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007: ムシとの邂逅(2)

◇2039年7月@福島県岩木市 <関口仁志>


関口仁志せきぐちひとしが主催する「福島ムシ情報サイト」において、「ムラサキ」と名付けられた「ムシ」が住んでいるであろうアパートは、岩木市の夢浜ゆめはま海岸の近くにある小高い丘の上にあった。それは、今から四半世紀以上前に起こった東日本大震災において、津波の被害に遭った海岸沿いの住民の為に建てられたアパートで、どの部屋のリビングとベランダも西の太平洋に面している。

一方の関口の家は、そのアパートよりも更に海に近い崖の上にあって、こちらは大震災の前に建てられた瀟洒な造りの二階建て一軒家だ。あいにくと関口の部屋はアパートの側に面しているのだが、関口家のリビングも両親の寝室も海の側にあって、彼の両親は常々完璧なオーシャンビューだと自慢していた。


さて、小名浜港での花火大会で、「ムラサキ」と「モクレン」だと思われる少女二人を目撃した日の翌朝、関口仁志は、再び彼の部屋の窓から見えるアパートの前に来ていた。

過去一年間の観察の結果、関口は「謎の光」の発生源、つまり「ムシ」の一人、「ムラサキ」が出入りするアパートの部屋に、だいたいの目星を付けていた。それは、七階建てアパートの五階の手前から二つ目の部屋、恐らく五○二号室だろう。

幸いな事に、今は入口の所に誰もいない。彼は意を決して中に入ると、古くなったコンクリートの階段を上がって行った。


問題の五○二号室の前に着いた彼は、玄関のドアにある表札に目を留めた。そこには、矢吹正史やぶきまさし涼子りょうこ、そして「天音あまね」とあった。

念の為、五○一号室と五○三号室の表札も確認してみたが、どちらも娘と思われる名前は書かれていない。やはり、「ムラサキ」である女の子の名前は、「矢吹天音」であるらしい。

最近は家族全員の名前を表札に出している家族は珍しいのだが、この家族にはそこまでの危機意識は無いようだ。いや、他の部屋も同様に家族全員の名前が表札に記載されている事からして、このアパート全体の決め事なのかもしれない。

関口は、更に念の為、四○二号室と六○二号室の表札も確認してみたが、どちらにも女の子の名前は無かった。いや、正確に言うと、四○二号室の方は表札自体が出ておらず、下から見てもカーテンが掛かっていない事から、恐らく空室だと思われた。


その日の夜、もう一度、関口は慎重にアパートから出入りする「ムラサキ」の様子を観察した。そして彼は確信した。間違いない。彼女は空室と思われる四○二号室ではなく、五○二号室から出入りしている!

その事実は、この時の関口にとっては大きな成果であるように思われた。それで関口は、ついついカーテンを閉め忘れてベッドに横たわり、すぐに眠りに落ちて行ったのだった。



★★★



そして、翌日の今日から八月という月曜の朝、関口は更に決定的な場面を目撃してしまったのである。


夏休みにしては珍しく早朝に目覚めた関口は、何気なく窓の方に目をやった。すると、たまたまカーテンが引かれたままで、窓の向こうに例のアパートが見える。更に良く見ると、五階辺りのベランダに誰かがいるようだ。

関口は慌ててベッドから飛び起きると、もう一度、パジャマのまま窓から外を見た。あれは五○二号室のベランダで間違いない。

今度は机の中から双眼鏡を取り出して、その人物の方に向けてみた。そして、彼の目が彼女の姿を捉えた瞬間、彼は夏なのに鳥肌が立つのを覚えた。その子は、彼が花火大会の日に見た「ムシ」の子そのものだったからだ。つまり、彼女こそが「ムラサキ」という事になる。


その少女は、ベランダの手すりに腕を乗せて、ぼんやりと遠くの空を眺めている様子。朝陽を浴びた彼女の金髪がキラキラと輝いて、その姿は神々しいまでに綺麗だった。

実際、花火大会の日にも思った事だが、「ムラサキ」は紛れもない美少女だ。身体からだつきは見るからに華奢で、どうしても「守ってあげたい」と思ってしまう。


もっとも、関口に幼女趣味は無い。少なくとも彼自身は、そう思っている。そんな彼であっても、「ムラサキ」のことは、可愛いと思ってしまうのだ。

関口は、双眼鏡で彼女を盗み見しながら、深い溜め息を吐いた。

そんな彼の様子は、明らかに不審者である。せめてもの慰めは、そこが彼の自室である事だ。もしも、そんな事を外でしていたら、警察に通報されてしまっても文句は言えない。


ちなみに、今、彼が手にしている双眼鏡は、彼が父親から譲り受けた物だ。彼の父親は若い頃、野鳥観察が趣味だったらしい。要するに、関口の大人しい性格は、父親譲りなのである。



