076: 「ムシ」達の海水浴(2)
本日の二話目です。
◇2039年8月@福島県岩木市 <矢吹天音>
矢吹天音は、自分とほぼ同じ髪色の少女達六名と一緒に、自宅アパートの近くにある夢浜海岸へ海水浴に来ていた。そして、今は青み海と白い砂浜とを一望できる堤防の上にいて、集まった少女達と向かい合っている。天音は、その中の最初に目が合った子に話し掛けた。
「えーと、鈴音ちゃん。こうして会うのは初めてだよね。矢吹天音です」
「あ、私こそ、ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありません。紺野鈴音と申します。以後、お見知りおき……」
「アタシ、安斎真凛でーす。天音さん、初めてお会い出来て光栄でーす」
「ふふっ、相変わらず元気ね、真凛ちゃん。なんか、初めて会うって感じがしないわ」
「もう、真凛さんったら、何で横から出しゃばって来るんですかあ」
「挨拶なら、だいたい終わってたんだから、別に良いじゃん。てか、今の鈴音の固―い挨拶って、なんか借り猫みたいで気持ち悪いんだけどー」
「な、何が借り猫ですかあ!」
「だからあ、あんまり背伸びしない方が良いって言ってあげてんの。デキる先輩のアドバイスは、ちゃんと聞きなよねー」
「何がデキる先輩ですかあ。ドジっ子先輩の間違いじゃないの?」
「もう、ひっどいなあ。多少のドジは、愛嬌だってばあ」
「真凛さんの場合、行動の全てがドジじゃないですかあ」
「あ、あの、私、樫村沙良です。皆さん、宜しくお願いします」
「あ、沙良ちゃんもいたんだ。えーと、沙良ちゃんって、私よりも後輩なんだよねー?」
「ううん。鈴音ちゃんとは同じ小学六年生だと思うけど」
「そういうのじゃなくってさ、私の方が早く『ムシ』になったって事」
「たったの、一週間なんじゃないの?」
「一週間でも先輩は先輩じゃない」
「むぅ」
「ほらほら、いきなりケンカしないのー」
「もう、真凛さんのせいじゃないですかあ。真凛さんが、変なこと言うから」
「ふふっ、真凛が変なのは、いつもの事じゃない、鈴音ちゃん」
「あ、里香さん。お久しぶりです」
「ちょっ、ちょっと、里香。何で、アタシが変なのは普通なのよ!」
「だーかーらー、真凛さんは、ドジっこで変な人なんですってばあ」
「はいはい。それより、沙良ちゃん。私が門馬里香だから、宜しくね」
「はい、里香さん。宜しくお願いします」
「後は……、そうだ。ほら、紗彩ちゃ-ん、こっちこっち」
「あ、私から紹介します。天音さん、この子が私の従妹の菅野紗彩です。ほら、紗彩、挨拶して」
「菅野紗彩、小学二年生でーす。宜しくお願いしま-す」
「大変良くできました。私は、矢吹天音、中学二年生よ。宜しくね」
「あ、凜華、お帰りー」
そこで、しばらく何処かへ行っていた玉根凜華が戻って来た。
「それじゃあ、全員が揃ったんで、さっさと移動しましょうか?」
「やったあ、海だああ!」
「こ、こら、紗彩。皆で一緒に行くんだからね」
「はーい」
「あ、真凛は、先に行ってやって」
「ラジャー!」
凜華に促されて、先に真凛は堤防を小走りで下りて行く。
天音が、『あれ? 何処へ行くのかな?』と思って周囲に目をやった時、ようやく自分達が大勢の人達に見られているのに気付いた。
考えてみれば、当然だ。金髪か、それに近い茶髪の女子が七人も集まっていたのだから……。しかも、その内の六人はスクール水着。更に、ここは堤防の上となれば、目立つのが当たり前じゃない。
天音は軽く肩を竦めると、堤防を下りる列の最後に並んだのだが……。
「ねえ、凜華ちゃん。そういや、もう一人いたんじゃなかったっけ?」
そうなのだ。唯一の男子で凜華の幼馴染の姿が、ここには無い。
「あ、知行だったら、あそこに居ますから大丈夫です」
「えっ?」
凜華が指差した方を見ると、青いクーラーボックスを肩に担ぎ、大きなビーチパラソル二本を抱えた男子が、覚束ない足取りで砂浜を歩いていた。彼の横には、やはり両手に紙袋をぶら下げた真凛が連れ添っている。
天音は、心の中で『なるほどね』と呟いてから、今度は明るい声で凜華に、「じゃあ、私達も行きましょう」と言って移動を促す。そして、ゆっくりと堤防から砂浜への階段を下りて行った。
こうして、その日の夢浜海岸では、紺のスクール水着姿で淡い茶髪の少女の集団が、この後、様々な騒動を引き起こして行くのである。
★★★
午前中、二時間ほど波打ち際で遊んで、その後、海の家で全員一緒に昼食を終えた後、天音は砂浜に立てられた大きなビーチパラソルの下に腰を下ろし、ぼんやりと海の方を眺めていた。
天音は、久しぶりに海で皆とはしゃぎ過ぎて、思いの外に疲れていた。それで、この後のキャンプに備えて、体力を温存しておこうと思った訳だ。これでも「ムシ」になった事で回復し易い身体になっているのだが、それ以上に普段の運動不足がたたった形なのである。
