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074: 海水浴とキャンプの計画

◇2039年8月@福島県岩木市 <矢吹天音>


朝早く父親に叩き起こされ、半分、寝ぼけた状態で「ムシ」になった姿を披露した矢吹天音やぶきあまねは、結局、二度寝してしまった。そして、少々気まずい状態でリビングに行くと、既に両親はいなかった。

時刻を確認すると、まもなく午前八時。学校がある時だと、確実に遅刻だ。

天音は、ますます自己嫌悪になりながら、母の涼子が用意してくれていた朝食をゆっくりと食べる。それから洗い物を終えて自室に戻ると、真っ先に玉根凜華たまねりんかに電話して、昨夜からの出来事を報告した。


『ふーん、良かったじゃないですか』

「うん。まあね」

『ふふっ、終わってみれば、そっけなかったって訳ですね。そんでもって今は、「あんなに悩んで損した」とでも思ってるんじゃないですか?』

「まあ、そうかもね」

『あれ? 昨日は、あんだけハイテンションだったってのに、なんか元気ないですね? 低血圧ですか?』

「いや、普通だと思うけど」

『うーん、最近、うちらの周りって、テンション高めの子ばっかだからでしょうかね?』

「確かに……。若いって良いわね」

『何ですか、そのオバサン臭い言い方?』

「だって、私が一番の年長者なんでしょう?」

『それ、十三歳女子の言葉じゃないですよ』

「まあ、そうなんだけどさ。えーと、海水浴の話、進めなきゃね」

『あ、それだったら大丈夫です。昨日の内に、真希まきさんと彩佳あやかさんが話し合って、手頃なキャンプ場のバンガローを押さえたみたいですから。あ、真希さんは、うちの隣の大谷真希さんで、彩佳さんは、鈴音すずねちゃんの叔母さんの菅野彩佳さんですけど、分かります?』

「うん、だいたいね」

『そうですか……。あ、それで、夜になってから沙良さらちゃんのお母さんの樫村沙奈かしむらさなさんが加わって、更に計画が練り込まれたみたいですよ』

「えっ、そうなの?」

『はい。沙良ちゃんから私に連絡が来て、私が真希さんと彩佳さんに引き合わせたって感じです』

「ふーん、そうなんだ」

『あ、そういや、予約したキャンプ場の詳細とかは、天音さんにもメールが行ってると思うんですけど……』

「あ、ごめん。まだ見てないや……。てか、考えてみると、それってフライングだったんじゃないの?」

『いやいや、皆さん、天音さんのことは信じてますから』

「そんなこと言って、私がカミングアウトできなかったら、仲間外れにするつもりだったんでしょう?」

『んな訳ないじゃないですか……。まあ、その場合、天音さんは一人での参加でしょうけど……』

『それはそれで淋しいかも……。まあ、良いや。それで、凜華ちゃんの幼馴染くんも参加するんだよね?」

知行ともゆきのことですか? 当然、参加させますけど……。その方が、真凛まりんも喜ぶでしょうし……』

「そっか……。あ、でも、女の子ばっかの中で、彼一人だけ浮いちゃわない?」

『まあ、嫌がってはいますけどね……。そこは、私と真凛で何とか相手するしかないっていうか……』

「父親の参加は、どうなの?」

『取り敢えず、うちは無理っぽいです。どうしても、休みが取れないんだそうです。となると、知己ともきさんも欠席なんですよねえ。あ、知己さんは、知行のお父さんなんですけど……』

「まあ、それはしょうがないかな」

『あと、鈴音ちゃんの両親も欠席で、代わりに彩佳さんと紗彩さあやちゃんが出席するって感じです。あ、紗彩ちゃんってのは彩佳さんの娘さんで、今は小学二年生なんですけど、金髪なんです』

「ふーん。その子も将来は『ムシ』になりそうね」

『そうなんです……。あ、それで、男の人ってなると、沙良ちゃんのお父さんと、後は……あ、天音さんの所は、参加されますよね?』

「うーん、聞いてみないと分からないかも」

『そうですか……。普通、男の人の方が、キャンプとか好きだと思うんですけど』

「そうだね。それに、何かと男手は必要だからなあ……」

「となると、知行の参加はマストって感じですね……。うん、絶対に来させますから、任せておいて下さい」

「それは良いけど……、しかし、昨日の今日で、そこまで良く纏まったね」

『そんだけ、皆さん、関心があるって事ですよ』

「えっ、海水浴に?」

『あはは。うちらはそうかもしれませんけど、大人は違うんじゃないですか? 大事な娘達の為ですから』

「まあ、そうかもね」



★★★



『でも、良かったです。天音さんが、ご両親に無事カミングアウトできて……。天音さん、最初の「ムシ」だってのに、カミングアウトは、うちらの中で最後でしたもんね』

「あれ、真凛ちゃんは、まだなんじゃないの?」

『きちんと話してないって私も思ってましたけど、話をしたみたいです。あの子、最近は父親の職場のバーに時々行くみたいで、そん時に打ち明けてみたら、「まあ、別に良いけどよ」って言われたんですって。真凛が、「それって、私が化け物で確定って事じゃん。酷いと思わない?」って、プンプンと怒ってました』