★★★



早朝にそんなイベントがあった後、関口は真面目に夏休みの宿題に取り組んだ。そうして正午が近付いた時、彼は昼食を買う為、電動自転車で近くのコンビニへ向かった。

彼の両親は、共に岩木市役所勤務の公務員。夏休みの間の昼食は、自分で何とかするしかないのである。


七月後半から八月上旬に掛けては夏の盛りだけあって、岩木市でも外はそれなりに暑い。とはいえ、ここは海沿いなので東京とかと比べたら格段に過ごし易いのだが、ほとんど市外へ出た事のない彼にとっては、それでも充分に暑かった。

だけど、家にはカップ麺のたぐいが何も無かった為に、仕方なく彼は外出する事を決めたのだった。


そうして、彼がコンビニ弁当とカップ麺、そしてスナック菓子を購入して出口に向かい掛けた時だった。ちょうど、その時に入って来た相手と鉢合せした彼は、思わず自分の目を疑った。

そこにいた少女、その彼女こそは、最近、彼が気になって仕方が無かった例の「ムラサキ」だったからだ。


「あ、あの、私に何か用でしょうか?」


気が付くと、目の前の少女が関口に訝し気な目を向けている。どうやら無意識のうちに、彼女へ不躾な視線を向けていたようだ。


「あ、ごめん。何でもないんだ……。いや、そうじゃないな。ちょっと気になったのは事実なんだ。実は僕、一昨日おとついの小名浜花火大会の時に君を見た気がするんだけど……、あの、もう一人の子と一緒に、倉庫街の辺にいなかったかい?」


普段、無口な関口とは、まるで別人のように饒舌な語り口だった。しかも途中から早口になってしまい、自分でも頭を抱えたくなる程のヘタレぶりだ。相手の見た目は、小学校の高学年といった所。これじゃあ不審者だと思われて、本当に通報されてしまいそうだ。

関口は、チラッとレジの方を見て、店員がこっちを見ていないのを確認してホッと胸を撫で下ろした。


「あ、いや、間違いだったら、ごめん……」

「いましたよ」

「えっ?」

「だから、確かに倉庫街の辺りにいましたよ」


関口は、大人しそうな女の子の意外としっかりした物言いに、思わずたじろいだ。


「あ、あの、えーと……」

「あの、もし良かったら……、えーと、あっちで、ちょっと話しませんか?」


そう言うと彼女は、関口を飲食コーナーの方に誘った。そこには申し訳程度の粗末なテーブルと椅子が置かれている。幸いにも、今は誰もいなかった。

彼は、何か飲み物を買って来ようと思ったのだが、その前に彼女が口を開いた。


「あの、不躾なお願いで申し訳ないんですけど、こないだ見た事は誰にも言わないで欲しいんです」


彼女は、そう言って関口に向かってペコリと頭を下げてきた。


「あ、あの、僕、誰にも言わないから。あ、あの、実は僕、君の事は前々から見てて……、あ、こんな言い方すると、まるでストーカーみたいなんだけど、違うんだ」


途中で少女の顔が強張ったのを見て、関口は慌てた。


「実は、僕の部屋から君が住んでるアパートが見えてて……、あ、あの、君って、あっちの丘の上のアパートに住んでるんだよね?」


彼女の顔つきが、更に険しいものになった。


「あ、ごめん。そうじゃないんだ……、てか、そうなのかも」

「どっちなんです?」

「あ、あの、最初から話すと……、最初は、僕の部屋から見えるアパートから銀色に光る何かが出てきて……」


普段は無口な筈の関口が、いつの間にか再び饒舌に喋っていた。

そうして分かったのは、彼女が間違いなく「ムラサキ」であるという事。もちろん、彼女は普通の人間の女の子で、今の所、全ての「ムシ」は、彼女よりも若い女の子達であるという事だった。つまり、これで彼が思っていた事の確かな裏付けが取れた訳だ。

更に彼は、彼女が実は小学生でなく、中学二年生であると知らされて驚くと同時に、彼女からはムッとされてしまって平謝りしたりもしたのだが、その前の事柄と比べれば些事でしかない。


そんなこんなで有頂天になった関口は、気が付くと自分が主催する「福島ムシ情報サイト」の事や、そこで多くの閲覧者ビューア達とやり取りしている事柄についても、あれこれと彼女に打ち明けてしまっていた。

そうして、三つ違いの初々しい二人は、昼食を取るのも忘れて小一時間もの間、その場所に居座って語り合った。

最後に関口は、絶対に悪用しない事を条件に、その矢吹天音やぶきあまねという女の子の連絡先を確保ゲットする事に成功した。


という事で、関口仁志は、遂に「謎の光」の正体を明らかにし、問題の少女と面識を得た訳だが、それは彼の人生における長い長い「ムシ」との繋がりの、ほんの序章プロローグでしかなかったのである。




END007


本日、二話目の投稿になります。


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。


また、ログインは必要になりますが、ブクマや評価等をして頂けましたら励みになりますので、宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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