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067: 六人目の「ムシ」(3)

本日の二話目です。

◇2039年7月@福島県岩木市~茨城県高萩市 <矢吹天音>


六人目の「ムシ」の誕生は、その日のうちにスマホのコミュニケーションアプリで、「ムシ」全員とカミングアウトした人達に本人の写真付きで送っておいた。当然、樫村沙良かしむらさらの承認は取ってある。

「ムシ」になった時の写真も欲しいと思っていたら、ちゃんと「福島ムシ情報サイト」に掲載されていた。『その日のうちに見付けっちゃうなんて、本当に凄い』と思ってきたら、スマホにメッセージの着信があった。相手は、玉根凜華たまねりんかで、『今、電話して良いですか?』との事。もちろん、速攻で『良いよ』と返しておく。


最近の天音は、凜華と話す事が多い。次に話すのは南相馬市の門馬里香もんまりか。その他の二人は直接に会った事がない分、まだ気軽に電話が掛けられない。「ムシ」の仲間が次々と増えたり、学校でも高木苑実たかぎそのみという友人が出来たりして忘れがちだけど、基本的に天音は人見知りで内気で臆病な性格なのだ。

ちなみに、それは凜華にも里香にも言える事で、たいていの「ムシ」の子は、天音と同様に陰キャ。理由は、髪の毛が淡い茶色か金髪でイジメられた経験を持つ事と、難聴や弱視といったハンディキャップを持つ子が多いからだろう。

天音が、そんなことを思っていると、凜華から電話が掛かった。


『あの、夜遅くにすいません。沙良ちゃん関連のメッセージ見てたら、天音さんと話したくなっちゃって』

「別に良いけど……、てか、沙良ちゃん関連のメッセージって?」

『天音さん、見て無かったんですか? 今、お祭り状態なんですよ』


凜華に言われてスマホを見てみると、天音が送った沙良の紹介の後に、次々と『おめでとう』のメッセージが寄せられていた。そして、それぞれのメッセージに沙良が「ありがとうございます。これから宜しくお願いします」の言葉が返されて、更に、『丁寧にありがとう』だの、『これから、仲良くなりたいな』だとか『早く会いたい』といった返信がされるもんだから、メッセージの総数が凄い事になっている。

その上、安斎真凛あんざいまりんが自撮りの画像をアップしたもんだから、他の「ムシ」の子も全員が同じ事をやり出した。


@沙良:うわあ、本当に皆さん、私と同じような髪の毛なんですね。

@里香:肌だって、皆さん、真っ白ですよ~。

@真凛:ふふふ。「ムシ」はみんな、家族だからねえ。

@鈴音:真凛さん、家族じゃなくて、「ファミリー」でしょう?

@真凛:おんなじ意味なんだから、良いじゃん。

@鈴音:ダメです。私達、福島ファミリーのメンバーなんですから。

@里香:あれ? 沙良ちゃんは、茨城県だよね?

@真凛:こら、里香。沙良ちゃんを仲間外れにすんな。

@里香:ごめんなさい。

@鈴音:真凛さんこそ、里香ちゃんをイジメちゃダメでしょ。

@真凛:アタシは、ただ事実を……。

@凜華:まあ、将来、「ムシ」の数が増えたら、別のファミリーになるかもだけど、今は沙良ちゃんも福島ファミリーのメンバーで良いんじゃない。

@里香:良かったね、沙良ちゃん。親分の承認が出たよ。

@真凛:凜華は親分じゃなくて、お母さんでしょう?

@里香:あれ? リーダーは、天音さんじゃなかったですか?

@鈴音:リーダーじゃなくて、FCだよ。

@真凛:まあ、天音さんが一番の年上だもんね。

@鈴音:あ、真凛さん、「年寄り」って書き掛けたでしょう? てか、真凛さんだって、私達小学生組からしたら、オバサンじゃないですか!

