058: 五人目の「ムシ」(4)
◇2039年6月@福島県二本松市~福島市 <紺野鈴音>
紺野鈴音は、生まれた時から足が不自由だった。『自由に歩けたら』と思った事が無い訳ではないけど、そんなのは幼い頃に諦めた。別に歩けなくたって、楽しい事は幾らでもある。小説もマンガもアニメもゲームも、自分で外へは出られない彼女を夢中にさせてくれる。特に最近はVRMMO(仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム)にハマっていて、日課になっている学習を終わると、すぐに専用のデバイスを装着するのが 常だった。
鈴音の父親は地元では大手の不動産会社を経営していて、母親も役員として働いている。その為、自宅にしているタワマン最上階にいるのは、いつも鈴音だけ。彼女の世話役として、同じマンションに住む叔母の菅野彩佳が面倒を見てくれていた。
ちなみに鈴音は、ほとんど学校に行っていない。だいたいの学習は自宅に設置されたパソコンで行い、不明点は逐次、担当の教師を呼び出して質問すれば答えてくれる。よって、登校するのは何か特別なイベントがある時だけで、年に数日だけだったのである。
そうした生活は鈴音にとって快適ではあったけど、一方では物足りなさを感じてもいた。自分の足で移動できない鈴音は、話し相手が限られており、当然、友達なんて一人もいない。その上、めったに外出する事のない彼女には、自分が生きているといった実感が乏しく、まるで変わり映えの無い毎日に飽き飽きしていたのである。
つまり、鈴音は「ムシ」としての新たな自分に目覚めた事で、そうした現状の閉塞感を打ち破り、暗かった日常を綺麗な色彩に染め替える事になったのだった。
★★★
その夜、初めて「ムシ」になって上空に舞い上がった鈴音は、気が付くと、ゆっくりと光の翅を動かしながら岳温泉の夜景を眺めていた。
福島市のタワマン最上階に住む鈴音にとって、夜景そのものは見慣れていたし、自室の窓から見た方が綺麗ではあった。だけど、こんな風に空中に浮かんで夜風を感じながら見る夜景は、当然ながら初めての経験だ。
不思議な程、恐怖は感じなかった。
〈どうかなー、お空を自由に飛び回る気分は?〉
〈もちろん、最高の気分よ〉
そりゃそうだろう。「自分の思った所に行ける」という彼女の夢が、思い掛けない形で現実になったのだから……。
普通の人にはありふれた事であっても、鈴音には特別なのだ。それが如何に素晴らしいかは、想像に難くない。
もちろん、空を自由に飛び回るのは、人にとって普通じゃない。だけど、自分の足で歩くのさえ叶えられなかった少女にとっては、普通かどうかなんてどうだって良い事だろう。
鈴音は、「ムシ」としては先輩の安斎真凛を逆に従える形で、二本松から福島市までの広い範囲をグルっと一周した。
特に、福島市の繁華街での鈴音は、始終はしゃぎっ放しだった。最初、高いビルの間を器用にすり抜ける度に歓声を挙げていた鈴音は、そのうちビルの壁を通り抜けられる事を覚えると、敢えてビルを避ける事すらしなくなった。そして、ビル街を縦横無尽に飛び回る鈴音に、ずっと真凛は振り回されてばかりだった。
〈ちょっ、ちょっと鈴音ちゃん。灯りが付いてる所は避けなきゃダメだよー。大騒ぎになっちゃう……〉
〈大丈夫、サッと通り抜けるんだったら、ほんの一瞬、眩しくなるだけだもん〉
鈴音は、言動まで幼くなってしまう程に、興奮しているのが丸分かりの状態だった。今までは大人しい子に見られていたけど、実は結構イケイケなのだ。
それに鈴音は、大きな翅を持っているだけあって、飛ぶのがとても速かった。その速さは、同じサイズの翅を持つ玉根凜華以上かもしれない。
それに加えて、鈴音は時々変な動きをする事がある。急にいなくなったと思ったら、突然、別の所から現れたりする事があるのだ。
〈ねえ、鈴音ちゃん。何か、特別なスキルとかあるの-?〉
〈うん。なんか、瞬間移動みたいなのが使えるっぽいの。それに念じれば、光を消す事も出来るみたい〉
〈ええーっ、それって変異したままで姿を消せるって事?〉
〈うん。じゃないと、私のハダカ、見られまくりじゃない〉
そうなのだ。鈴音も真凛も露天風呂で「ムシ」になったから、今は全裸なのである。
〈あのさあ、鈴音ちゃん。「ムシ」に変異してる時は身体が光を纏ってるから、ハダカでも見られたくない所が見えちゃったりはしないんだよ-〉
〈えっ、そうなの?〉
〈そうだよー。だからアタシは、あの旅館のお風呂までハダカで来たんだもん〉
〈ふーん。私、ハダカが好きなんだって思ってた〉
〈そんな訳ないでしょうがっ!〉
〈あはは、冗談ですよ。まあでも、こんだけ高速で飛んでれば、見られたって一瞬だとは思うけど……〉
そんな言葉を交わしながら、鈴音は自由奔放に飛び回り、真凛が何とか追い付いても、すぐに追い払ってしまう。鈴音としては、小さい頃に出来なかった追い掛けっこをしてる気分で、楽しくてしょうがない。だけど真凛の方は、鈴音を見失わないようにするだけで大変みたい。時々、〈鈴音ちゃん、待ってよ!〉という心話が飛んで来るけど、待ってなんてあげないんだから……。
それでも、この頃になると鈴音は自分が真凛よりも速く飛べる事を理解していて、多少は先輩の事も気遣っていた。そして、いよいよ真凛が疲れ果てたと見るや、周囲にあったタワマンのひとつ、シティータワー福島の屋上に降り立った。
と言っても、すぐに変異は解かない。足がコンクリートに着くかどうかといった所でホバリングしながら、真凛が来るのを待つ。
真凛が来たのは、たっぷり十秒以上が過ぎてからだった。彼女は、屋上の隅に舞い降りると、すぐに変異を解いてしゃがみ込んだ。当然、全裸だ。
それを見た鈴音は、ドン引きだった。自分もハダカではあるけど、さっき真凛から教えてもらった「光を纏っていれば、人からは見られない」というのを、今では信じている。だから、「これはハダカじゃない!」というのが、現時点での鈴音の見解なのだ。
冬なら冷たい風が吹き荒れて即座に凍死しそうな場面だけど、今は六月だから、そこまで寒くはない。特に今夜は気温が高いし、そんなに風も強くは無かった。
そんでも、外でハダカになっちゃうなんて考えらんない!
