075: 「ムシ」達の海水浴(1)
◇2039年8月@福島県岩木市 <矢吹天音>
岩木市夢浜海岸での海水浴の日は土曜日で、天気は朝から夕方までほぼ快晴の予報だった。予想最高気温は、二十九度。ただし海岸沿いは、もう少し涼しいだろうと思われた。
集合時間は、午前十時から十一時といったアバウトな設定だった。とはいえ、全員が海水浴を待ち遠しく思っているだろうから、どうせ十時には着いてるに決ってる。
特に、南相馬市の門馬里香と茨城県高萩市の樫村沙良は、自分だけ「ムシ」になって天音の部屋に飛んで来るらしい。天音が、「荷物とかは、どうすんの?」と訊いたら、どっちの子も『下着とタオル以外は、お母さんに持って来てもらうから大丈夫でーす!』との回答。もちろん、予め水着を下に着て来るのだそうだ。
ちなみに、海水浴に来るのは全員が未成年者で、「ムシ」達全員と菅野紗彩、大谷知行の八名のみ。その間、大人達は集まれる人だけ、コーヒーショップとかで集まって話をするそうだ。
その内、里香の母親の門馬紀香、沙良の両親の樫村沙奈と英司は午後に移動して、それぞれの娘と夕方に合流するとの事だ。
尚、「福島ムシ情報サイト」の管理人である関口仁志からは、直前になって、「やっぱり、海水浴の方は遠慮します」との連絡がきた。いきなり初対面の女子達と海水浴というのは、普通の男子高校生にはハードルが高すぎたようだ。
となると、心配は大谷知行の事だけど、そっちは玉根凜華が無理やりにでも連行して来るとの事。それには二つの理由があって、ひとつは海水浴の間の荷物版。もうひとつは、目下、安斎真凛が彼に御執心だからだそうだ。
それを天音に伝えてきた時の凜華は、『私、こう見えて友達思いなんですよ』と得意げだったのだが、『それって、幼馴染には冷たいって事なんじゃないの?』と思ってしまったのだった。
★★★
そんなこんなで、矢吹天音が自室で学校指定のスクール水着に着替えていると、突然、室内が眩い光に包まれた。その光から現れたのは、門馬里香と樫村沙良の二人の少女。そして、狭い室内が強いミントとフローラルな香りで満たされる。
〈うっわあ、天音さんったら、いきなりハダカじゃないですかあ!〉
〈もう、あんたらが、私が着替えてる所に飛び込んで来たんでしょうが〉
〈ごめんなさい。里香さんが、『いきなり飛び込んで、驚かしちゃえ!』って言うんだもん〉
〈大丈夫だよ、沙良ちゃん。気配で来るのは分かってたから〉
〈えっ、そうなんですかあ。だったら、このタイミングでハダカにならなくても良いのに〉
〈別に女同士なんだから良いじゃない。中通りの三人、もう着いたみたいだから、急いでたのよ〉
〈えっ、それも気配で分かったんですか?〉
〈何となくだけどね。それに、見てないけどスマホが鳴ってたし〉
〈あ、これですね……。うわっ、凜華さんからだ。もう堤防の上で待ってるんですって〉
ようやく着替えを終えた天音は、水着の上にバスタオルを巻き付ける。こうしておけば、「ムシ」に変異しても運べるからだ。
〈天音さん、ひょっとして水着のまま行くつもりとか?〉
〈当然でしょう!〉
〈えっ、でも、海水浴の後で着替える時は……〉
〈もちろん、ここに戻って来るつもり。そのまま浴室でシャワー浴びて着替えれば良いでしょう?〉
〈なるほど〉〈確かに……〉
〈ふふっ、里香ちゃんと沙良ちゃんも、ここで着替えちゃいなさいよ。シャワーとかも、うちで浴びれば良いからね〉
という事で、里香と沙良の二人も着ていた服を脱いで水着姿になった。もちろん、それはスクール水着で、「私、水着とか持ってないんだけど」と言い出した安斎真凛に配慮して、玉根凜華が「やっぱり、全員、スクール水着にしましょう」と根回しをした成果だ。
そうして天音逹三人は、水着の腰にバスタオル、手にはビーチサンダルといった出で立ちでリビングに出て行った。
そんな三人を見た天音の両親はと言うと、「里香と沙良が何処から来たんだ?」という反応こそ無かったものの、揃って水着姿で現れたのには驚いてくれた様子。早速、母の涼子が、「あらあら、もうすっかり海水浴気分なのねえ」と声を掛けてくる。
「あ、あの、私、南相馬市から来ました門馬里香と言います。えーと、いきなり、こんな格好で現れちゃって、すいません」
「私は、茨城県の高萩市から来ました樫村沙良です。天音さんには大変お世話になってます」
二人してペコリと頭を下げる。
そんな彼女達へ次に声を掛けたのは、父の正史だった。
「いやあ、話には聞いてたけど、本当に似たような髪の毛なんだな」
「それに、色白で華奢な所も天音と同じだわ。二人とも、なんか天音の妹みたいね」
「ふふっ、天音さんの妹だなんて、光栄です」
「まあ、沙良ちゃんでしたっけ? まだ小学生なのにしっかりしてるのね。あ、もちろん、里香ちゃんもよ」
なんか話が長引きそうだったので、天音は二人を促して、さっさと出て行く事にした。
「じゃあ、中通り組は、もう着いてるみたいだからうちらは行って来るね」
