063: 鈴音の評判
本日の二話目です。
◇2039年6月@福島県岩木市 <矢吹天音>
今年の二月に「福島ムシ情報サイト」をネットサーフィンの際に見付けて以来、矢吹天音にとって、学校から帰って最初にやるのが、そのサイトをチェックする事になっていた。
かつては岩木市の情報、つまり天音自身の事が主体だった同サイトの投稿内容も、最近は中通りのものの方が主流になりつつある。それらの中で天音が一番に注目しているのは、「蒐集家」と名乗る人からの投稿だった。いつも彼は動画でなく、鮮明な画像をアップしてくるのが特徴だ。
そんな中、先週末から同サイトを賑わせているのは、茶色で周辺がギザギザの翅を持つ新しい「ムシ」の子の画像だった。最初は、そこに「ミズイロ」、つまり、やや小型で水色の翅を持つ「ムシ」と一緒の画像が多かったのだが、翌日には、そこに「ジャノメ」と「ブルー」、つまり、薄茶色の翅に巨大な蛇の目の文様がある翅を持つ「ムシ」と、やや小型で鮮やかな青い翅を持つ「ムシ」が加わって、四人の「ムシ」達が縦横無尽に福島市の繁華街を飛び回る画像や映像が、大量に投稿されるようになった。
それらのどの画像や映像も、茶色でギザギザの翅を持つ新しい「ムシ」が先導しているように見受けられ、どうやら彼女は相当にやんちゃな性格であると思われた。
天音は、そんな風に目立ちまくった上に、既に相当数の騒動を引き起こしている新たな問題児に、ここ一週間は毎日のように頭を抱えていたのだ。それなのに、同サイトの主だった閲覧者達の彼女に対する評判は、すこぶる良い。ていうか、同サイト始まって以来のお祭り騒ぎといった感じだ。
まあ、当然の事だろう。面白い映像や画像が数多く見られるのだから……。
今までの問題児は二本松市の「ミズイロ」だったのだが、その「ミズイロ」でさえ、今回の新しい問題児に振り回されている状態なのだ。サイトの閲覧者達は、その新しい問題児を「シナモン」と名付けていた。理由は、翅の色が茶色である事と、彼女が飛び立った後に残される匂いが、どこか「シナモン」の香りに似ていたかららしい。
その「シナモン」は、既に三度も歩行者が大勢いた地上に降り立っており、その内の一回は車道だった。
車の陰になっていて確認は出来ないが、その時、車道に降り立った後の彼女は一瞬だけ変異を解いたようだ。その瞬間、自動運転の車は急停止。直後に黒ネコが車道から手前の歩道に現れた所からすると、どうやら彼女は、そのネコを助けたかったらしい。その後で再び光を纏い、その状態の彼女を車が撥ねたと思ったら、そこから優雅に「光のチョウ」が舞い上がる姿が映像に残されていた。
当然、その後は、後続の車両の全てを巻き込んでの大渋滞になったのは間違いない。
@傍観者:この車に乗ってた人、驚いただろうな。
@匿名希望:そん時は眩しいだけで、何も分かんなかったんじゃね?
@傍観者:なるほど。目が見えるようになった時は、車が動き出した後ってことですか?