@真凛:小学生だからって、オバサン言うな。

@凜華:でも、沙良ちゃんが仲間になってくれて、天音さんの次に嬉しいのは鈴音ちゃんなんじゃない? 小学生が二人になった訳だし。

@真凛:それよりさあ、これで海岸沿いの「ムシ」が三人になって、中通りの三人とバランスが取れるようになったじゃん。

@里香:うーん、同じ海岸沿いでも、私だけ遠いからなあ。

@真凛:大丈夫。「ムシ」はみんな、家族。

@鈴音:はいはい。これからも「ムシ」の子が増えて行くと、真凛さん、ますますオバサンになっちゃいますね。

@真凛:そう言う鈴音だって、来年は中学生じゃん。


天音が見ている間にも、新規メッセージが次々と書き込まれて行く。それらの中には、見過ごせないものもあったけど、天音は広い心で見逃してあげる事にした。つまり、それだけ天音は、沙良が仲間に加わった事で上機嫌だったのだ。


「でも、これから後輩の子が増えて行くとなると、いよいよ「ムシ」達の体制作りが必要となるわね」

『そうですね。その為には、やっぱり大人の味方を増やして行かないと』

「分かってるわ。カミングアウトでしょう? 私も何とかしないといけないって思ってはいるんだけど……」


そうなのだ。今の所、自分が「ムシ」であるのを誰にもカミングアウトしていないのは、今日、「ムシ」になったばかりの樫村沙良を除くと、天音しかいない。強いて言えば、真凛が少し変則的な形ではあるけど、「ムシ」の事を両親に知られている点では同じだと言える。


その夜、ベッドに入った天音は、『そろそろ私も、本格的にカミングアウトする事を考えないと駄目ね』と改めて思ったのだった。



★★★



翌日の日曜日、天音は色々と考えて、朝から樫村沙良の自宅マンションを訪れる事にした。と言っても、全部「ムシ」になって飛んで行くのではなく、岩木駅からはJR常磐線を使っての移動である。中学生としては割と痛い出費ではあるけど、帰りは「ムシ」になって戻って来るつもりなので、片道の費用だけなら何とかなる。母の涼子には、「友達の家に行く」と言っておいた。

今日、天音の父の正史まさしは、朝から海釣りに行っていていない。母の涼子によると、たぶん遅くなるだろうとの事だ。

その涼子は、今日も知人のお通夜があるとかで、夕方からいなくなるらしい。その人は同じ職場にいた人で、夕食は知り合いの人達と一緒だと思うから、やはり遅くなるという事だ。たぶん、昔の天音だったら淋しいと思うだろうけど、今は違う。ラッキーとしか思わない。


「うちの職場って、年寄りばっかりなのよ。それに仕事がきついもんだから、辞めて少し経つと、すぐにポックリ行っちゃうんだよね」

「お母さんは、大丈夫なの?」

「あたしかい? あたしは、まだまだ若いから大丈夫だよ。それに、うちは漁師の家系だからね。人一倍、身体からだが頑丈に出来てるんだよ」


そう言って母の涼子は笑うけど、天音は少し心配だ。


「とにかく、夜は危ないから、できるだけ早く帰って来るんだよ」

「分かってるよ。でも、大丈夫。私だって、もう中学生なんだもん」

「あのね、天音。中学生だから、余計に心配なんだよ」


何故か、溜め息を吐かれてしまった。


天音は、そんな母親は無視して、こないだと同じ余所行きのワンピを着て家を出た。お喋りが長びいたせいで、ちょっとズルして人気のない雑木林で「ムシ」になって、駅裏にある城山まで空を飛んで行く。急いで駅までの道を駆け下りて改札を通り抜ける。目的の普通電車には、ギリギリ飛び乗る事ができてホッとした。

天音の自宅アパートから高萩氏の樫村沙良のマンションまで、直線距離で約四十キロ。天音が「ムシ」になって飛んで行けば、三十分ちょっとの距離だ。それを近いと言うには微妙な所だけど、海沿いだし、郡山よりも気楽に行けるのは間違いない。

