060: 最初の大人のサポーター
◇2039年6月@福島県二本松市 <安斎真凛>
『もう、真凛ったら、何ですぐに連絡をくれないわけ?』
『そうですよー。ずーっと心配してたんですからねー』
「だってえ、昨夜、アパートに戻った時は、日付が変わってたんだもん」
『ふーん、そんで今朝は寝坊したって事ね』
朝の身支度を整えた安斎真凛が次に行ったのは、玉根凜華への連絡だった。すると、まだ凜華は門馬里香のマンションにいて、里香も一緒に電話に出たという訳だ。
昨夜、凜華は里香の所に泊まる事になっていたとはいえ、予定だと、里香の母親の門馬紀香に見付からないようにと、夜勤明けの彼女が戻って来る前の早朝にマンションを発つ筈だった。それなのに……。
「そう言う凜華だって、まだ里香の所にいるって事は、寝坊したんじゃん? それって、昨日の夜に騒ぎ過ぎたせいなんじゃないの?」
つまり、寝坊した凜華は、里香の部屋にいる所を里香の母親の紀香に見付かってしまい、娘の親しい友人として歓待を受けて、未だに門馬家の自宅マンションにいるという事なのだ。
『だけど、こんなお嬢様風の可愛い子がうちらの仲間になってくれるなんてねえ……』
『あの、凜華さん。鈴音ちゃんは、お嬢様風じゃなくて「お嬢様」ですから』
「そうだよ、凜華。鈴音は、こんなんでも社長令嬢だからね」
「ちょ、ちょっと真凛さん。何気に私のこと一番にディスってるのって、真凛さんじゃないですかあ」
「もう、鈴音ったら、うるさい。希美が起きちゃうでしょうが」
「えっ、希美さんって?」
「うちの母親」
「……?」
『ふふっ、真凛は自分の母親のこと、名前呼びするんだよ』
「へえ、そうなんですね。なんか、仲良し親子って感じで良いなあ」
「あのさ、そんなんじゃ全然ないから」
そこで、真凛の口調が僅かに変わったのを察した鈴音は、サッと話題を変えた。
「しかし、皆さん、本当に淡い茶髪なんですね」
『そう言う鈴音ちゃんなんて、完璧な金髪じゃないの』
「えへっ、そうやって褒められたのって、初めてです……あ、真凛さんも褒めてくれたっけ」
『ふふっ、実は鈴音ちゃんだけじゃなくて、天音さんも綺麗な金髪なんだよ。あ、天音さんっていうのは、最初に「ムシ」になった岩木にいるお姉さんなんだけど、すっごく綺麗な人なんだ』
「へえ、私、早く天音さんに会ってみたいです」
『あ、そういや、真凛は、もう天音さんに連絡したの?』
「さっき電話したんだけど通じなくて、メールしといた」
『ふふっ、案外、まだ寝てたりして』
「あはは、凜華とおんなじだね」
『真凛ったら、酷い』
『でも、天音さん、仲間外れにされると、すぐ拗ねちゃうからなあ』
それから、鈴音が「ムシ」になった時の事、足が不自由だったのに、「ムシ」になって歩けるようになった事などを話した。そして、狭い部屋の中ではあったけど、一瞬だけ鈴音に「変異」させて、凜華と里香の二人に彼女の光の翅を映像で紹介した。
『ふーん、昨夜は二人ともハダカで福島市くんだりまで遠征したんだ』
『うわあ、鈴音ちゃんって、だいたーん』
『てか、それって真凛のせいだよね』
「たまたま『ムシ』になったのが露天風呂だったんだから、しょうがないじゃん」
『うーん、理解に苦しむわね』
『私には、言い訳にしか聞こえませんけど』
凜華と里香のコメントは、辛辣だった。それでも真凛は何とか言い訳を考えていたのだが、それを言う前に凜華が話題を変えてくれた。
『あ、そうだ。真凛は鈴音ちゃんに、「福島ムシ情報サイト」の事は話したの?』
「まだだけど、今、言っとこっかな……」
そう言って真凛が自分のタブレット端末を取り出して、それを操作して目的のサイトを表示させた途端、彼女は思わず絶句してしまった。だけど、鈴音の反応は違っていた。
「これって、ひょっとして私ですかあ? 綺麗に撮れてるじゃないですかあ」
「あのね、鈴音ちゃん……」
『うわあ、こりゃ派手にやらかしちゃってますねえ……』
どうやら、里香も自分のタブレット端末で同じサイトを立ち上げたようだ。
『これは、真凛にお仕置かなあ』
「しょうがないじゃない。初めて『ムシ』になった時は、凜華だって似たようなもんだったじゃん」
『そうだったっけ?』
「忘れちゃったの? てか、まだサイト内に証拠画像が残ってると思うよー」
『ふふっ、私も見ましたよ、凜華さんのやらかし画像』
『うっ』
結局、昨夜の鈴音のやらかしと、それを止められなかった真凛については、お咎めなしになったようだった。もっとも、矢吹天音が不在なので、まだ何も言えないんだけど……。
『まあ、天音さんも、最初の頃は色々とやらかしてたみたいだし……』
「そういや、里香の画像って、あんまり撮られてないよね」
『うちの近くには、閲覧者が少ないからじゃないですか?』