@匿名希望:そういうこと。
@管理人:でも、ネコが助かって良かったですね。
その後のやり取りからすると、「ムシ」がネコを助けた事について、多くの閲覧者が称賛していた。そして、「ムシ」の正体を人間の少女であるとする説が、サイト上で益々優勢になってしまったのである。
★★★
「福島ムシ情報サイト」で紺野鈴音のやらかしの情報を確認した天音は、すぐにスマホで玉根凜華を呼び出した。
彼女とは、ほとんど待たずに通話が繋がった。どうやら、ちょうど彼女も家に着いた所だったようだ。
すぐに天音は、鈴音がやらかした出来事についての詳細説明を求めた。
「ふーん。その鈴音って子、相当にヤバいわね」
『どうも、すいません。私にも手に負えなくて……、と言っても、まだ一度しか会ってないんですけど』
「あら、そうなの?」
『はい。彼女、金曜の夜に「ムシ」への変異が発現して、土曜日、真凛に誘われて里香ちゃんと一緒に会って、ご存じの事件を引き起こしたって訳です。それで昨日は、ちょっと用事が会って福島までは行けなかったんです』
「なるほど。先週の金曜に『ムシ』になったばっかって事は、まだ舞い上がってる感じなのかな?」
『はい。頭の中はお祭り状態でしょうね。実は、昨日、私も注意をしておいたんですけど、どこまで理解したかは、正直、自信がないです』
天音は、心の中で溜め息を吐いた。
『でも、彼女、すっごく良い子ではあるんです。素直で純粋で真面目で……。えーと、彼女、足が不自由だったってのは御存じですか?』
「ええ、里香ちゃんから聞いたわ」
『たぶん、彼女って、その事も影響してると思うんです。生まれてから今まで自由に動けなかった訳で、余計に有頂天になってるって感じでしょうか』
「そうね。分からなくもないわね」
『まあ、そんでも、良い所のお嬢様であるのは間違いないですし、その上、足が不自由って事で、甘やかされてた部分は絶対にあると思うんです』
「ふーん。てことは、真凛ちゃんとは真逆って感じね」
『あ、そうですね……。言われてみると、案外、あの二人って丁度良いペアかも』
凜華は安斎真凛の家庭環境を本人から聞いて良く知っており、天音もだいたいの事は知っている。つまり、社会の底辺に近い家庭って事だ。
「分かったわ。当面は真凛ちゃんに任せて、少し様子を見ることにしましょう」
★★★
そう言って天音は凜華との通話を終えたものの、紺野鈴音のやらかしは、その後も続いた。
ここからは、その後に起こった新しい事件について、鈴音本人と、その時に一緒にいた安斎真凛から玉根凜華が聞き出して、天音に報告された内容である。
その夜の鈴音は、やはり真凛と連れ立って、福島の繁華街の上空を散策していたらしい。すると鈴音は、怪しい男達が女子高生風の女の子達を拉致しようとしている現場を、偶然、目撃してしまったのだそうだ。
時刻は、まだ夜の七時台。最近は治安が悪化しているとはいえ、塾に通っている子とかが外を出歩いていてもおかしくない時間だ。特に大半の女子は親が迎えに来ているようだが、中には友達同士でバス停や駅に向かう子達も珍しくはない。
しかし、そんな女子を狙う男達のグループを鈴音が見付けてしまったようなのだ。
その男達は十人以上いて、最初は個別に生徒の親族を装って塾から出て来る女子を物色していたそうだ。そして、四人の女子の集団が建物を出て駅の方に歩き出した時、最初はナンパを装った三人の男達が行き手を塞いだ。すぐに後ろから四人の男達がやって来て、一人ずつ彼女達を羽交い絞めにする。その時には道路にミニバンが停まっており、別の男二人がドアを開けて待機。次々と獲物を中に押し込んで行く。そして、車は急発進。直後に別のミニバンがやって来て、残りの男達を乗せて女の子達が乗る車を追い掛けて行く。その間、僅か一分足らずの出来事だった。
しかし、その時には既に鈴音は降下を始めており、問題のミニバンの正面にの路上に舞い降りていた。その時、そのミニバンはマニュアル運転モードだったようで、ドライバーは急ブレーキを踏んだ。しかし、その時点で鈴音の身体の一部は車室内に入り込んでいて、犯人達は眩しくて目を開けていられない状況だった筈。
その車が急停止した三秒後、恐怖に耐えられなくなった男の一人が車外に飛び出すと、それに続いて、両手を縛られた被害者の女の子達も次々に外へ出る。そして、騒ぎに気付いて駆け付けた警官達に、ちゃんと女の子達が保護されたのを見届けてから、鈴音は上空に舞い戻ったのだそうだ。
「うーん、話だけ聞くと、『良くやった』って言いたくなるわね」
『確かに、そうなんだけど、そんだけの騒ぎになっちゃうと、さすがに報道ネタになっちゃうじゃないですか』
「まあ、そうね。で、どんな風に報道されたの?」
『県内紙二社は、「塾帰りの女子高生拉致事件、謎の光に救われる!」って感じですかね』
「で、謎の光の正体は?」
『女子高生達の拉致に気付いた人が、たまたま照明弾を持っていて、問題のミニバンの前に投げ込んだんじゃないかと』
「そんで、その照明弾を投げた男は、現場から逃げ去ったって事かあ……って、そんな訳ないでしょうがっ!」
『そうなんですけど……、人型の「光のチョウ」の化け物が空から舞い降りたよりは信憑性がありますからね』
「それは、そうよね」
と言う訳で、鈴音がしでかした事件は、今度もまた「福島ムシ情報サイト」にデカデカと取り上げられたのだった。
END063
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「里香のカミングアウト」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
ハッピーアイランドへようこそ
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