083: 「ムシ」達のお喋り(1)
◇2039年9月@福島県福島市 <安斎真凛>
九月の秋分の日の夜、JR福島駅前のとあるファッションビルの屋上に、「ムシ」達が集まっていた。メンバーは、玉根凜華、安斎真凛、門馬里香、紺野鈴音の四人である。
この日は三連休の初日で、ここから直線距離で四十五キロ程にある南相馬市の里香も来ていた。この後は、真凛と鈴音と一緒に、お泊り会なのだそうだ。と言っても、ほとんど荷物は持って来れないから、パジャマとかは真凛のを借りる事になっていた。
〈今度は私、パンツ、二枚重ねて履いて来ようかな。そしたら、一枚は洗濯して、次の日に履けるじゃない……って、真凛ったら、そんな冷たい目で見ないでよ〉
〈だってえ、里香が何言うかと思ったら、あまりにくだらないっていうかー〉
〈あのね、里香さん。そんなの、こっちで買えば良いじゃないですか。てか、今回のも叔母さんが買って、ちゃんと用意してるから大丈夫ですよ〉
先月の岩木市でのキャンプの時、「ムシ」達の能力や特性なんかも、きちんと大人達に説明してある。だから、「ムシ」が飛行する際、身に着けて運べる量には制限がある事だって、当然、鈴音の叔母の菅野彩佳は知っている。だから、予め準備してくれているのは当たり前なのだ。
尚、「ムシ」が運べる量は、だいたい翅のサイズにに比例して多くなるようで、翅の小さい里香とかは、せいぜい下着の替え程度しか運べないのだ。つまり、他に持ってきたい物があれば、下着も運べなくなっちゃう。
〈里香さあ、そこまでして、いったい何を持って来たいわけ-?〉
〈着替えの服とかだけど〉
〈そんなの、おんなじの来てりゃ良いじゃん〉
〈真凛はそうかもだけど、普通の女の子は、そういうの嫌なのっ!〉
〈あのさあ、アタシだって普通の女の子だよー〉
〈真凛さんは、普通じゃないです。そんなの今更でしょう〉
〈はいはい。鈴音ちゃんの毒舌も今更だよね〉
〈なんか、凜華さんが一番酷い気がするぅ〉
ところで、ここから郡山の凜華の家までも四十キロ程度あるのだが、大きな翅を持つ彼女の飛行速度だと、三十分少々しか掛からない。よって今の所は、遅くなっても自宅へ帰る気でいるようだ。
当初、深夜に及ぶ夜間飛行に鈴音の叔母の彩佳は否定的だったようだが、夜の方が「ムシ」の飛行に適している事、そうやって飛び回るのは「ムシ」の本能のように抗い難い衝動である事、「ムシ」は普通の人よりも長い睡眠を必要としない事から、やはり先月のキャンプの際の話し合いで納得してくれた。他の親達も同様の理解であり、こうして深夜の集まりも今は黙認してくれるようになったのだ。
〈しかし、真凛が、あんなに料理が上手だとは思わなかったわ〉
〈そうだよね。キャンプの時は、本当にビックリしちゃった〉
〈そう言う里香だって、ちゃんと手伝ってくれたじゃない〉
〈私は母子家庭で、お母さんが忙しい人だったからだけど、真凛ほどじゃないよ〉
先日のキャンプの時は、肉と野菜のバーベキューも食べ飽きて、そろそろ締めに焼きそばを作ろうとなった時、「アタシ、作りまーす」と立候補したのが真凛だったのだ。そうして、キャベツとニンジンとシイタケをタタタタっと素早く細切りにして行って、用意してあった鉄板の上で残り物の豚肉を軽く炒めてから野菜を投入、最後に麺を入れてジュージューと焼きながら、ソースと調味料を振り掛ける。それらは、まるでプロの料理人のように鮮やかな手付きだった。
〈ねえ、真凛ちゃんって、ひょっとして毎日、お手伝いしてるの?〉
〈ううん、うちの希美は食べるの専門だから、全部、アタシが作ってるんだー。昔からずーっとそうだよー〉
〈えーと、希美さんって……〉
〈一応、母親なんだけど、同居人っていうか、居候みたいな感じなんだよねー。家の事は全然しないのに、口ばっかり出してくるっていうか-……、まあ、アパートの家賃を払ってるのは希美だから、アタシもあんまり強くは言えないんだけど-〉
〈そっか〉
〈でもさあ、希美って猫みたいに気紛れな女でさあ。たまに居なくなっちゃうかと思うと、ふらっと戻ってきたりして……。昔はアタシも今みたいにちゃんと出来なかったから、大変だったなあ。家に食べ物もお金もなくて、『働きますから、何か食べさせて下さい』って、近くのラーメン屋さんに飛び込んでは、追い出されたりして……、そしたら、酔っ払いのオジサンがラーメン奢ってくれてさあ〉
〈ふーん、色々とあったんだ〉
〈まあねー。でも、今は昔と違って、希美がいなくなった時は男絡みだって分かってるから、働いてるお店のお姉さんとかに訊けば、たいてい居場所が分かるんだけどねー〉
〈えーと、昔って幾つの時の事を言ってんの?」
〈小学校に上がる前かなー。小学校に上がった後は、図書館の笠間さんって、女の司書さんを頼る事ができたし-、その頃になればアタシも知恵が付いてきて、あれこれ考えるようになってたからさあ〉
〈あれこれって、万引きとかはしてないんだよね?〉
〈ほとんどしてないよー。見付かったらヤバいしー……〉
〈「ほとんど」って事は、やってんじゃん〉