鈴音は、そう思っていたのだが……。
〈あ、あの、お姉さん。お風呂以外の所でハダカになるのはちょっと……〉
〈大丈夫だよ-。誰も見てないじゃない〉
〈いやいや、だからって……〉
〈あのねー、鈴音ちゃん。お空を長く飛んで疲れたりすると、最悪、変異が解けちゃう事があるの。そしたら、真っ逆さまじゃん〉
〈えっ、それって……〉
〈嘘じゃないよー。私の場合、変異が解けちゃった事が二回もあってさ。まあ、無意識に低空まで下りてたから、大したケガはしなかったんだけど……。そんでも、めっちゃ危なかったんだ〉
〈そうなんですか……〉
それを聞いた鈴音は、真凛から少し離れた所に降り立って、最初に翅を消して、それから恐る恐る変異を解いた。
初めてだったけど、やり方はすぐに分かった。単に力を抜くだけだったのだから……。
〈あはは。鈴音ちゃん。実は、身体に纏う光を最小限にしても、ある程度は休めるんだよ。まあ、完全に変異を解いちゃった方が良いっちゃ良いんだけど……、あれ、どうしたの?〉
その時の鈴音は、真凛の言葉を全く聞いてなかった。変異を解いた途端、鈴音は強い違和感を覚えたからだ。
しばらくの間、その場に立ち尽くす。その時の彼女は、更に激しく動揺していた。
もはや、自分が一糸まとわぬ全裸である事なんて、どうだって良かった。
その時、月明かりに照らされた彼女の白い裸体は、掛け値なしの美しさだったのだが、残念な事に観客は同じく全裸の真凛だけだった。
〈ど、どうしたの、鈴音ちゃん?〉
真凛の不安げな心話を無視して、鈴音はゆっくりと右足を前に出してみる。一瞬、ふらつきそうになった身体を、サッと左足を前に出すことでバランスを取る。
大丈夫。何となく出来る気がする!
鈴音は、更に右、左、右……と、裸足の足を交互に運んでみる。生まれたての子鹿のように危なげな足取りだけど、それでも何とか転ばずに、少しずつでも前へと進んで行く。
もはや、自分がハダカである事なんて鈴音の頭には無かった。
風が金髪の長い髪を揺らす。少し冷たい風だ。足下のコンクリートは、かなり冷たくてザラザラしていたけど、悪くはない感触だった。
〈鈴音ちゃん?〉
真凛からの心話のニュアンスが変わった。不安というより困惑だろうか?
だけど、今は黙っていて欲しい。
鈴音は、短い歩幅で着実に移動していた。やがて真凛の所まで行くと、ゆっくりと彼女の横に腰を下ろす。その動作もぎこちなくはあったけど、このおかしなシチュエーションにあっても、それほど変じゃなかった筈……。
『出来た!』と思った時には、笑顔になっていた。
真凛の顔を見ると、今度は困惑じゃなくて、驚きの表情をしていた。
〈鈴音ちゃん、歩いてた?〉
〈うん、私、歩いてた〉
次の瞬間、鈴音はハダカの真凛に抱き締められた。
さっきまで堪えていた涙が溢れ出て、コンクリートの床にポツポツとシミを作って行く。
気が付くと鈴音は、声を出して泣いていた。
「お姉ちゃん、私、歩けたよーっ!」
誰もいないタワーマンションの屋上で、しばらくの間、二人の全裸の少女は抱き合って泣いていた。
END058
ここまで読んでくださって、どうもありがとうございました。
次話は、「最初の大人のサポーター」です。
できましたら、この後も、引き続き読んで頂けましたら幸いです。宜しくお願いします。
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★★★
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(ジャンル:パニック)
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