「ふふっ、やっぱり真凛ちゃんって、面白い子ね。早く会ってみたいわ。あ、それで彼女、お母さんとはどうなの?」

『何も変わらないって言ってました。前々から放任主義っていうか、子育てとかには関心ない人みたいだから。あの子、小さい頃は放置されて、何度も死にかけてますからね』

「そういや、聞いたことあるかも」

『要するに、母親には何も期待して無いって事ですね……。まあ、そんでも養ってもらってるんだから、私は、母親に愛情が無い訳じゃないと思ってますけど』

「そうだね。他人だと思ってたら、養ったりしないもの」

『そういう事です。それに、真凛が「ムシ」になった所を見てるのに、その後も普通に接してるのって、やっぱり、愛情があるとしか思えません』

「なるほど……。それで、真凛ちゃんのご両親は来てくれそうなのかな? 確か、別居状態だったよね?」

『はい。真希さんは、ご両親の両方に案内のメールを送ったそうなんですけど、返事は来てないみたいです……。たぶん、参加は難しいんじゃないですか?』

「えっ、何で? ご夫婦が、お互いの顔を見たくないからとか?」

『それもあるとは思いますけど、やっぱり、引け目があるんだと思いますよ。真凛のご両親、あんまり良い職業じゃないですから。特に、お母さんはキャバ嬢ですし』

「そっか。じゃあ、強制はできないね」


そこで少し間が開いた後、天音にとって思いがけない質問が、凜華から飛んで来た。


『ところで天音さん。昨日、お話ししてくれた関口さんの参加は、大丈夫ですか?」

「えっ?」

『なーんだ。まだ連絡されてなかったんですか。今回のイベントの目的は、「ムシ」逹の保護者会がメインですけど、関口さんもキーパースンだと思いますけど』


言われてみれば、そんな気もする。何たって、彼は保護者会の発案者だし、それに、「福島ムシ情報サイト」の管理人なのだから……。


『それに、関口さんが参加されたら、知行の奴も喜ぶんじゃないかと思うんです。関口さんって、高校生でしたよね? まあ、多少は歳が離れてますけど、そんでも同じ未成年の同性って事で、心強いんじゃないんでしょうか?』

「そうだね……。分かった、訊いてみるね」


という事で、凜華との通話を切った後、天音は関口に、『「ムシ」達全員での海水浴と、その後、保護者を含めたキャンプを考えてますけど、参加してくれませんか?』といった主旨のショートメールを送ってみた。すると、瞬時に既読が付いて、一分と経たずに『ぜひとも参加させて下さい』という返事が送られてきた。

一瞬、天音の脳裏に、『水着の女の子が見たい訳じゃないよね?』といった懸念が浮かんだけど、考えてみれば、自分も含めた全員が子供体型。凜華の話だと、真凛だけが少しは発達してるらしいが、誤差の範囲内な気がする。

更に天音の頭に、『彼ってロリコン?』という疑惑がよぎったけど、『今の段階で考える事じゃない』と思い直した。


そしたら、再びショートメールが来て、『あの、キャンプは参加するけど、海水浴は考えさせて』とあった。

天音は、『これって、以心伝心かも』と思って、ニヤついたのだった。




★★★



その日、天音は父の正史まさしの帰宅を待って、「ムシ」の全員と家族とかが集まってのキャンプの話をした。

その件は、母の涼子から聞いていたようで、カミングアウトの時と同様に、アッサリと了承されてしまい、またしても天音は肩透かしを食らった気分だった。


「そんなの当然でしょう。一人娘の将来についての打ち合わせなのよ。他の事を全部キャンセルしてでも、参加するに決ってるじゃないの」

「そうだぞ。天音は軽く考えてるかもしれんが、世の中ってのは、意外と悪意で満ちているもんなんだ。そういう悪意に対抗するには、一人じゃ絶対に無理だ。当然、仲間を募っても、裏切りだとか色々ある訳だが、そんでも一人じゃ何もできない以上、仲間を頼って行くしかない」

「まあ、あたしと一緒で、髪の毛の事では天音も色々と苦労してきたから、世の中の悪意は身に染みてると思うんだけど、たぶん、『ムシ』ってのになっちまったのがバレたら、髪の毛どころの話じゃないだろうね。そりゃあ、あたしも父さんも天音の為に精一杯、盾となって戦うつもりだよ。でも、うちらだけで出来るのは限られるからねえ。父さんなんて、こないだまで実の兄の言いなりだった訳だし……」

「こら、涼子。正月は、そうじゃなかっただろうが」

「あはは……。あん時は、スッキリしたわねえ」

「ああ、兄さん達、あれから一度もうちに来なくなったもんな」

「問題は、お盆よね。どうしましょう?」

「別に、一回ぐらいスキップしても良いんじゃねえか?」

「だったら、取り敢えず様子見って事にしましょうか? 向こうが何か言ってきたら、そん時に考えるって事で」

「そうだな。そうしよう」


そこで正史は、少し置いて再び口を開いた。


「それより、天音の事を兄さん達が知ったら、面倒だな」

「そうね……。ねえ、その話、今度のキャンプの時に話してみない? たぶん、皆さん、似たような心配事を持ってる筈よ」

「ああ、そうだな。そうしよう」


ともあれ、「ムシ」達全員と保護者での海水浴とキャンプのイベントは、そんな風にトントン拍子で実施が決まって行ったのだった。




END074


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話からは、「ムシ」達の海水浴のお話です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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