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073:天音のカミングアウト

本日の二話目です。

◇2039年8月@福島県高萩市~岩木市 <矢吹天音>


樫村家での夕食の後、矢吹天音やぶきあまねの妹分の樫村沙良かしむらさらが両親へのカミングアウトを終えてからは、再びリビングが和やかな雰囲気に戻った。

そこで天音は、さっき沙良に話したアイディア、つまり、六人の「ムシ」達全員とその家族を集めた海水浴の事と、そこで「ムシ」達の保護者会を立ち上げたい旨を、沙良の両親の樫村英司(えいじ)沙奈さなに説明した。


「ねえ、天音ちゃんの話だと、その六人の女の子達は、全員が金髪か淡い茶髪なのよね?」

「はい。その通りです。と言っても、私が直接に会ったのは、その内、自分を含めた四人だけなんですけど……」

「そっか。だったら、『茶髪の女の子を持つ親達の会』って名目で、集まれば良いのかしら?」

「それだったら、『ブロンドヘア・ガールズクラブ』の方が良くないか?」

「もう、あなたったら、何でも横文字にしれば良いってもんじゃないのよ……。そうねえ、女の子って付けて変なのが寄って来ちゃっても困るし、もっとシンプルに、『茶髪の子の保護者会』くらいの方が良いかもしれないわね」


そんなやり取りが樫村夫妻の間でされた後、再び天音に話が飛んだ。


「それより、天音ちゃん。私、一度、天音ちゃんのお母さんと話してみたいんだけど」

「えっ、うちの母とですか?」

「そうよ。沙良の事で、すっごくお世話になってるんだもの。そういう集まりの前に、ちゃんと、お礼を言っておきたいの」


天音は、焦った。まさか自分が茨城県の高萩たかはぎ市まで通ってるだなんて、母の涼子は思っちゃいないし、知られたくもない。それに、「どうやってここまで来たのか?」だとか、「どうやって帰るつもりだ?」ってなって、大騒ぎし出すに決ってる。


「ふふっ、そうやって焦ってるって事は、ご両親に何も言ってないのね……。でも、駄目よ。だったら、尚更にお話しをしておかないとね。だって、ご両親にしてみれば、天音ちゃんは大切な娘さんなんだもの」


そうして天音は沙奈の要求に抗しきれず、自分のスマホを取り出して母の涼子を呼び出した。恒常的な残業を考慮して、ギリギリ帰宅しているかどうかといった時間だったけど、天音の願いも虚しく涼子は家にいたようで、すぐに出た。


「あ、あのね、お母さん。今、大丈夫?」

『大丈夫だけど、まだ、お友達の家にいるんかい?』

「うん。そんでね、友達のお母さんが話したいって言うから、代わるね」


天音は、沙奈に自分のスマホを渡した。


「初めまして。私、樫村沙奈と申します。天音ちゃんには、うちの子が大変お世話になっております……」


それから沙奈は、娘の沙良と天音の関係を説明し始めた。沙良は小学六年生。中学二年の天音とは、二学年違う。実は沙良は四月生まれで、天音は三月生まれなので、そこまでの年齢の差は無いのだが、今はどうでも良い。

そんな二人が知り合った理由を、沙奈は先ほど話題にしていた「茶髪の子の保護者会」の案でもって説明した。具体的には、街中まちなかでたまたま娘と同じような髪の天音ちゃんを見掛けたので、つい声を掛けてしまった事。すると、天音ちゃんも地毛だという事で、話が盛り上がってしまった事。それから、娘の沙良と仲良くなって、最近は宿題を教えてもらったり、一緒に料理をしたりしている事。そして一昨日おとついの花火大会にも一緒に行った事……。

途中で沙奈がスピーカーホンにしてくれたので、母の涼子の声も天音は聞けるようになった。


『そうなんですか……。実は、あたしも天音ほど明るい色じゃないんですけど、中学に入った頃から髪が茶色くなってしまいまして、先生には色々と怒られたりしました』

「まあ、実は、私もなんです。と言っても、割と濃い目の茶色だと思うんですけど、生徒指導の先生の目には、『茶色』に見えるらしくて……」


それから沙奈は涼子に、「茶髪の子の保護者会」を立ち上げようとしている話をした。茶髪の子は、幼少時からイジメや差別の被害を受ける傾向にあり、そうした理不尽を教師からも受ける事が多々ある。そんな場合の対処法や悩みなどを話し合う場として、茶髪の子を持つ親同士のサークルみたいなのを考えている……。

そんな話で適当に涼子を煙に巻いた後、お互いの連絡先を交換し合ってから、沙奈は通話を切った。

結局、沙奈は最後まで「ムシ」の話を一切しなかった。そして、沙奈は天音に向かって、「ここまではやってあげたから、帰ったら『ムシ』の事も含めて、ちゃんと打ち明けるのよ」と言ってくれる。


「あの、でも、大丈夫なんでしょうか? 『化け物』とか言われたり……」

「大丈夫よ。ちょっと話しただけだけど、普通の人だったもの」

「普通の人は、『ムシ』の姿を見て『化け物だあ!』って騒ぐと思うんですけど」

「そうかしら? 普通の親は、絶対に娘を『化け物』なんて思わないと思うわよ」


そうして、尚も考え込んでいる天音の後ろから、突然、英司が「送って行くよ」と声を掛けてきた。天音が慌てて振り返ると、手に車のキーを持って、今にも出て行こうとしている。