天音は、車窓に流れる景色を見ながら、『たぶん、これから何度も通う事になるんだろうなあ』と思ったのだった。



★★★



樫村沙良のマンションで、天音は大歓迎を受けた。日曜日という事で、両親が共に揃っていたからだ。やはり沙良も他の「ムシ」達と同様に陰キャな子で、友達が少ないみたいだ。

天音は沙良との関係を、「たまたま家族と高萩に来た時に会って、同じような髪の毛という事で友達になった」と説明した。


「そっか。あなたの髪も地毛なのね」

「はい。それに、うちの母も私ほどちゃないけど、茶髪なんです」

「そうなのね。実は、私の髪も地毛なのよ」


どうやら、「ムシ」の子の母親は、だいたいが茶髪のようだ。

ちなみに、沙良の両親の樫村英司かしむらえいじ沙奈さなは、共に地元の大企業で働くエンジニア。つまり、職場結婚という事だ。やはり、平日は残業続きで帰りは夜中になるそうだけど、土日はだいたい休めるらしい。


「でも、天音ちゃんみたいなお友達ができて、本当に良かったわ。この子、髪の毛の問題もあるんだけど、実は耳が遠くてね……」

「ママ、聞こえてるよ」

「えっ?」


どうやら沙良は、まだ難聴が治った事を親に言ってなかったようだ。

そして、それからは大騒ぎだった。今まで、良く聞こえなかった娘の耳が、急に聞こえるようになったのだから当然だ。

彼女の父親の英司は、すぐにでも沙良を病院に連れて行きたがっていたけど、日曜なので諦めてくれた。逆だったらともかく、聞こえるようになったのだから、少なくとも急患ではない。

代わりに天音は、自分も生まれ付きの難聴だったのに、ある日、急に聞こえるようになった事を打ち明けた。もちろん、まだ理由までは言わなかったけど、沙良の両親は更に天音に親近感を持ってくれたようで、ますます照れくさくなってしまった。


「そうしてみると、私って本当に天音さんと瓜二つなんですね」

「うーん、どうだろう? ここと違って、うちなんか賃貸のおんぼろアパートだよ」

「いや、そういう事じゃなくてですね……」


昼食の後、沙良の部屋で自分と似ている点を力説してくれたけど、やっぱり天音には今ひとつ共感できなかった。

沙良の両親は、今もリビングにいて天音の事を持ち上げてくれている。何故そんな事が分かるかと言うと、天音の耳に「聞こえる」からだ。どうやら、多少離れていても壁で隔てられていても、天音には聞こえるらしい。

そして、この能力は沙良にもあるようで、さっきから両親の会話にしきりと頷いている。天音は、確認しておくことにした。


「沙良ちゃん、ひょっとして、リビングのご両親の会話が聞こえるのって、普通だと思ってない?」

「えっ、違うんですか?」

「それ、沙良ちゃんの特殊能力だよ。と言っても、私にもあるんだけどね。『ムシ』になると、今までハンディキャップだった部分が、逆に強化されるみたいなの。だけど神様の匙加減が上手く行かなくて、やり過ぎちゃったんでしょうね」


天音は、『沙良の両親にだったら「ムシ」の事を打ち明けても良いかも』と思ったけど、沙良は首を横に振ったので先延ばしにする事にした。まだ今は混乱していて、これ以上はムリとの事。

天音は、自分自身も親へのカミングアウトが出来ていない事もあり、それ以上、可愛い妹分に勧めるのは止めておいた。


この日、天音は夕方まで沙良の部屋で過ごして、きちんと両親に挨拶して普通にマンションから出た後、近くの木陰でひっそりと光を纏った。そして、夕陽に紛れて空へと舞い上がり、一路、北を目指したのだった。




END067


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「天音の妹分」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

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