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061: 天音と里香

本日の二話目です。

◇2039年6月@福島県岩木市~双葉郡 <矢吹天音>


最近の矢吹天音やぶきあまねは機嫌が悪い。先月と今月に相次いで新しい「ムシ」の子が生まれたにも関わらず、どちらの子の誕生にも天音は関与していないからだ。

その上、どちらの子にも、天音は直接に会った事がない。いや、それどころか、自分以外の四人のムシ」達の中で直接に会ったのは、たったの一人だけ。しかも、その玉根凜華たまねりんかは年下なのに、わざわざ向こうから会いに来てくれたのだ。その上、彼女は天音以外の三人の「ムシ」達とも、頻繁に会っているという。羨ましい。羨まし過ぎる。

そんな状態だというのに、現状の「ムシ」達五人の中で一番の年長者というだけで、天音はファミリーキャップ(FC)というリーダー的存在に祭り上げられている。もはや、天音のプライドはズタズタである。

いや、元々あってもないような私のプライドなんて、どうでも良いっちゃ良いんだげど……。


という訳で日曜日の今日、天音は深夜に南相馬市の門馬里香もんまりかと会う事になっている。当然、この待ち合わせを彼女は、とっても楽しみにしている。

待ち合わせ場所は昔の原発跡地。恐らく、スピードを出せば三十分程度で着くと思うのだが、あまり遠出の経験がない事もあって、天音は少々不安だった。

考えてみると、天音以外の四人の「ムシ」達は、割と広い範囲を移動している。それなのに天音の場合、岩木市の平地区と小名浜地区の間から出た事が無かった。

それって、一番の年長者としてどうなんだろう?


そんな事をぐだぐだと思い悩みながら、午後九時半頃から両親の寝室を窺って、いつもよりも心持ち早い時刻に変異して夜空へと舞い上がった。

天音の両親は共に朝が早く、午前七時には家を出る。その為、午後十時前には眠ってしまうのだ。

それでも、保険の意味を込めて、天音の部屋のドアノブには「就眠中」の木札が架けてある。これは凜華に進められてホームセンターで購入した物。しかも直筆で「絶対、覗いちゃダメだからね!」と書き加えてもある。実にあざといやり方だけど、特に父親には効果覿面なのだ。

自宅アパートを出た天音は、海岸沿いをひたすら北へと向かって行く。所々に砂浜があるものの、岩場の方が多い。そこに大きな波がぶつかって、巨大な波飛沫が立つ。この辺りは外海そとうみなので、いつも、だいたい波が荒い。サーフィンには持ってこいの海なのだ。


待ち合わせの原発跡地に着くと、綺麗な青い翅の「ムシ」が、壊れかけた建造物からサッと舞い上がって近付いて来た。


〈天音さん、ですよね?〉

〈そうだけど、えーと、里香ちゃんだっけ?〉

〈はい、門馬里香です〉

〈それよりも、あんな所にいたら危ないでしょうが〉

〈放射線ですか? 一応、薄っすらと光を纏っていたんで、大丈夫だと思います〉

〈そんなの、分かんないじゃない。実際、この身体からだって、電磁波とかには弱いみたいなのよ〉

〈あ、それ、知ってます。真凛まりんさんが雷に打たれたって話ですよね?〉

〈正確に言うと、雷に打たれた訳じゃなかったみたいだけど、雷のせいで変異が解けたのか単に驚いて変異が解けたのかは、謎なんだよね。それよりも念の為、ここからは離れましょうか〉


天音は、里香を誘って更に数キロ北上し、国道六号線沿いの廃業したスーパーの屋上に降り立った。変異を解いて里香と並んで端に腰掛けた天音は、目の前の国道を時々通り過ぎる車を見ながら、お互いの近況を語り合う。

門馬里香が「ムシ」になってまだ間もないと言うのに、彼女の方が遥かに充実した毎日を送っている事実を知って、天音は益々落ち込んでしまうのだった。



★★★



門馬里香によると、一昨日おとついの金曜の夜、彼女の自宅マンションに郡山の玉根凜華たまねりんかがやって来て、そのまま里香の部屋に泊ったそうだ。そして、里香の母親を入れた三人で朝食を取って、昼間は里香の自室で過ごした後で、今度は一緒に福島市へ行って、二本松市の安斎真凛あんざいまりんと新しく「ムシ」になった紺野鈴音こんのすずねの二人に合流。四人で福島市の繁華街の上空を心行くまで飛び回ったとの事だ。

五人目の「ムシ」になった鈴音の事は、天音も真凛から報告を受けて知っている。だけど、まだ話した事はない。天音の本音は、『私も合流したかった』である。だけど、岩木市から福島市は遠すぎる。確か、直線距離でも九十キロ近くあった筈……。

そんな事を思っていた天音の下に、隣に座る里香からの言葉が届いた。彼女は、〈私、考えてる事があるんですけど……〉と前置きした上で、「自分が『ムシ』であるのを母親に隠しておくのは心苦しい。いっそ打ち明けてしまいたい」といった事を語り出した。