〈だからあ、本当に食べる物が無い時だけだよー。昔は、親父も希美もどっかに泊まってて、三、四日アパートに戻んない時があってさあ……。それも、小学校に上がる前の事だから、もう時効だと思うんだ-〉
〈時効も何も、そんなの真凛のせいじゃないでしょうが……。.まあ、分かったよ。これからは、何かあったら、私を頼りなさい〉
〈うん。凜華を頼らせてもらうねー〉
〈あの-、凜華さんに言う前に、同居人の私に言うべきだと思うんですけど……、てか、そんな状態にはさせませんけどねっ〉
〈はいはい。鈴音ちゃんがムキになるような事じゃないから〉
〈凜華さんったら、私、別にムキになんてなってませんから〉
〈ふふっ、鈴音ちゃんって、真凛のことが大好きだもんねえ〉
〈もう、里香さんまでえ〉
〈うーん、なんか良くわかんないけど-、宜しくお願いしま-す……で、良いのかなー?〉
★★★
凜華の昔話は、まだまだ続いていた。
〈……まあ、小学校の二年生か三年生頃からかなあ。徐々に料理がアタシの仕事になってきてさあ。その頃、仲良くなった近所のお婆さんがいて、色々と教えてくれたんだ-。それで、親父がフラッと帰って来た時に、たまたまアタシが作った肉じゃがとか出してやったら、気に入っちゃってさあ。それからは、だいたいアタシがやるようになったんだけど、最初の頃は良く失敗もしたんだよねー。しかも、そういう時に限って親父がいてさあ。機嫌が悪いと『こんなもん食えるかっ!』ってぶん殴ってくるんだー〉
〈あの、お父さんって、一緒に住んでたんじゃないの?〉
〈いたりいなかったりって感じかなあ。親父は親父で他に女がいる事の方が多くてさあ。そんでも、アタシは親父の子な訳だし、希美も昔からのダチって事で、うちらは親父の中でも特別枠ではあるんだよね-〉
〈そうだったんだ……〉
〈まあ、あの頃の親父は、まだまだ子供でさあ。アタシもガキで、殴られても「こんなもんかな」って思ってたんだよねー〉
〈あの、子供の真凛が親を子供とか言うのって、おかしくない?〉
〈うーん、どうなんだろう? 大人か子供かって、あんまり歳とか関係ないと思うよー。希美がアタシを産んだの、十六の時でさあ。祖母ちゃんは、「子供が子供を産んだようなもの」だって言うんだけど、親父だって希美とは二つしか違わない訳だし……。まあでも、親父の方は、だいぶ大人になったと思うんだー。だけど、希美の方は、あんまり成長してないって気がする。ガキのアタシから見ても、相変わらず考えなしのガキのままでさあ。あいつは、たぶん一生、大人にはならないと思うんだー〉
〈そっか〉
〈まあ、アタシも岳温泉に連れて来られたばっかの頃は、『何で、こんな奴らの所にきちゃったんだろう』って良く後悔してたんだけど-、そういうのって、あんまり考えて意味無いっていうか……、所詮、ガキのアタシが考えたって、そんなに良い事にはならないんだよね-。まあ、なるようにしかならないっていうかさあ……〉
〈あ、あの、そん時の真凛って、まだ小さかったんじゃ……〉
〈うん、四つの時だよー〉
〈それ、自分でどうこうできる歳じゃなくない?〉
〈まあ、そうなんだけどさあ……〉
相変わらず飄々として捉えどころのない真凛だけど、キャンプの時に彼女が作った焼きそばは、本当に美味しかった。彼女は料理が好きらしくて、「お代わり」のコールに嫌な顔ひとつせず、気前良く追加にも応じてくれていた。
〈ふふっ、そんでも、バーベキューの時の真凛ってさ、なんか料理の女神って感じだったよね〉
〈あのさ、凜華。そんな風に煽てられても全然、嬉しくないんだけど」
〈そんでも、今の真凛、顔がニヤけてるよ〉
〈光を纏った状態なんだから、分かる訳ないじゃん〉
〈ちゃんと分かるんだってば。真凛って、結構、単純だからさ〉
〈そうそう。それに真凛って、褒められるのに慣れてないってのもあるよね〉
〈ふふっ、これからは、うちらがいっぱい褒めてあげるからさ〉
〈もう〉
〈あ、照れた〉
〈照れてないっ! あ、そういや、うちの親父も最近は時々アタシを褒めるんだよね。あれって、何でなんだろう。こないだから、何か優しんだー〉
〈ふーん、今頃になって、自分が父親だってのに目覚めたんじゃない?〉
〈そっかなあ。アタシが化け物だって判ったら優しくなるなんて、変だと思うんだけどー〉
〈それは、どうだろう。人の心って複雑だもんね〉
〈まあでも、希美よりは親父の方が大人なんだよねー。歳も希美とは二つ離れてるんだけど、少しずつ成長してるんだと思うんだー」
〈じゃないとバーテンダーなんて、やってらんないからじゃない?〉
〈それはそうかもー。まあ、相変わらず女癖は悪いんだけどね-〉
そう言って、ファッションビルの屋上の端にちょこんと腰を下ろした状態の真凛は、薄っすらと光で覆われた細い両足をぶらぶらとさせていたのだった。
END083
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話もまた「『ムシ』達のお喋り」の続きです。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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