このパラソルの下に天音はポツンと一人でいるのだが、実は、ビーチパラソルは隣にもあって、そこには安斎真凛と大谷知行の初々しい中学一年生カップルがいる。そして、その二人は、さっきから何やら話しては、クスクスと笑い合っていたりする。正直言って、羨ましい。だけど、二人とも大切な仲間なので、今の天音はじっと我慢。時々チラチラと様子を窺うに留めている。
安斎真凛は、「ムシ」にしては明るく元気な子だ。だけど彼女の境遇は、あまり良いとは言い難い。彼女の両親は実は籍を入れておらず、しかも現在は別居中。父親はクラブのバーテンダーで、母親に至ってはアラサーのキャバ嬢だ。
一方の大谷知行は、今日の海水浴のメンバーで唯一の男子。やはり中学一年の玉根凜華の隣りに住む幼馴染で、真凛と知り合ったのは、同じ「ムシ」の凜華を介してだったりする。知行の両親は、勤務医と看護師。つまり裕福な家庭の一人っ子である彼は、本来、真凛とは掛け離れた境遇にある。そんな二人が惹かれ合ったのは、たぶん、最初は物珍しさからだった筈だけど、これからの事は彼ら次第といった所だ。
そんな隣のカップルの事をあれこれ考えていた天音の下へ、一人の痩せた少女がやって来た。天音と同じく綺麗な金髪の彼女は、疲労困憊といった様子でペタンと隣りにしゃがみ込む。「ムシ」の子は全員が華奢な体型だけど、彼女の痩せ方は普通じゃない。特に足は細くて、ひょろっと長い。
その彼女、紺野鈴音に天音は、ブルーのクーラーボックスの中から、キンキンに冷えた麦茶のペットボトルを取り出して渡した。
鈴音は、「あ、ありがとうございます」と言って受け取ると、小さな口からグビグビと中の液体を細い身体に流し込む。綺麗に整った顔と真っ白な肌。まるで人形のような美少女だ。実は、とっても毒舌家なのだけど……。
「そういや、鈴音ちゃん。足はもう大丈夫なの?」
「はい。普通い歩けます……と言いたい所なんですが、私って筋肉がぜんぜん無くて、すぐにヘバっちゃうみたい」
「しょうがないよ。こないだまで、ずっと車椅子だったんだから」
「まあ、そうなんですけど、リハビリ仲間の中では優等生だったんですよ。だから、多少は自信あったのに、全然ダメ」
鈴音は、不満げだ。美少女が頬をプクッと膨らませて怒る様子は、同性の天音から見ても掛け値なしに可愛い。それだから彼女は、少々我儘な子に育ってしまったんだろう。
「あのね、鈴音ちゃん。それは、砂の上だからだよ。砂の上だと、丈夫な人でも足腰にくるもんなの。だから運動部なんかは、良く浜辺でトレーニングとかするの」
「ふーん、そうなんだ」
そうやって返事をする鈴音の目は、隣のビーチパラソルに向いている。そこでは真凛と知行のカップルが、飽きもせずイチャついてるようだった。
「あっちの真凛さんの彼氏とかも、砂の上ですぐヘバっちゃいそう。だから、ずーっとパラソルの下にいるのかな?」
「違うでしょう。私達の荷物を見張ってくれてるんだよ」
「そうなの? でも、何でです?」
「凜華ちゃんに言われたからじゃない?」
「ふーん。凜華さんって、怖いですもんね」
「ふふっ、鈴音ちゃんでも怖いんだ」
天音と鈴音がそんな会話をしていると、小学校低学年の女の子がとテトテと走って来て、「喉、乾いたあ」と言って、ペタンとしゃがみ込む。その様子が鈴音にそっくりで、天音は『やっぱり、従姉妹同士なんだなあ』と思った。
「ほら、紗彩。これ、飲みな」
「これ、鈴音お姉ちゃんが飲んでた奴じゃない」
「これの方が紗彩には良いの。クーラーボックスの中の新しい奴は冷え過ぎだから、紗彩が飲むとお腹が痛くなっちゃうよ」
「そっかなあ……。まあ、良いや」
そう言ってペットボトルの中身を小さな口に流し込む仕草もまた、鈴音そっくりだ。おかっぱに切り揃えられた金色の髪が、午後の強い陽射しに輝いて綺麗。それを本人に言ったら、「天音お姉ちゃんだって、同じじゃない」と言い返された。
「他の人のはちょっぴり茶色いけど、私達三人のは完璧ブロンドヘアですよね」
「鈴音お姉ちゃん、ブロンドって何?」
「金色の髪の毛の事よ」
「ふーん……。あ、真凛お姉ちゃんだあ!」
隣のビーチパラソルに真凛を見付けた紗彩は、空になったペットボトルを鈴音に渡して、再びとテトテと走って真凛に飛び付いた。すぐに鈴音が、「邪魔しちゃダメ」って言ったけど、そんなの全く聞いちゃいない。
すると、残りの少女達がやって来て、口々に「喉、乾いたあ」と言う。玉根凜華、門馬里香、樫村沙良の三人だ。
天音は、こんなに可愛い妹達がいる幸せを噛みしめながら、彼女達にも冷たい麦茶のペットボトルをひとつずつ渡してあげた。
END076
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
もう一話、海水浴の話が続きます。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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