〈あの、私んは母子家庭なんです。あ、でも、母は看護師をしてまして、それなりのお給料を貰っているので、生活には不自由してません。ですが、えーと、少し子供っぽいと思われちゃうかもしれませんけど、私、今まで母に隠し事というのをした事が無くってですね、今の状況が非常に気が重いっていうか……〉


天音は、里香の話を聞きながら、自分自身の事を考えていた。

天音の両親は、小さい頃から割と厳しい部類の親だった。父の正史まさしは典型的な頑固おやじだし、涼子は口うるさくて鬱陶しいタイプの母親だ。だけど、さすがに中学生にもなると、自分が如何いかに両親から愛されているかぐらいの事は分かる。

それでも、天音は怖いのだ。

天音の両親は、共に保守的で視野が狭い。生まれてからずっと岩木市に住んでるし、たまに東京に行く事はあっても、全く馴染めずに気疲れしてしまうような田舎者だ。そんな二人が、果たして「ムシ」への変異なんていう超常現象を、受け入れてくれるだろうか?


〈あ、あの、天音さん、どうしました?〉

〈あ、いや、ちょっと考え込んじゃってて、ごめんなさい〉

〈ですよねえ……。いざカミングアウトするとなると、考えちゃいますよねえ〉


微妙に会話が噛み合っていない気がしたけど、天音は里香の話を聞く事にした。


〈実は、鈴音ちゃんが「変異」した事、彼女の叔母さんは知ってるんです。その人、真凛さんの事も知ってまして、お二人に「もっと大人を頼りなさい」って言われたそうです。もちろん、相手は見極めないといけないとは思いますけど……〉


つまり、その鈴音の叔母さんという人は、「信頼できる大人」という事なんだろう。


〈やっぱり、大人のサポーターは大事ですよね……。あ、このサポーターって言葉、天音さんが発案されたんですよね?〉


その通りだ。それは、天音が大好きなサッカーに見立てて持ち出した言葉である。だけど、その時に天音が考えたのは、「福島ムシ情報サイト」で「ムシ」達の事を持ち上げてくれる閲覧者ビューア達の事で、カミングアウトして得た「信頼できる大人」の事を念頭に置いていた訳ではない。


〈私、思うんですけど、私達が安心して夜空を舞う事が出来るようにするには、出来るだけ多くの大人を巻き込む必要があるんじゃないでしょうか? 当然、それは信頼できる人じゃないとダメですけど、その一番の候補は、やっぱり、親ですよね〉


里香の言う事は、理に適っている。だけど、それと自分が両親にカミングアウトする事とは別問題だと天音は思っていた。

思春期真っ盛りの天音にとって、全てを親に打ち明ける事には、どうしても抵抗があったのである。


〈里香ちゃんの言う事は良く分かるわ。お母さんに自分の事を打ち明けるんだったら、賛成してあげたいと思う。だけど、私はちょっと無理かな〉

〈構いませんよ。皆さん、それぞれに事情があるでしょうし……。実は、凜華さんも同じような事を言ってました。と言っても彼女の場合、幼馴染の男の子にカミングアウトしてるから、その彼が色々と助けてくれてるみたいだけど……。真凛さんの方は、ご両親の前で変異した事があったみたいです〉

〈えっ、そうなの?〉


凜華の幼馴染の子については、直接、本人から聞いてしっている。でも、安斎真凛の事は、初耳だった。もっとも、真凛が色々と家庭に問題のある子だというのは、凜華から聞かされてはいるんだけど……。


〈で、真凛ちゃんのご両親は、どういう反応だったか知ってる?〉

〈一応、聞いてはいますけど……、お父さんに「化け物」って言われたみたいですよ。お母さんの方は、無かった事にされてるそうです〉

〈そうなのね……。また、本人にも聞いてみるわ〉


それより、今は門馬里香の話だ。


〈それで、リカちゃんの話なんだけど……、私、協力してあげても良いわよ。里香ちゃんだけじゃなくて、二人で話した方が良い事もあると思うの〉

〈それって、天音さんがうちに来てくれるって事ですか?〉

〈そうね。今夜ここまで来て思ったんだけど、あと三十っ分もすれば里香ちゃんが住むマンションまで行けるんでしょう? だったら、大丈夫だと思うわ〉

〈でも、そうなると問題は、時間の制約のことですよね?〉


確かに、その通りだ。となると、やはり先に天音が母親にでもカミングアウトすべきなんだろうか?


結局、その日は天音が、「取り敢えず、お互いの親達のスケジュールを擦り合わせましょう」と言い残し、二人は北と南の夜空に飛び立ったのだった。




END061


ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。


次話は、「『ムシ』の弱点」です。

できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。


また、ブックマークや評価等をして頂けましたら大変励みになりますので、ぜひとも宜しくお願いします。


★★★


本作品と並行して、以下も連載中ですので、できましたら覗いてみて下さい。

(ジャンル:パニック)


ハッピーアイランドへようこそ

https://ncode.syosetu.com/n0842lg/


また、ご興味ありましたら、以下の作品も宜しくお願いします。


【本編完結】ロング・サマー・ホリディ ~戦争が身近になった世界で過ごした夏の四週間~

https://ncode.syosetu.com/n6201ht/


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