062: 「ムシ」の弱点
◇2039年6月@福島県岩木市 <矢吹天音>
「ムシ」には、色々と弱点がある。ていうか、元から「ムシ」は、非常に弱い存在だと矢吹天音は思っている。
「ムシ」の弱点として最初に思い付くのは、肉体の脆弱さである。今の所(てか、恐らく今後もずっと)、「ムシ」になったのは女の子だけだ。しかも、小学六年生から中学生の華奢な子ばかり。その上、大半の子は、身体にハンディキャップを抱えている……。いや、それらのハンディキャップのほとんどは「ムシ」になる事で無くなるようだけど……。
肉体面以外では、「ムシ」に変異しても攻撃的な能力はほとんど備わらない事だ。唯一の例外は、玉根凜華が持っている「髪操作」だけ。凜華は、自分の髪の毛以外でも軽い物とかば動かしたり出来るそうだけど、あまり実用的ではないらしい。
「ムシ」の身体は実態を伴わない「何か」なので、凜華の「髪操作」以外では直接に人へ危害を加える事ができない。当然、物を持つ事も出来ない訳だが、何故か身に着けた服とかはそのままだし、ポケットに入れた財布とかスマホとかも無くなったりはしない。つまり、変異している時にスマホを取り出して操作する事はできないけど、変異を解けばポケットの中にちゃんとあって、壊れたりしておらず普通に使えるという事だ。
その「身に着けた物」の基準はかなり微妙で、ペンダントや指輪の類は当然として、普通のウェストポーチはOK。小型のリュックはOKだけど、大きなのはNGって感じだ。試しに、父の正史が持っている登山用の大きなリュックに毛布を詰め込んで、それを背負って変異してみた所、変異した場所にリュックだけが置きっ放しになっていた。
もっとも、リュックにどの程度の荷物を入れて運べるかには、個人差がありそうではある。その辺は、今後、更なる考察が必要だろう。
いずれにせよ、そんな「ムシ」の主要な攻撃手段は、相手を驚かせる事だ。その際、強い光で目眩ましを狙うといった効果も含まれる。
あとは、優れた視力や聴覚と危機察知能力とを駆使して、状況を素早く察知し、空を飛んだり壁をすり抜けられる能力を使って逃げ回る事ぐらいだろうか?
★★★
さて、最近になって天音が知ったのは、「ムシ」が雷に弱いという事だ。
それは別に、天音が個人的に雷が嫌いだからではない。いや、実際に天音は雷が嫌いだし、雷が鳴るような悪天候の時は「ムシ」になるのを避けていた。それだから、天音は今まで気付かなかったのだ。
それを天音が聞かされたのは、玉根凜華からだった。まだ先週の、紺野鈴音が「ムシ」になる数日前の事だ。
その事件を引き起こしたのは、やはり、安斎真凛。場所は真凛の自宅アパート近くの雑木林で、凜華と一緒だった事が幸いした。
凜華が天音に語ったのは、だいたい、こんな内容だ。
例によって凜華と真凛の二人は、岳温泉の露天風呂にいたのだが、俄かに怪しい雲行きになってきた。この時、建物の中の風呂に移動する選択肢もあったんだけど、真凛は自宅アパートに避難する方を選んだ。そうして二人が変異して舞い上がり、一分もしない時だった。突然、凜華の目の前を稲妻が走った。その刹那、凜華は意識が飛びそうになった。それでも何とか変異を維持して、ゆっくりと高度を下げる。
ところが、真凛の姿が見えない。慌てて心話を飛ばしてみても、返事がない。必死に周囲へ目をやると、近くの叢の中に白い何かがあるのに気が付いた。
〈こらっ、バカ真凛、起きろーっ!.〉
真凛の裸身の上に、雨粒がポタポタと落ちる。それは次第に激しくなって、急速に彼女の熱を奪って行く。
凜華は、仕方が無いので変異を解いて、自分も雨に濡れながら真凛の頬をペチペチと叩いてやった。
「うーん……」
ようやく身じろぎして目を覚ました彼女は、何度か瞬きした後、慌てて光を纏った。それと同時に、凜華も再び光を纏う。
真凛の自宅アパートに着いて、蛍光灯の下で彼女の身体を見ると、あちこちに擦り傷と痣がある。それでも大きなケガは無いので、凜華は彼女を浴室に連れて行った。
バスタブの中に真凛を立たせて、頭からシャワーを掛けてやる。「痛い」だの「熱い」だのとギャーギャー騒いだけど、「うるっさーいっ!」と一喝してやった。
〈もう、そんなに怒鳴らないでよ〉
〈私が「建物の中に入ろう」って言ったのに、無視するからでしょうがっ!〉
〈だって、雷が落ちるなんて思わなかったんだもん〉
〈落ちたのは雷だけじゃなくて、あんたもでしょうが。まさか、直撃されるなんて思わなかったわ〉
〈直撃はされてないと思うよ。近くの木に落ちたのが見えたもん〉
〈えっ、そうなの?〉
〈うん、たぶん、三十メートルは離れてたと思う。あはは、直撃されてたら、さすがに生きてないんじゃない?〉
〈そんでも、気を失ってたでしょうがっ!〉
〈うーん、何でなんだろう。確かに、驚いたってのはあるんだけど、気を失う程じゃなかった気がする……。まあ、高いとこを飛んでなくて良かったよ〉
★★★
「つまり、真凛ちゃんの意見だと、そん時の真凛ちゃんは、びっくりして失神したんじゃないって事なのね?」
『はい。私は真凛より更に二十メートルくらい後ろを飛んでましたけど、そんでも一瞬、気を失い掛けましたから』
「『そんでも』って、その距離でも気を失っちゃう人はいるんじゃない?」
『いやいや、実際に落ちたのは、もっと離れてましたって。更に三十メートル先ですから』
「うーん、何とも言えないわね」
『まあ、そうなんですけど……、その、電磁波っていうか、そういうのに影響される気がするんです……。あの、里香ちゃんとも話したんですけど、空を飛んでる時のドローンって鬱陶しくないですか?』
「あ、それはそうかも」
『カラスだと気にならないのに、ドローンだと気になるって、おかしいと思いません?』
「そういや、そうね。『ムシ』には実体がないんだから、素通りするだけなのに、なんか気持ちが悪くて、ついつい避けちゃうんだよね」
『でしょう? それと、高圧電線……』
「あ、あれも、そうだよね。変異した時は実体がないからって、なんか本能的に近寄り難い感じがするんだよね」
『アンテナとかは割と大丈夫だから、波長によるんだと思いますけど』
「テレビのアンテナでも、なんかピリピリした感じはするよ。まあ、逆に刺激的で私は好きだけど」
『それ、何となく分かります。うーん、何なんでしょうね?』
「光も波ではあるんだよね?」
『うーん、私には分からない世界ですね』
「私もそうなんだけど……」
そんな訳で、「『ムシ』にとって、雷は天敵らしい」という事で同意した天音と凜華は、いくら「変異すれば、雨に濡れない」にしても、「今後、悪天候の中での飛行は禁止!」とする事を徹底するようにしたのだった。
END062
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「鈴音の評判」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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