078: 「茶髪の子の保護者会」発足
◇2039年8月@福島県岩木市 <矢吹天音>
今夜、夕食にバーベキューを予定しているキャンプ場は、隣に牧場が併設されている長閑な高原にある。名前はキャンプ場だけど、実際に泊まるのはバンガローだし、ちゃんとお風呂もあるので特に不便ではない。
それにバーベキューと言っても、食材とかはキャンプ場の方で用意してくれるので、実際にやるのは焼くだけだ。その分、それなりの料金は取られるのだが、それでも、多少は飲み物とか追加の食材を持ち込めたりはするので、温泉とかに泊るよりも格段にリーズナブルとの事だった。
さて、不良っぽい男達を撃退した後の矢吹天音を中心とした海水浴メンバーは、波打ち際で遊ぶ菅野紗彩達三人を待って、撤収する事にした。
時刻は、だいたい午後三時半といった辺り。昼にはギッシリと人で埋まっていた浜辺も、だいぶ人が減って閑散とし出していた。
問題は、何処でシャワーを浴びるかだけど、この時間は帰る人が多くて、シャワー室には長い列ができている。それで、結局は女子全員が、天音のアパートに来る事になった。
当然、堤防の脇にある松林で「ムシ」に変異しての移動である。「ムシ」でない女子の紗彩だけが、母親の彩佳に車で送ってもらう事になった。濡れた水着のままでの移動になるけど、我慢してもらうしかない。
残りは、唯一の男子の大谷知行で、彼だけは普通に海岸の施設でシャワーを浴びて着替えた上で、母親の真希がピックアップ。そのままキャンプ場へ運ばれる事になった。
ちなみに、帰りもビーチパラソルとクーラーボックスを担いで砂浜を歩く知行が、「俺って、本当に荷物版だったんだな」と呟いたのを、天音の高性能な耳が拾ってしまった。それで、玉根凜華に心話で、〈ねえ、知行くん、本当にあんな扱いで良いの?〉と訊いたのだが……。
〈良いに決まってるじゃないですか。美少女の水着姿が間近で見られたんだから、そんだけで充分なご褒美だと思いますよ〉
〈そっかなあ?〉
〈それにですね。あんだけ真凛とイチャイチャしといて、文句なんか言ったらバチが当たりますよ〉
〈あ、それはそうかも〉
尚、この後のバーベキューから参加予定の関口仁志だが、天音の両親が借りたミニバンで、一足先にキャンプ場へ向かっている様子。彼と同じ車には、樫村沙良の両親、門馬里香の母親も同乗しているとの事だった。
一方、天音達のキャンプ場への移動方法だが、紺野鈴音だけが、紗彩と一緒に彩佳の車で移動、その他の「ムシ」五人は、天音の部屋で再び「ムシ」になって飛んで行く事にした。玉根凜華が、「もう、『昼間は緊急の時以外、変異しない』っていうルールは、どうなっちゃったんですかっ!」と喚いていたのだが、そっちの方が断然に楽なんだからしょうがないじゃない。
その天音逹「ムシ」五人がアパートを後にしたのは、まだまだ明るい時間だった。天音は一直線にキャンプ場へ向かうつもりだったけど、安斎真凛が、〈ほんのちょっとだけ、観光しちゃいましょうよー〉と言い出して、結局、寄り道をする事に。海岸線を南に向かって、塩屋崎灯台や三崎公園のマリンタワーに小名浜港、アクアマリンふくしま周辺とかを飛び回ってから、その近くに点在するゴルフ場のひとつにやって来た。
すると、急に降下して行った真凛が瞬時に変異を解いて、飛んで来たボールを池の方へと蹴飛ばしてしまう。そうかと思うと、茂みの中に転がって行ったボールは、逆にフェアウェイへと戻してやる。もちろん、ほんの一瞬の事なので、プレーヤー達には何が起こったのか分からない筈。
凜華が〈こら、バカ真凛。そんなことしちゃダメでしょうが!〉と言って怒るのだが、全然、聞きゃしない。
〈だってえ、あのデブのオヤジの奴、横柄で憎ったらしいんだもん。あ、それと、あっちのオジサンは、そいつにペコペコして可哀そうだから、助けてやったのー〉
〈だからって、そんな事やったらプレーにならないでしょうがっ!〉
凜華が真凛を叱っている間に、今後は里香が林の中で見付けたロストボールを、勝手にグリーンの上へと放り投げている。それを沙良までもが真似をして、グリーンにどんどんとボールが載せられて行く。
〈こら、里香まで何やっちゃってんの!〉
〈だってえ、失くしたっぽいボールを見付けたから、戻してあげただけなんだけど……〉
グリーンの上には無数のボールが転がっていて、やって来たオジサン達があたふたしている。
山影に迫った太陽が、彼らの背中に橙色の光を浴びせていた。
ゴルフの事が良く分からない天音が黙っていたら、凜華から〈天音さんも、止めさせて下さいよ!〉と言われてしまった。
それで天音もマズいと思って、全員に〈そろそろ行くよ!〉と号令を掛けた所、〈天音さん、やっと見つけましたよー〉と声が掛かった。すると、そこに痺れを切らした鈴音が現れて、〈もう、何やってんですかあ! さっさと来ないと、お肉ぜーんぶ食べちゃいますよー〉と喚き立てる。