天音は慌てて、「私、普通に帰りますから」と言ったのだが、彼は「送らせてよ」と言って聞かない。


「あの、『普通に帰る』ってのは、空を飛んで帰るって意味で……」

「それだって、岩木までだと大変だろ?」

「いやいや、そんなことないですから」

「もう、お父さんったら、可愛い女の子と一緒にドライブしたいだけなんじゃないの?」

「うっ」


結局、沙良が「天音さんの場合、『ムシ』になって帰った方が絶対に早い」と説得してくれて、何とか車で送ってもらう事から逃れる事ができたのだった。



★★★



自宅アパートの近くに舞い降りて変異を解いた天音は、普通に歩いて玄関から入って行く。「ただいま」を言って、スニーカーを脱いでいる時だった。目の前に仁王立ちした母の涼子が言った。


「それで、話してもらいましょうか!」


どうやら涼子は、さっきの樫村沙奈との会話で、凡その事態を把握してしまったようだ。


「最近、仕事から帰って来る時に、良く見掛けるのよねえ、例の謎の光」

「えっ?」

「ほら、お正月にあんたが出て行って、ちっとも帰って来ないと思ってたら、いつの間にか自分の部屋のベッドで寝てたってのがあったじゃない。あん時から変だとは思ってたのよね。そしたら、最近になって、うちの職場でも話題になりだしたのよ。若い子で、そういうのに詳しい子が入ったってのが原因なんだけど、スマホの画面を見せてもらって、すぐにピンときたの。ほら、これの事よ」


涼子が差し出したスマホの画面に写っていたのは、「福島ムシ情報サイト」の画像。もちろん、「ムラサキ」のものだ。


「この『ムシ』っていうの、不思議な事に、うちのアパートの辺りが一番に目撃者が多いのよねえ。あたしが良く見るのもこれだし……」


そんな事を言いながら、涼子は天音の方に不敵な笑みを向けてくる。

天音は、とうとう観念した。


「もう、分かってるんでしょう。この『ムラサキ』っていうのが私なんだって」


そう言って天音は、一瞬で変異してみせる。そして、三つ数えて変異を解いた。

その間、涼子は口を手で押さえてじっとしている。

心配になった天音は、小声で「どうだった?」と訊いた。


「いや、『近くで見ると、迫力あるなあ』って思ってね」

「そんだけ?」

「綺麗だって思ったよ」

「綺麗?」

「ああ。沙奈さんが言ってた通りだったよ。すっごく綺麗」

「えっ?」


それから天音は、「そこで何で沙奈さんの名前が出て来るの?」と言って、涼子を問い質した。そして分かったのは、天音が樫村家のマンションを出た後、再び沙奈から電話があったらしい。そして、「福島ムシ情報サイト」の事だとか、自分の娘が、その「ムシ」である事。更には、天音もまた「ムシ」である事を話してくれたようだ。

意外だったのは、それらの常識外れな話を、涼子がすんなりと受け入れたという事だ。


「ふふっ、天音には言ってなかったんだけど、あたしも高校時代は、そういったファンタジーな小説やアニメとかが割と好きだったのよ。それに、あたしの世代って、子供の時に例の大震災と原発事故を経験してるじゃない。あん時なんて、非現実的な事のオンパレードだったから、常識外れの事にも意外と耐性があるの。さっき、沙奈さんもおんなじこと言ってたわよ。あの人、原発事故の経験がきっかけで、理系の大学に進んだんですって」


樫村沙奈は、女性のエンジニアとして、高い地位にあるらしい。エンジニアというと無口でコミュ障の印象があるが、彼女は逆だ。その沙奈が言うには、エンジニアでも地位が高くなるに連れて交渉事が増えて行く為、結構、コミュ力は重要な能力なのだそうだ。


「エンジニアなんて、研究費が無いと満足な実績が上げられない訳じゃない。で、その研究費を多くゲットするには、上層部へのプレゼン能力や事前の根回しが必須になるって事みたい。結局、どんな職業だって偉くなろうと思ったら、コミュ力の優劣が重要になってくるのよねえ」


とはいえ、彼女の夫の英司えいじの方は、典型的なコミュ障。ただし、彼の場合、コミュ障を補えるだけの突き抜けた能力と実績があって、そこそこのエンジニアとしての地位を得ているのだそうだ。



★★★



さて、天音の父の正史まさしの事だが、その日も帰宅したのは日付が変わってからだったようだ。

天音は、夜の十一時迄は待っていたけど、涼子に「今日はもう諦めて寝なさい」と言われてベッドに入ったので、正確な所は知らない。


ところが、翌日の火曜の朝、正史は眠っている天音を叩き起こして、「ちょっと、父さんの前で例の姿になってみろ」と言い出した。

天音は、ベッドの上で目をこすりながら、つっけんどんに「例の姿って何よ?」と問い返す。


「例の姿ってのは、あれだ。昨夜、お前が母さんに話した奴だ」

「もう、まだ六時じゃない」


そうやってぼやきながらも天音は、パジャマ姿のままサッと光を纏って翅を出す。半ばやけっぱちな気分で、父の反応などお構いなしだ。最悪、母の涼子が取りなしてくれるだろうといった下心もあった。

ところが、父の正史の反応は意外なものだった。


「すっげえ! 天音、お前って、すっげえな!」


天音は、三秒で変異を解くと、少年のような目で感嘆の言葉を投げてきた父に向かって、思いっ切り怒鳴ってやった。


「もう、いったい何なの? 私、着替えるから、さっさと出てってよ!」




END073


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「海水浴とキャンプの計画」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


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