び凜華が口を挟んできた。


〈ふふっ、やっぱり二人は仲良しなんじゃない〉

〈違いますっ!〉〈違―う!〉


そうやって、見事にハモってしまった二人だった。




END084


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


もう一話、「『ムシ』達のお喋り」が続きます。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


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