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081: 新学期の憂鬱(1)

◇2039年9月@福島県二本松市 <安斎真凛>


九月の新学期、安斎真凛あんざいまりんは憂鬱だった。夏休みが例年になく楽しかっただけに、退屈な学校に行かなきゃいけない事とのギャップが大きい。

それに、以前よりは減ったとはいえ、イジメっ子は健在だ。しかも、中学生になった事で、男女共に陰湿さが増している。真凛は、標準よりは小柄で発育も遅いとはいえ、淡い茶髪で顔つきが整っている分、一応、美少女だと思われている。その為、性的な被害に遭う確率だって高い。

その上、小学校の時の桑原という担任教師みたいに明確な敵意は無いものの、今の担任の熊谷郁恵くまがいいくえは、何を考えているのか分からない女だ。真凛は、そういう女の方が危険だと、母の希美のぞみに教えられている。


ああ、憂鬱だ。こういう時って、必ず悪い事が起きるんだよなあ……。

まっ、最悪は「ムシ」になって逃げちゃえば良いや。


そんな事を考えながら教室に入った真凛だったが、すぐに何かがある訳じゃない。結局、初日は何もなく終わった。

だけど、当然、そのままじゃ終わる筈がない。

早くも通常通りの時間割となった二日目の提示後、『さあ帰ろう』と教室を出ようとした時だった。いきなりクラスの不良っぽい男子達に絡まれた。


「真凛、てめえ、最近は偉そうじゃねえか?」

「お前、小学校の時は、もっと弱っちい感じだったろ」

「だな。クズは隅で震えてりゃ良いんだよ」

「まあ、相変わらず頭の方は、今ひとつ足りないようではあるんだけどよ」


空き教室に連れ込まれて、大勢の男子に罵られようと、全く真凛は動じない。ただ薄っすらと顔に笑みを浮かべているだけだ。

だけど、それが余計に男子達の怒りを買ったようで、更に「生意気だ」と喚き出す。そして、とうとう四方から手が出て羽交い絞めにされた所で、遂に真凛は光を纏った。


「う、うわあ、何だよ」

「眩しいだろ、これ」

「お前、何をやったんだよ」


そんなの関係ないとばかりに、真凛は身体を浮かせると、教室の窓から出て行ってしまう。

その後に残されたのは、無数の光の粒と強いミントの香りだった。



★★★



ところが、この日はタイミングが悪かった。


真凛がいなくなった後、ちょうど空き教室の見回りに来ていた担任教師の熊谷郁恵が、勢いよく引き戸を開けて、ツカツカと入って来た。そして、「あんた達、こんな所で何をやってんの?」と問い質そうとした所、大半の生徒が目を押さえて呻いている。もっとも、それらは半分以上、生徒達の演技なのだが、熊谷は彼らの言い分をすんなりと受け入れた。

つまり、「ここには今まで安斎真凛もいて、彼女が何やらフラッシュのような物で眩しい光を発生させ、そのせいで眼が潰されそうになった」という事だ。更に、彼らの主張では、「おれらを空き教室に呼び出したのは、真凛の方」なのだそうだ。

当然、そんなのは嘘っぱちなのだが、日頃から真凛を「生意気な生徒」と思い込んでいた熊谷は、勝手に自分だけの妄想を作り上げてしまう。ここにいる男子生徒以上に、彼女は真凛のような女子が大嫌いだからだ。それで、男子生徒の主張を更に膨らませる形で、「やっぱり、あの子はとんでもない悪ガキだわ」と決め付け、それをそのまま主任教師の三瓶さんぺいに報告した。


もっとも、その主任教師の三瓶さんぺい先生は、さすがに熊谷の話がおかしいと気付いた。だいたい、男子生徒が八人もいる所に、女子が一人なんて有り得ないのだ。

だけど、彼が真凛の家庭に連絡を取ろうにも、電話は全く繋がらない。熊谷に聞けば、母親は現役キャバ嬢だという。この時点で、彼の頭の中にも、「悪ガキ」としての真凛の像が出来上がりつつあった。