「あ、それは言えるかも。でも、ゼロじゃないから、きっと、これから増えると思う」
『そうだね』
そこで鈴音が、おずおずと声を上げた。
「あの、ひとつ質問して良いですか?」
『良いわよ。何かな?』
「あの、真凛さんが、これから『ムシ』の子がどんどんと増えるって言うんですけど、本当ですか?」
『あはは、真凛の言葉じゃ、今ひとつ信憑性が無いもんね』
「別に、そういう意味じゃないっていうか……」
『良いよ良いよ。真凛は真凛だから』
「こら、凜華。それってどういう意味よ?」
『別に……。でも、これからも『ムシ』の子は、間違いなく増えて行くと思う。今は鈴音ちゃんが最年少だけど、きっと、すぐに同じ歳の子が現れる筈よ』
「そうですかあ。うーん、すっごく楽しみ!」
「そうだよねえ。うちらにとっては、家族が増えるみたいなもんだし……」
そんな風に四人の会話が意外と盛り上がってしまい、真凛と理央が通話を終えたのは、鈴音の叔母の菅野彩佳と従妹の紗彩が既に旅館をチェックアウトした後だった。
真凛は、その彩佳から「早く来なさい」の連絡を受けた鈴音を伴って、昨日の温泉旅館へと大急ぎで向かった。その際、今の鈴音の足では何時になるか分からないので、昼間にも関わらず、「ムシ」に変異しての移動だったのは言うまでもない。
★★★
近くの「お食事処」に入った菅野彩佳と紗彩の母子、そして真凛と鈴音の四人は、すぐに奥の座敷へと通された。どうやら、前もって彩佳が個室を予約しておいてくれたようだ。
真凛は、昨夜、鈴音を夜中まで連れ回した事で、自分も彩佳に怒られるのを覚悟していた。だけど、最初に彩佳から発せられた言葉は、「真凛ちゃん、昨夜は、どうもありがとう。それと、遅くまで付き合わせちゃって、ごめんなさいね」だった。
「いやいや、昨夜は鈴音ちゃんの帰りが夜中になってしまって、すいませんでした」
「それは違うでしょう? 鈴音は夢中になると梃子でも動かない子ですから、どうせ真凛ちゃんの方が引き回されたんじゃなくて?」
実際、その通りである。だけど真凛は年上だし、「ムシ」としては先輩でもあるので、やっぱり責任は真凛にある。日頃、いい加減な所はあっても、兄弟がおらず大人ばかりの中で育ってきた真凛は、そういった意識が人一倍に強かった。
「それにね、私達は、鈴音ちゃんが歩けるようになったのが、真凛ちゃんのお陰だと思っているの」
「いや、それは絶対に違います。鈴音は、光を纏って変異するのを覚えたから、歩けるようになったんです。私も、前は弱視で、あんまり目が見えなかったんですけど、今は逆に普通の人よりも見えるようになりましたから」
「そうなのね……。だけど、それでも昨日、真凛ちゃんが鈴音の所に来てくれて、この子を導いてくれたのは事実なのよ」
彩佳は、そこで一拍置いてから、先を続けた。
「それに、真凛ちゃんの事は、どうしても他人だと思えないのよね」
「失礼しまーす」
そこで給仕の女性が二人、注文した料理を運んで来た。
そして、デザートまで食べ終えた時だった。
「昨日も少しだけ真凛ちゃんが言ってた事だけど、これから、鈴音や真凛ちゃん達が厳しい場面に立たされる事があるのは、私も間違いないと思うの。でも、真凛ちゃん達は、どう見たって子供でしょう? てことは、どうしたって大人に頼る必要があるんじゃない? ていうか、もっと大人に頼りなさいな」
「あのー、でも、うちの親は……」
「そうね。その場合、どんな大人でも良いって訳じゃないわね。相手は選ばないといけないと思う。だけど、これから絶対に味方が必要になってくるわ」
「そう、ですね……」
「そうよ。それでね、どこまで私が頼りになるかは分からないんだけど、鈴音の保護者の一人として、できるだけの事はしたいと思うの。取り敢えず直近の事としては、鈴音の足が直った事で色々と騒ぎになると思う。当然、医者に本当の事を言うつもりはないわ。それでも、鈴音の両親、少なくとも私の姉には打ち明ける事になるでしょうね。その後の事は、正直、まだ私も考えてなくて……、でも、早めに何か手を打ちたいとは思ってる。だから、真凛ちゃんも、そのつもりでいて頂戴」
それから真凛は、鈴音だけでなく彩佳とも連絡先を交換して、その三人と別れた。
こうして真凛と鈴音の二人のみならず、全ての「ムシ」の少女達として、貴重な大人のサポーターを得る事が出来たのだった。
END060
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、天音視点で、「天音と里香」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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