「ああ、大谷真希さんって人から、俺の所にも連絡があったよ」
「この後、鹿島街道のコーヒーショップで落ち合う事にしてるの。楽しみだわ」
そんな会話を交わした後、三人はアパートを出た。さすがに、水着姿にビーチサンダルってのは恥ずかしいので、素早く人気の無い木陰へと移動。再度、人の目が無いのを確認した後、サッと光を纏い、次の瞬間には三人同時に真夏の空へと舞い上がった。そして上空で方向転換すると、一路、夢浜海岸へと向かって行った。
★★★
夢浜海岸の手前には、堤防に沿って細長い松林が造られている。天音が飛び込んだのは、その松林の中の小径だった。ただし、普段なら人のいない筈の小径も、この時期だけは臨時の駐車場から海岸への近道として使われている。そんな事は知らない天音逹三人は、大勢の海水浴客が列をなして浜辺へ向かっている所に、堂々と舞い降りてしまった。そうなれば当然、騒動になる筈だったのだが、木立に差し込む夏の陽射しが最強なのか、「ムシ」の光さえも相殺してしまう。更に、彼女達が瞬時に光を解いた事もあって、誰もが天音逹の出現には気付かなかった模様……。いや、実際は三歳の男児が、「ママ、ママ、あのお姉ちゃん達、お空から落ちて来たあ!」と懸命に喚いたのだが、家族の誰からも相手にされなかった。
それで天音は、里香と沙良を従えて松林を抜け、意気揚々と堤防の上に立ったのだが……。
〈天音さん、里香と沙良ちゃんに、いったい何て事を教えてるんですかっ! だいたい、「昼間は、余程の事が無い限り、変異しちゃダメ」って言ったの、天音さんじゃないですかっ!〉
〈ちょっ、ちょっと凜華ちゃんったら、いったいどうしちゃったの?〉
〈だって、私が我慢してチンタラと車で移動してるってのに、この二人ったら、「ムシ」になってひとっ飛びだなんて、あまりにズルいじゃないですかあ……あれっ? ひょっとして、天音さんの部屋で水着に着替えて、ここまでの移動も「ムシ」への変異で済ませたとかじゃないですよね?〉
〈うっ……〉
〈私、ちゃんと見ましたよ-。さっき、あそこの松林の中に着地してましたよね?〉
紺野鈴音の指摘に、凜華が半眼で睨んでくる。自らの不利を悟った天音が、謝り掛けた時だった。
「ごめーん、凜華。お待たせ~。うちの中学って、プール無いからさ。水着なんて着たの久しぶりで、時間が掛かっちゃったあ」
「だから、服の下に来て来れば良いって言ったじゃないですかあ。てか、本当は、紗彩の着替えが遅かったんじゃないの?」
「だってえ、人がいっぱいで、なかなか場所が明かないんだもん」
「やっぱり、そうなんだ」
「でもさあ、服の下に水着なんか着てたら、メッチャ暑いじゃん」
「車の中は冷房が効いてるんだから、暑くないでしょうが」
「まあまあ……。そんなに怒んないでよ」
「それより、何で、真凛だけスクール水着じゃないのよ」
「だから、うちの中学、プールが無いんだってばあ。それで、その事を親父に言ったら、珍しく金を出してくれちゃってさあ。近くのお店を見たら、こんなんしか無かったんだ」
そこで凜華は、一瞬、固まってから更に険しい表情になって口を開いた。
「あのさあ、真凛。私が皆に『スクール水着にしましょう』って連絡したのって、真凛の為なんだよ。真凛がスクール水着しか持ってないって言うから……」
「うん。スクール水着しか持ってなかったんだけど、小学校の時の奴でさ。久しぶりに着てみたら、パツパツで、すっごくキツいんだもん。特に胸の辺りがさ……」
「あ、あんたねえ……」
ここにいる女子全員が、未だに幼児体型。毒舌家の鈴音ですら、何も言い返せない状態だった。
それでも、最初に再起動したのは凜華だった。
「あんた、何で、すぐに確認しないわけ?」
「ごめーん。親父が金を出してくれるなんて思わなくてさ」
「そういう時は、まず相談しなさい!」
「そうですよ。少なくとも私なら何とかできましたのに」
「だって、鈴音に金なんか借りたら、後が怖いっていうか……」
そう言う真凛の水着は、ビキニでこそないものの背中が大胆に開いていて、しかも相当にハイレグなデザイン。その上、色は白だから、明るい茶髪に色白の真凛に良く似合っている。
そんな真凛を前に気まずくなったのか、急に凜華は、「私、ちょっと用事を思い出した」と言い残して何処かへ去って行ってしまった。
そして、取り残された天音もまた、何となく釈然としない気持ちで、自分とほぼ同じ髪色の少女達に向き合っていたのだった。
END075
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話も、海水浴の話の続きです。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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(ジャンル:パニック)
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