翌日、珍しく真凛は体調を崩して学校を休んだのだが、これがまた良くなかった。教師の誰もが、それを仮病だと思い、相変わらず連絡が取れない母親を罵倒した。

更に、誰からともなく「あの子の両親は、不仲で別居中」との情報が届けられ、その上、「あの夫婦は、正式な婚姻関係ですらないらしい」だとか、「あの子は、母親が十六の時に産んだ子」だとか、関係ない事を次々と捲し立てる野次馬教師逹が現れて……。


こうして、真凛の知らない所で、彼女の中学に「不良少女真凛」が爆誕してしまったのだった。



★★★



翌朝になって、ある程度、病気から回復した真凛は、母の希美の「まだ寝てたら?」という声を振り切って学校へ行った。ズルズルと休んでいては、それこそ精神的に良くないと思ったからだ。

ところが、通学した真凛を複数の教師達が待ち構えていて、教室に行く前に職員室の最奥へと連行されてしまう。教頭の机の前に座らされた真凛は、周囲を担任教師の熊谷や主任教師の三瓶を含む多くの教師達に取り囲まれて、それこそ無いこと無いことの暴言を浴びせられる。

ただでさえ病み上がりだった真凛が、そんなリンチまがいの行為に耐えられる筈がない。真凛とて、まだ中学一年生の女の子なのだから……。


教頭に「親は来ないのかね?」と問われた真凛は、起こしても絶対に起きない母の希美のぞみはなから除外して、父の芳賀力哉はがりきやの名前を出した。教頭は「何で父親と苗字が違うんだ!」と訝しんでいたけど、真凛が説明しようとしても聞こうとはしない。その上、真凛が止めるのを「時間も無いから」と突っぱねて、即座に電話してしまった。

だけど、夜間勤務が基本の力哉もまた眠っている訳で、それを中学の教頭なんかが横柄な口調で叩き起こしたとなれば、最悪の機嫌なのは当然の事。そのまま怒鳴り合いになって、終いには電話を切られてしまう。


「君の親は、碌な人間じゃないな」

「すいません」

「まあでも、これで合点が行ったよ。そんな茶髪を放置するぐらいだから、まともな親じゃないとは思っとったんだが……」

「あの、この髪、地毛ですけど」

「あはは、髪を染めるような奴は、みんなそう言うんだよ」

「私は、染めてません」

「私はって事は、親が染めたとでも言うんかね?」

「だから、地毛なんですってば」

「熊谷先生、どうなんだね?」

「さあ? クズはクズだと思いますけど」

「まあ、そうだろうな。親があんなんじゃ、娘がまともな訳ないか」

「はあ?」


親がバカなら子供もバカ。親がクズなら、子供もクズ。親が水商売だと、子供も水商売。親が、親が、親が……。

今までの真凛だったら、「そんなもんだよね」と思って黙り込んだに違いない。だけど「ムシ」になって、違う世界の子とも仲間になった後の真凛は、その理屈がおかしいと気付く事ができた。


真凛は、「親が碌な人間じゃないと、子供も絶対に碌な人間じゃないんですかっ!」と怒鳴った。

それに答えたのは、担任教師の熊谷郁恵……。


「そうよ。そんなの当たり前じゃない。あんたみたいなのを、人間のクズって言うのよ」

「私は、クズですか……」

「まあ、そんな髪の毛をしてるようじゃ、クズって言われてもしょうがないわな」

「髪の毛のことは、もう良いです」

「はあ?」

「あの、教頭先生も、同じ意見なんですねっ?」

「まあ……、そうだな」

「人間って、生まれた時で決まっちゃうんですね。つまり、親がバカなら、子供はバカ……。だったら、私、勉強なんかしたって意味ないじゃないですかあ!」


目に涙を貯めて教頭を睨み付ける真凛に対し、担任教師の熊谷は冷ややかな声で言った。


「そうよ。今更そんな事に気付いたの? やっぱり、あんたはバカね」

「ちょっ、ちょっと熊谷先生……」


慌てたのは、主任教師の三瓶だった。その隣で教頭もまた渋い顔をしている。

だけど、もはや真凛は聞いちゃいなかった。

一瞬で身体に光を纏った真凛は、サッと飛び立って、窓から空へと舞い上がる。


その姿を主任教師の三瓶だけが、「綺麗だ」と呟きながら、何時いつまでも眺めていたのだった。



★★★



自宅アパートに戻った真凛は、取り敢えずベッドにダイブ。昼食も取らずに四時間近く寝ると、体調の方は普通に戻っていた。やはり、「ムシ」になった事で回復が早くなったようだ。