〈紗彩なんか、『お姉ちゃん達ったら、おっそーい!』って、激おこだったんですからね〉
〈あはは。ごめんね、鈴音ちゃん。すぐ、行くから〉
〈もう。どうせ真凛さんが、『ちょっと、寄り道してこうよ』とか言ったんでしょう?〉
〈……っ〉
〈図星ですかあ。天音さん、後で私にも岩木の観光ツアー、お願いしますね〉
〈えっ?〉
〈もう、絶対ですからねっ!〉
どうやら、激おこなのは鈴音本人のようだ。
仕方がないので天音は、〈分かったから、キャンプ場へ案内して頂戴〉と言って、彼女に誘導を頼む。天音も初めての場所なので、ちょっと不安だったのだ。
そうして現場に着いた時、既にバーベキューは始まっていた。鈴音が「大騒ぎだった」と言っていた紗彩は、ちゃっかりと大谷知行の隣に座っていて、ニコニコ顔で大きなお肉を頬張っている。
その反対側には関口仁志がいて、やっぱりコミュ障だからか、何となく居心地が悪そうにしていたのだった。
★★★
集まった全員が用意した食材を食べ尽くして、充分にお腹が満たされた頃の事だった。
「それでは、そろそろ第一回『茶髪子の保護者会』を始めたいと思います。進行は、菅野彩佳さん、お願いします」
前に出て開会の宣言をしたのが何故か父の矢吹正史で、天音は凄く驚いた。
父が人の前に出るような人だとは、母からも聞いた事がない。町内会の役員とかも、「どうやって断るか」ばかり話していた筈なのに……。
その疑問を凜華にぶつけたら、〈天音さんのお父さんだから、当然です〉と言われてしまった。要は、天音が最初の「ムシ」だからって事なんだろう……とか思っていたら、違っていた。母の涼子によると、「あの人、押しに弱いのよねえ」という事らしい。
あれ? でも、保護者会の話って、昼間、コーヒーショップとかに集まってやってたような……。
その疑問を天音が戻って来た父の正史にぶつけると、昼間の打ち合わせは情報交換メインで、保護者会の方は事前の根回しのみとの事だった。つまり、全員がいる所で、きちんと採決しないといけないらしい。
隣りにいた凜華が、「ふーん、様式美って奴ですかあ?」と言う。それに答えたのは、正史だった。
「あはは。凜華ちゃんだっけ。大人の世界では、そういうのは良くやる事なんだよ」
その正史は、その後の役員選出の議題で、あっさりと会長に任命されてしまった。副会長は、沙良の父親の樫村英司。今日、集まった中で大人の男性は、正史と英司の二人のみ。「やっぱり、会長と副会長は男性じゃなきゃダメよねえ」といった女性陣の声には抗えず、内気で口下手の英司も副会長を押し付けられてしまったという訳だ。
その次の事務局人事については、現在、司会をしている菅野彩佳の外に、大谷真希と樫村沙奈が就いた。沙奈はエンジニアとして多忙ではあるものの、持ち前のコミュ力に加えて、大企業の管理職としでの助言を期待された形だ。里香の母親の門馬紀香にも声が掛かったのだが、看護師として沙奈以上に多忙な為に事態。ただし、役員となる事は了承してくれた。
ちなみに、その役員には今夜のバーベキューに参加した大人全員の外に、未成年ながら、「福島ムシ情報サイト」の管理人、関口仁志も名を連ねる事になったのだった。
「それでは、次の議題としまして、先ほど事務局に任じられました三名にて作成しました、当保護者会の会則の原案についてご説明させて頂きます」
そう言って彩佳がら説明された内容は、ごくありきたりな物だった。
唯一の注目すべきポイントは入会基準で、「茶髪の子の保護者」であれば誰でも入会できるのではなく、役員からの推薦と役員会での承認が必要とされた。会の目的が「茶髪の子」でなく「ムシ」の子の保護なので、ある程度は入会の基準を厳しくせざるを得ない。だけど、「第三者からだと、違和感を持たれないか?」について、長々とした議論があったようだ。
尚、この時点で退屈した紗彩から鈴音に、「お姉ちゃん、これ、いつ終わるのー?」といった不満が上がっていて、彩佳と相談した結果、先にお風呂に向かっていたりする。まだ小学二年生の紗彩は、昼間の海水浴で相当に疲れており、早く寝させた方が良いとの判断だったようだ。
実は、それが原因で、この後、「ムシ」達の間での揉め事になってしまうのだが、それは、もう少し後の話である。
END078
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「『ムシ』達の夜のあれこれ」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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