006: ムシとの邂逅(1)
◇2039年7月@福島県岩木市 <関口仁志>
関口仁志が「ムシ」に関する情報サイトを立ち上げて八ヶ月。遂に彼は、生身の「ムシ」を目の前にしていた。
幸いにも、その当事者である二人の少女(と思われる存在)は、彼に気付いていないようだった。
関口は、慎重に倉庫の陰に身を隠した。そして、そっと彼女達の姿を盗み見る。最初のうち、彼女達は関口に背を向けていたのだが、今では彼の方に顔を向けてゆっくりと近付いて来ていた。
さっきは周囲が真っ暗闇だと思っていた関口だったが、意外にも彼女達の姿が見えている。どうやら、倉庫の壁の何ヶ所かに取り付けられた電灯のお陰のようだ。
その二人は、どちらも小学生の高学年にしか見えない少女だった。ところが、二人は共に金髪で、痩せた体型でありながら手足が長く、顔は人形のように整っていて、とても可愛い。子役の俳優かモデルと言われても、納得してしまえる可愛さだ。ハーフの姉妹なんだろうか?
服装は、姉と思われる方がデニムのショートパンツにタンクトップ、その上に白いウィンドブレーカーを羽織っている。妹分の方は、水色のワンピに赤いカーディガン。もっとも、辺りが薄暗いせいで、イマイチ、それらの色が正しいかは自信が持てない。
「ねえ、何食べる?」
「私、タコ焼き食べたいです」
「分かった。今夜は少し肌寒いから、ちょうど良いかもね。あとは……、あ、あそこにチョコバナナあるけど、食べる?」
「あ、はい。でも、私、今日は、あんまりお金は持ってなくて……」
「大丈夫。私が奢るから」
ごく普通の、たわいもない会話だった。
どうやら、見た目も中身も、普通の人間の少女のようだ。今の所、変な所と言えば、金髪だって事ぐらいだろうか?
関口は、混乱していた。
確かに、「宇宙人が既に地球に来ていて、人に紛れて普通に暮らしてる」っていうのは、割と昔からマニア達の間で言われている事だ。もし、それが真実だとすれば、「ムシ」が「普通の女の子だった!」なんてのも、あながち有り得ない話じゃないのかもしれない。
だけど、それって……。
それからのことを関口は、あまり良く覚えていない。その場所から離れる時、年上と思われる子と一瞬だけ目が合ったという記憶があるけど、それも気のせいだったのかもしれない。
気が付くと関口は家に帰っていて、自室でパソコンを操作していた。素早く彼がディスプレイに表示したのは、彼自身が立ち上げた「福島ムシ情報サイト」である。
今日、彼が撮った「ムシ」達の動画や写真は、花火の間を飛び回る所のみ。その後は、そんな余裕なんて無かった。
ところが、そこには花火の間を飛び回る「ムシ」達の様子はもちろん、そこから地上に降りて来る所の動画までもが、既にアップされていた。当然、彼女達が地上に降り立った後の映像は含まれていないが、それでも、この僅かな時間でサイトに投稿されているのは、驚異的なスピードである。
すると、そのタイミングで彼のスマホに着信があった。咄嗟に手に取ってみると、相手は江尻貴志だった。
『ねえ、関口くん、俺がアップした動画、見てくれた?』
「えーと、今日の小名浜花火大会の奴か?」
『そうそう。ひょっとして、関口くんも行ってたの?』
「まあね。倉庫の辺りで見てた」
『そっか。なんか、凄かったよね?』
彼が「凄い」と言ったのは、間違いなく「ムシ」達の事だろう。
『あ、そういや、途中で一度、倉庫街の方に下りて行ったんだけど、関口くん、知らない?』
「えーと……、そん時は僕も追い掛けたんだけど、すぐに見失っちゃってさ」
『ふーん。まあ、そうだよね。偶然、目の前に舞い降りて来たりでもしない限り、地上に降りた「ムシ」なんて見れないよね』
実際は、その偶然によって関口は彼女達の姿が見られた訳だが、その事を彼は江尻に言わなかった。もちろん、サイトにも情報は上げないつもりだ。
「ムシ」が地球外生命体とかだったら別なんだろうけど、彼女達が普通の女の子だった場合、その子達に迷惑が掛かると思ったからだ。
そして、関口には確信があった。
あの子達は、絶対、ごく普通の女の子だ!
まあ、ハーフかもしんないけど……。
もっとも、それは関口の思い込みに過ぎない可能性だって無いわけじゃない。だいたい、関口の年齢の男子にとって、女子自体が謎の生命体だ。ましてや彼は一人っ子。それに、ラノベとかに良くある異性の幼馴染とかも彼にはいない。親しい異性となると、母親以外に思い付かないくらい、女慣れしてない状態なのだ。
それなのに、そんな確信を彼が持ったのは、たぶん、それが「一目惚れ」だったからなのだが、まだ彼には知る由もない。その代わりに彼が抱いた強い思いは、『あの女の子達の力になりたい!』だった。
関口には、誰よりも早い時期に「ムシ」を見付け、観察し続けてきたという自負がある。むろん、それは不思議な現象に対する興味であって、「ムシ」が女の子だなんてのは全くの想定外なのだが、乗り掛けた船であるのは間違いない。
この時、彼の頭にあったのは、「ムシ」である彼女達が大きな網で捕獲される未来だった。捕らえられた彼女達は、ハダカにされた状態で診察台に括りつけられ、マッドサイエンティストにメスで切り刻まれる事になる。いや、そうなる前に様々な実験の材料にされて、ありとあらゆる苦痛を享受させられるかもしれない。
何せ、彼女達には人権が無い。「ムシ」なんだから当然だ。
それは、想像しただけで吐きそうになる程の「おぞましい未来」だった。だけど、関口は直感的に、それが実際に起こり得るだろうとも思っていた。
さっき見た彼女達が本当に「ムシ」だったとしたら、あのように無邪気で無防備な行動を止めない限り、いずれ何らかの騒動に巻き込まれる事になる。彼女達の正体は、たとえ彼自身が暴露しなくとも 近々必ず誰かの手によって暴露されてしまうだろう。そうなれば、何とかして「ムシ」を捕獲して調べようという不埒な輩が出てくるに違いない。
顔にニヤニヤ笑いを浮かべた男達は、巨大な網を手に少女の姿をした「ムシ」達を追い掛け回す。彼女達は必死になって逃げ惑うけど、嫌らしい男達は無数に現れて、彼女達の行く手を阻む。いくら空中に逃れようとも、空には無数のドローンが浮かんでいて、雨あられと電撃を浴びせてくる……。
これを、思春期男子の妄想と笑い飛ばしてしまうのは簡単だ。既に高校生になった関口にだって、考え過ぎだと自制する心を持ち合わせてもいる。
だけど、「ムシ」の存在が明らかになれば、たとえ捕獲までは行かなくとも、世間の晒し者にされてしまうのは間違いないだろう。もしそうなれば、あの無邪気な笑顔は失われてしまう。
そんなのは、嫌だ!
未だ思春期の真っ只中にある関口の思いは、どこまでも真っすぐで純粋だったのである。
END006
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