それから母の希美の分も含めて食事を用意すると、軽めにお腹を満たしてから外へ出た。その時、寝ぼけた状態の希美と顔を合わせたけど、なんか相手をする気にはならず、そのままアパートを出て来てしまった。


アパートの近くの茂みで、真凛は空へと舞い上がる。最初、図書館に行くつもりだったけど、夕方は人が多いのを思い出し、行く先を父の力哉りきやの所に変更。『ひょっとすると、まだ寝てるかも』と思ったけど、彼は既に起きていて、きちんと洗顔して髭も剃った後だった。

その力哉は、真凛の顔を見ると、ぶっきらぼうに「さっきは、悪かったな」と謝ってきた。


「さっきは寝起きでよ。何か、いきなり喚かれてムカついたから、怒鳴ってやったんだけど、あれって学校の先生とかだったんだろ?」

「うん、教頭先生。でも、もう良いんだ。アタシ、もうあの学校には行かない……。あのさあ。親父、アタシの話を聞く気があるんだったら、ご飯、作ってあげるから台所に来な」


真凛は、そう言って彼を台所へいざなうと、台所にある食材で手際よく味噌汁と目玉焼き、そして簡単なサラダを作って行く。ご飯は冷凍庫にあるようで、それをチンするだけだ。何時のか分からないけど、納豆も冷蔵庫の隅にあったので、一緒にテーブルに置いた。

ちなみに、このアパートは、最近、力哉が付き合い出した二十歳はたちとかのキャバ嬢のものだ。既に真凛も何回か来ているので、彼女には、その事をどうのこうの言うつもりはない。それに、力哉は希美と結婚した訳じゃないんだから、仕方がないとも思っている。

真凛は、その台所の小さな食卓テーブルで、さっきあった事を手短に話した。力哉は黙って聞いてくれた後でポツンと、「ひでーな」と言ってくれた。


「けどよう。学校の先生なんて、所詮そんなもんだぞ。しかも最近は、昔よりも質が悪いって話だ。もちろん、世の中のみんながそういう奴ばっかじゃねえんだが、自分の事しか考えられねえ奴とか、思い込みが激しくて絶対に自分が正しいって思ってる奴って、結構、多いんだ。そういう連中って、何を言っても絶対に考えを変えねえんだよな。まあ、俺は仕事だから、適当に話しを合わせてやるだけなんだけど、どうしても、たまにブチ切れたくなるんだわ」

「そっか。ありがとね」

「別に良いって事よ。それより、飯、ありがとうな……。で、どうするんだ?」

「うん。最近、アタシも仲間が出来たんだ。その子達の所に行ってみて、相談しよっかなって考えてる」


実は、この力哉に真凛は、「ムシ」の事を打ち明けていて、だいたいの話が通じるようになっている。彼の場合、既に真凛の変異した姿を見ているので、ある程度、話がし易かった面もあったようだ。

それに、「あん時は、化け物だなんて言って悪かった」と謝ってももらっている。彼が言うには、「あの後、あん時の事を考えてみて、俺って、自分の娘に何てこと言っちまったんだろう」って反省したとの事。もっとも真凛の方は、「実際、化け物なんだから、しょうがないよ」と返したのだが、その時も力哉は、「いやな、世の中には、見た目は良くても性格が化け物みてえな奴がいーっぱいいるんだ。そいつらと比べたら、お前がどんな格好してたって、どうって事ねえよ」と言ってくれていた。

要するに、そんな事もあって、最近の真凛は力哉の所に度々やって来る訳である。


「じゃあ、アタシ、そろそろ行くね。親父は、お仕事を頑張って」

「ああ、気をつけてな」

「うん。バイバイ」


そう言って真凛は、目下、力哉が居候しているアパートから外に出ると、木陰に入って身体に光を纏い、夕陽に染まり掛けた空へとサッと飛び立ったのだった。




END081


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話も、「新学期の憂鬱」の続きです。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


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https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


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